『両親』

「僕は、そもそも家族とあまり過ごしてないからなぁ」


 腕を組み、考え込むサン。確かに、この家に住んでいるのはサンだけで、この散らかりようは他に誰かが住んでいるようにも思えない。そもそも、俺すらサンの家族について何も知らされていないわけだし、何か理由でもあるのだろうか。


「二人は元気に暮らしていると思うよ。たまに手紙が来るし」


 薄めた酒を煽りつつ、サンは答えた。


「僕の両親は、施設にいるんだ。アンドロイド製作の正式な施設にね」

「マジかよ。天才同士の子供ってことか?」

「さぁ、どうだろうね」


 気にしない素振りで首を傾げた。

 だが、アンドロイドを作る施設は子供でも言えるほどに有名且つ常識な知名度を誇っている。全国に数か所しかなく、科学の粋を寄せ集めた天才のみで構成されると噂の研究施設なのだ。毎年倍率は軽く百を超える応募数を占めるが、そのうち入社できるのは一人以下。ここ数年はゼロだと言われている。


 そんな所に、両親が勤めているとなると、サンのアンドロイド技術も頷ける。蛙の子は蛙なのだ。


「そりゃ凄いと思うけど、どうせすでに確立した技術の精度を上げたりするだけの集団だから、勉強すれば誰だって到達できるさ」


 まるでテストで百点を取る話をしているように、世界の頭脳のトップ集団について語る。凄ぇ。


「僕の父親が先に施設に合格したんだ。まだ僕が三歳くらいの時かな? 施設で働くためには、その敷地内にある寮で住まなければならないようになっているんだよ。寮と呼ぶには立派過ぎるほどに広いものらしいけど。噂では、欲しいと申請したものは三日以内に用意してもらえるらしいよ。それだけ、特殊な扱いを受けるんだ」

「漫画の世界の話をしているみたいだな……」

「でも当然といえば当然さ。アンドロイドを作るレベルの技術があれば、1人で戦争を出来るほど化学力があると言っても過言ではないからね。銃だって、片手間で出来るんじゃない?」


 俺は酒を飲みながら、サンを見ていた。

 サンは俺を一人で作り上げた。そもそも施設に何人もいるのなら、本来工程を分担しているはず。一人で作れる人なんて、施設を探してもいないかもしれない。


「サンってもしかして、地球上で一番ヤバいんじゃないか?」

「なんでそうなるのさ」


 サンは笑いながら、小さなチョコを頬張った。


「あまぁい……」


 ミルクチョコに舌鼓を打ちながら頬を抑えるサンは、誰よりも頭が悪そうな顔をしていた。良い意味でね。


「母親の話だと、父親はそもそも技術者だったんだ。そこで事務員として働いていた時に二人は出会って結婚したらしい。よくある職場恋愛さ」

「母親は技術者じゃないのか?」

「うん。むしろ少し学力の方は褒められたものではなかったはずだよ。でも、父親に対する愛情はこの世で一番純粋だった」


 サンが自分のコップに酒を注いだ。さっきより少し濃いめだった。


「父親が寮に行ってから、母親は必死に勉強していたよ。なんせ、父親と会える機会が極端に減ってしまった今、会う方法は自分も施設の試験に合格して入社するしかないんだから」

「でも、倍率が凄いんだろ?」

「うん。だから二回落ちてた。僕が七歳になる頃、三回目の試験で母親は合格したよ。ギリギリの点数だったらしいけどね」


 いつのまにか空になった俺のコップに、サンが酒を注いでくれた。サンと同じタイミングで酒を煽ると、二人で大きく息を吐いた。


「母親は僕を置いて、施設へ行ったよ。すぐにではない。僕が十歳になるのを待って、家事とか大切なことを全て教え込んでからね」

「試験受かったその年に行かなくていいのか?」

「いや。三回目の試験からも毎回受けて、全部合格していたよ。さすがにそこまでされれば、母親の実力は施設でも有名になっていた。念願叶って、今では父親と同じ寮で暮らしているよ」


 そこまで話して、サンは大きく体を伸ばした。気持ちよさそうに声を漏らしながら、フッと脱力する。


「たまに来る手紙も、機密情報の洩れが無いように必ず確認されている。母親は、勉強した部分は利口なくせに、そういう所に頭を回すのは苦手みたいで、届く手紙の文の殆どは黒く塗りつぶされていて、読めるのは最後の『また送るね』だけさ。全く、いつになったら気付くかな」


 気付かないだろうね、とサンが鼻で笑っていた。


「両親は、毎月多額のお金を家の通帳に送ってくれるよ。きっとそれを使えば、三か月で新しい家が買えるかもしれない。少なくとも、一回の仕送りで補修くらいは出来るかも」

「そうなのか? じゃあ何でこんな貧しい暮らしをしているんだ」

「ん~、なんでだろう」


 サンがまた、腕を組んで唸った。


「プライドというわけでもないし、両親が嫌いなわけでもないし……でも、何故か使う気になれないんだ。だから、通帳ごと金庫に放り込んだままさ。もう埃を被って、触るのも億劫だよ」


 軽く笑い飛ばして、また酒を一口。


「お金は、生きていく程度には稼いでいるからね。機械の修理や、バイトとかで。研究や向上には、不要な贅沢は敵だよ。贅肉と一緒。ハングリー精神が動力源さ」

「努力家だなぁ。本来できる贅沢を我慢するなんて、中々しんどいだろ」

「とか言いながら、今日はお酒におつまみにって贅沢してるんだけどね」


 恥ずかしそうに頭をかき、照れ笑いした。


「たまには良いんじゃないか、これくらい」

「さすがプロト、優しいこと言ってくれるじゃん」


 乾杯をするように、サンは自分のコップを俺に向けてきた。俺もそれに応え、互いのコップをぶつけて心地よい音を鳴らした。


「お前が作ったアンドロイドだぞ? 当然じゃないか」


 そして、二人でコップに残った酒を一気に飲み干した。なんと美味い酒だろう。


「プロトの存在を世界が知る頃は、僕の世界も大きく変わると思う」

「そらそうだ。前代未聞の技術を持った科学者がいるって話になるからな」

「そうなった時、僕の両親はどんな顔をすると思う?」

「当然、褒めてくれると思うぞ。歴史に残るほどの偉業なんだ。誇りに思ってくれるに違いない!」


 ふむ、とサンがその状況を想像し始めた。そして、嬉しそうにだらしなくニヤけ、大きく何度も頷いた。


「うん……うん……それも悪くないね」


 気が付けば、サンの顔は真っ赤に茹だっていた。酒も少しずつではあったが、量はある。これ以上は良くないかもだろうな。


「プロトは僕に、家族についてどう思うって聞いたよね」

「そうだな」

「僕は両親とこんな感じだ。離れた時間が長すぎて、特別抱く感情もないし、リンドウ君みたいに喧嘩も何もしない」


 滑舌が徐々に悪くなっていく。首も揺れ始めていった。


「僕の意見は特殊だから、参考にはならないと思うけどね」


 最後に大きく息を吸い、酒気を帯びた息と共に吐き出すのだった。


「僕は家族って、感心がある限り続くものだと思ってるよ。距離とか関係無くね」


 そうか、と返した俺の返事は、寝息を立て始めたサンには届かなかった。

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