『完璧ではない君を預けて』

「信じられないんだけど!!」

 メリアはずっと頬を膨らましながら、眠るプロトを指さした。やるせない怒りで顔を真っ赤にし、何度も僕の肩を掴んで揺らしてくる。

「あいつ! 私のこと! ゴリラって言った!!」

「おかしいなぁ……メリアのことは、事前に僕がインプットしていたんだけど……」

「じゃあサンが、私のことをゴリラだと思ってたってこと?」

「神に誓ってもそれはないから、その拳を降ろしてもらえるかな?」

 冗談なのか本気なのかは分からないけど、一応人よりも強く設定したアンドロイドを一撃で沈めた拳は、きっと僕にも致命的だ。


 メリアは少し葛藤してから、大人しく手を降ろしてくれた。

「でも、ごめん。大切なアンドロイド、壊しちゃったかも……」

 我に返って自分が殴り倒したアンドロイドの顔を優しく撫でた。

「温かい……」

「一度起動をしたからね。体の循環機能が生きてる。体温も代謝も起きてるよ」

「死んでない、よね?」 

 心配そうに呟くメリアを横目に、機械の数値を確認した。

 うん。特に異常はない。

「プロト、大丈夫かい?」

 僕は、プロトの体を軽くゆすり、ほんのり赤く腫れた頬を軽く叩いてやった。


 すると、プロトのまぶたがゆっくりと開いていく。

「うぅ……なんか、悪い夢を見ていた気分だ……」

 プロトは改めて、頬を抑えながら起き上がった。

「いきなり目の前に化け物が現れて、襲われる夢を……」

 起き上がったプロトがメリアと目が合う。

 しっかりと体温調整もされているはずなのに、プロトは身震いした。

「何故だ……君を見ると悪寒が走るのだが……」

「気のせいよ。そうに違いないわ」

 メリアはプロトと目を合わせずに言った。後ろめたさがあるようだ。


「プロト、気分はどうだい?」

「その声……あんたがサンか。俺を作った」

「僕の声を知ってるのかい?」

「ずっと聞こえていたさ。それに、俺はあんたの声しか知らない」

 ニッと笑ったプロトは、ベッドから降りた。一糸まとわぬ姿のまま立ち上がったプロトは、さながらギリシャの彫刻のように美しい姿をしていた。

「ちょ、馬鹿じゃないの!?」

 メリアが途端に背を向けてしまった。

「どうしたの?」

「どうしたもこうしたも無いでしょ! 裸じゃん!」

「そんなに気にしなくて大丈夫だよ」

「あぁ。俺はアンドロイドだから、意識する必要なんて微塵もねぇよ」

「どうでも良いから隠しなさい!」

 まるで少女のように慌てふためくメリアに、僕とサンは見つめ合って苦笑してしまった。

「仕方ない。プロト、布団のシーツでも腰に巻いてあげてくれないかな?」

「なんか……面倒な女が俺の主人になっちまったかもな……」

 渋々、プロトは腰に真っ白なシーツを巻いてくれた。これはこれで、ますます神話の神のような神聖さを纏ってしまった。


「おい、ちゃんと隠したぞ」

「本当に……?」

「疑うならずっとそうしてろ」

 そう言われたメリアは、葛藤の末に改めてプロトの方へ向き直った。

「ったく、大人の女が男の体にビビってんじゃねぇよ。子供じゃあるまいし」

「仕方ないでしょ!」

「先が思いやられるぞ、これ」

「あはは……」

 

 無事に起動もして、意思疎通も問題なく出来ていた。二人の邂逅の波乱さには苦笑いも浮かんでくるが、技術者としての見解では、プロトの状態は異常なしで喜ばしいことである。

 だが、一つだけ気になる部分があった。

 口調が荒い。

 設定では、紳士的で情的な性格を作成しようと組み立てたつもりだったのだが、なぜか粗暴な口調や反応が見受けられる。もしこの性格のまま、人間より強い力を行使すれば、良くない結果を生み出す可能性もある。

 これは……一度シャットダウンして改良するべきだろうか……。

「プロト。君は自分がどんなアンドロイドか、理解してるかい?」

「俺か? 護衛専用アンドロイドだろ。主人の命と安全を守ることが使命だ」

 すんなり答えた。理解はあるようだ。

「僕は君を、温厚な性格で設定したはずなんだが、どうして少し粗野な性格なんだい?」

「それに関しては、俺は分からん。お前だって、自分の性格や思考を明確に説明できるのか?」

 なるほど。正当な理由は不明ではあるものの、理論的な返答も出来る。

「君は、特別なアンドロイドだ。君の存在は、人類の歴史の変革になるんだ。英雄にもなれるし、汚点にもなれる。君には、そこの女性の元で動作確認をしてほしい。期限は3か月だ。定期的にメンテナンスは入れるが、殆どを彼女と過ごしてもらう。そして、学んでほしいんだ。自分の身の振り方を」

「身の振り方ね……ま、程々にさせてもらうよ」

 適当な感じで頷いたプロトは、メリアに一歩近づいた。

「あんたがメリアってことで良いんだよな?」

「そうよ……」

「見たところ、俺の存在があんたに必要なのか分からんが、3か月は宜しく頼むぜ」

「こちらこそ宜しく……でも、私の所で生活するからには、人間としての意識を持って生活してもらうからね。たとえば……服は必ず着るとか……」

「こんなに格好良い体型なのにか?」

 見せつけるように両腕を広げた。

「だとしてもよ!」

「ったく、俺のことは動くマネキンとでも思ってりゃ良いのに。所詮、アンドロイドなんだから」

「そうはいかないわ」

 メリアはまだほんのりと顔を赤らめながらも、今度は真っすぐにプロトの目を見つめた。

「あなたは確かにアンドロイド。人間ではない。でも、感情もあるし、人権もある。だから私は、あなたを人間として扱うわ。それが、命を持つ者に対する最低限の礼儀だからよ」

 プロトはメリアの言葉に、少しだけ目を丸くした。

「俺を人間として扱う?」

「えぇ」

「どこまでも変わってるな、あんた」

「だからこそ、あなたには約束してほしいことがある」

 メリアは自分を指さして見せた。


「私のことは『メリア』と呼びなさい」

「あんたの事を?」

「あんたって呼ばないで」

 少し不機嫌な表情になった。

「プロト、名前ってとても大事なものなの。誰もが持っている自分だけの、誰かからもらったプレゼントなんだから、それは大切にしてほしい」

「……分かったよ、どうでも良い気もするが。そんなことであんたが……メリアの機嫌が良くなるならな」

「今は、私が言った意味まで分からなくても良いわ。でも、いつか気付く日が来る。それまでは、意識的に名前呼びをするようにしてね」

「へいへい」

 返事をしながら、僕の方に何か言いたそうな顔で視線を送ってきた。

 僕も苦笑いをして返してあげた。

「メリアは、本当に良い人だ。君の成長に、必ず意味あることを教えてくれる。仲良くしてあげてね」

「仲良くも何も、守るのが俺の仕事だからな」

 頭を掻き、じっとメリアの目を見つめ直した。

「……何よ」

「いや、面倒な奴だなって」

「サン、思考回路の教育って拳で教えた方が早いかしら?」

「壊れるから止めてもらえると有難い」

 メリアが拳を握ると、プロトは少しだけ顔を青ざめていた。拳に対しての恐怖心が植え付けられてしまっている。

「メリアの拳が怖すぎるんだが……こいつの手はもはや武器の域に達してる。俺とも渡り合えるほどに磨かれてる気がするが、本当に俺の護衛は必要なのか……」

「本当は、護衛専用アンドロイドなんて不必要な世界が良いんだけどね」

 でも、今はまだ需要がある。だからこそ、僕は君を作ったんだ。

「君の力は、必ずどこかで彼女を守る。そして、これから色んな人を守っていくだろう。そのために、頑張っておいで」

 プロトは黙って頷いた。

「悪漢とメリアの手には気を付けて生活するとしよう」

「プロト……あなた、私の手を凶器だと思ってる?」

「今のところ、そういった情報しか無いから仕方ないだろう」

 

 メリアは大きな溜息を一つ吐いて、ゆっくり右手を前に差し出した。

「握手しなさい」

「握りつぶすつもりか?」

「握手するか、その減らず口を握りつぶされるか、どちらか選びなさい?」

「それはスリル満点な選択だな……!」

「私は優しいから、好きな方を選ばしてあげるわ」

「俺の中で優しいがどんどん間違った方に進んでいく気がするんだが……」

 プロトは躊躇いつつ、メリアの手をそっと握った。メリアより一回り大きな手が、大事そうに包み込む。

「プロト、あなた……案外優しい握手をするのね」

「お前もな」

「お前、じゃないでしょ?」

「……メリアもな」

 バツの悪そうなプロトに微笑みながら、その手を握り返した。

「手は、攻撃をするためだけにあるわけじゃない。こうやって理解し合うことだってあるんだから。そういうことも、学んでいきましょ」

「へいへい」

 ほんの少しだけ、プロトも頬が赤らんだような気がした。

 感情も思考もしっかり機能している証拠だ。初期動作の問題は無さそうで安心したよ。


 様子を観察する僕には気も留めず、メリアは満面の笑顔でプロトに言った。

「これから3か月、私を守ってね。プロト」

「この3か月、あんたにはこれ以上ないくらいに安心した日常を送らせてやるよ、メリア」

 二人で手を握り合った。そうして、二人の短い共同生活が始まったのだった。

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