『人のように生きなさい』
俺は、今日初めて起動した。
整理はされているものの、薄暗くて換気もままならない地下室で目覚めた俺が最初に目にしたものは、俺の主人になる女の顔だった。
対象の情報は事前に受けていた。なんでも聞くところによると、町で有名な令嬢だそうだ。これまで何度も悪漢や強盗による被害もあったらしい。それほどに、対象の金銭や身なりに価値があるということだ。これは護衛のやりがいがある。ここでしっかりと成果を出して、俺の存在を世界に理解させてやるんだ。
そして、女を守るために起動した俺は、即座に殴り倒されたのだった。
やっぱりゴリラじゃねぇか。
☆
地下室から出た俺は、馬車に揺られながら離れた屋敷に連れていかれた。
外の景色に目を向けながら、俺とメリアは二人で向かい合うように座っていた。
「わざわざ馬車なんか使わなくても、歩いていける距離だろう。さすが、お金持ちのお嬢様はやることが違うね」
「あなたがまともに服を着ないから仕方なく呼んだのよ……!」
「服を着ないも何も、そもそも用意してなかったから仕方ないだろ」
俺は地下室のシーツを腰に巻いた状態のままで出てきた。隠すほどの体でもないし、それでも良いと思ったのだが、このお嬢様はそう思わなかったらしい。
「半裸の男と同伴なんてしたくないわ」
「アンドロイドだと言えばどうにかなるだろうに」
力はあるくせに、妙に繊細な部分がある。
「人ではないんだから、アンドロイドならって理解してもらえるだろう?」
「私が嫌なの」
そして、何か譲れないことに関しては、誰にも屈しないほどの目力を発揮するのだ。
「それに、いくらアンドロイドでも半裸で外を歩いたら補導されるわ」
「面倒くせぇな」
返事の代わりに、二の腕を摘ままれた。
「痛ぇ!」
「あら、痛覚もしっかりしてるのね」
ジンジンと痛む腕をさする俺を、意地悪そうな笑みで見ていた。
「これは体罰ではないわ。あくまで、身体機能の確認よ」
「さすが、お嬢様は素敵な趣味をお持ちで」
「あら、逆の腕もしてほしいのかしら?」
さすがに冷や汗をかいた。もう逆らわないでおこう。
☆
「着いたわ」
馬車が止まり、外へ降りた。地下室といい馬車の中といい、薄暗い所にずっといた俺にとって太陽の光は刺激的なものだった。目に映る感覚だけじゃない。肌に直接差す日光が、その熱を伝えてきた。太陽の光は、全身で感じるものなのか。
「眩しいな」
「これが外の世界よ」
「データでは知っていたが、日光ってこんな感じなのな」
視界が慣れてきて、やっと物が見えるようになった。一層、世界が鮮やかになる。
「あなたが知らないことだらけよ。しっかり覚えていくことね」
また鼻につく言い方をしてきた。
……ここは少し、やり返してやろう。
「まぁ、知らないことはインターネットに直接アクセスすれば良いだけさ」
自慢げに、自分の頭をつついて見せた。
アンドロイドには、独自のネットワークがある。そこから常識を学び、判断をして、行動に移す。生きるためには無知ではいけない。それに、手順が違うだけで、知らないことをすぐに携帯やらパソコンで調べる人間だって、結果やっていることは変わらない。今では、誰もが天才になれる。
だが、今この瞬間はメリアより俺の方が天才だ。
その事実だけで満足である。
「本当にそうかしら?」
馬車から降りたメリアが澄ました顔で呟く。煌めく髪が風に揺れていた。
「そうさ。インターネットにアクセスできるアンドロイドは、インターネットが脳みそみたいなもんだからな」
馬車に積んだ荷物の中にあった麦わら帽子を先に取り出し、メリアに被せてやる。
「分からないことがあれば、何でも俺に聞けよ? 全部正しい答えを教えてやるさ」
どうだ。悔しいだろう?
……だが、メリアは歯噛みするどころか、きょとんとした顔で俺を見るだけで、何も言わなかった。
「な、なんだよ」
「ううん。プロトは粗暴な感じだけど、帽子を被せてくれたりするんだなって」
「それくらい、みんなするだろ」
「あなたの言うみんなを、私は知らないわ」
「そもそも、メリアに執事やらメイドとかいないのか? 令嬢なんだろ?」
「ん~、まぁ分類上は令嬢に入るかもだけど。そもそも私はそこまで大金持ちってわけじゃないからね?」
「大金持ちじゃない……ねぇ」
そこまで聞いて、目の前の大きな屋敷を見上げた。
大きく開かれた門は、いくつもの馬車が出入り出来るほどに幅も広く、公園のように広い庭には立派な木や噴水が並んでいる。芝生も毎日しっかりと手入れされているようで、これはさぞ沢山の使用人がいるんだろうな。
屋敷の中から大勢の声もする。大層盛り上がっているようだ。
「こんだけ大きな屋敷に住んでいて、金持ちじゃないってのは逆に失礼だろ」
「それはレストランよ。うちのお父さんが経営していた店。私の家は、この建物の一室だけよ。いわば住み込みみたいなもの」
「ほぉ……これがメリアの店か」
改めて聞くと、屋敷の中の賑わいは食事に来ていたお客の声だ。
楽しそうな声だ。男も女も、大人も子供も混じった声が門の外まで響いてくる。
「うちの料理はこの町で一番よ。私も監修してるし、自慢の料理人が丹精込めて作ってくれているの。庭も信頼できる庭師が手塩にかけて世話をしてくれてるから、こんなに綺麗な状態を維持できる。この庭は子供にも人気でね。噴水はこの時期水浴びに来たりとか、凄く楽しい空間になってるわ」
レストランの話をするメリアの目は輝いていた。初めて来た俺にも良さを知ってほしいのだろう。色んな所を、まるで絵本を読む子供のような表情で語るのだった。
「凄いな、メリア」
「私よりも、従業員の方が遥かに凄いわ。私はただ、ここに生まれただけよ」
「それも何かの運命だろ」
「あら、案外ロマンチックなことを言うのね?」
「そう言っておいた方が良いって、インターネットに書いてあった」
「……あっそ」
ジト目で見られながら、降ろした荷物を抱えてレストランの裏口に回っていった。
本当は、無意識に出ていた言葉だった。
自分でも、なぜそう言ったのか分からなくて、適当にはぐらかしてしまった。
荷物を運びながら、こっそりインターネットで自分の発言理由を検索してみるが、検索の仕方が分からない。適当に検索してみても、納得いく答えは出て来やしない。
「プロト」
「んぁ、なんだ」
突然話しかけられて反応に遅れた。
「あなた、何でも答えが分かるって言ってたわよね?」
階段を昇りながら、下からメリアが聞いた。
たった今分からないことがあったので、どう答えようか迷う。
「当然だ」
強がっておいた。
「じゃあ聞きたいことがあるんだけど」
「荷物を置いたらな」
三階まで上がり、廊下の一番奥の部屋まで着き、メリアが鍵を取り出し、開ける。
中は個人部屋にしては十分すぎるほど広く、ほこり一つないくらいに綺麗にされていた。適当に荷物を降ろし、整えられたベッドに腰を下ろす。地下室のベッドとは比べ物にならない柔らかさだ。
窓を開けると、町を見渡せた。特別美しいわけでも、個性的なわけでもない。でも、何故か俺はこの景色が好きなのかもしれない。安心した気持ちになった。
「ここがあなたの部屋よ。自由に使っていいわ。ただし、清潔にね」
麦わら帽子を取って、メリアはそのまま俺の隣に腰を下ろす。そして、俺の顔を見上げてきた。
「でさ、答えてほしいことがあるんだけど」
「さっきのやつか。言ってみ」
「人間って、善人? 悪人?」
「なんでそんなことを聞く?」
「答えってあるのかなって思って」
そう言うメリアの顔は、明らかにイタズラっ子のそれだった。
「お前、わざと答えられない質問してるだろ」
「何でも答えられるんでしょ?」
「答えが無いもんを答えられるわけねぇだろ」
吐き捨てる。メリアは何か納得したように頷いた。
「プロト。あなたはまず、自分で考えることをするようにしなさい」
「そりゃ考えるけど、調べて分かることがあるなら、調べた方が効率いいだろ」
「ときには、答えを出すよりも大切なものがあるの。だから、約束ね」
「面倒くせぇ……」
「あなたは私の護衛でしょ? 護衛なら、私のお願いも聞いてもらうから」
「護衛はそういうもんじゃねぇだろ」
「必ずあなたの為になるから」
適当に流してしまいたいのに、なぜかメリアは真面目な顔で俺を見ていた。
「そんな原始的な行為に何の意味があるんだよ……」
「それを、考えていくのも良いかもね?」
メリアはウインクを残して、部屋を出ていった。
静かになった部屋は、荷物でいっぱいなのに少し寂しげに感じる。
「考える、ねぇ」
そもそも何が言いたかったんだ、あいつは。
そんなことを考えていると、いつの間にか空から太陽がいなくなっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます