嘲笑
上品ながらも控えめなドレス。青が基調の、所々白の花が咲き誇るようなドレスに着替え、大広間へと足を運ぶレーナ。陽の光があたると一筋の光のように輝くドレスで、ボリューミーなレースがないドレスを着ているレーナの姿は珍しく、使用人たちの視線が突き刺さる。注目の的になるのは苦手だったが、不思議と今までよりもレーナは清々しい気持ちでいっぱいだった。
広間に向かう階段をおりてゆくと、そこにはピンクの大きいリボンを頭に乗せたアンリエッタがいた。ドレスも髪飾りと合わせてピンク色のふりふりのものである。
アンリエッタを見て、ふと、時戻りの前の彼女を思い出したが、それよりも、ドレスのせいで金色の綺麗な髪が台無しね、とレーナは心の中で少し引く。あんなのをあのメイドたちは着させようとしたと思うと鳥肌が立つ。ちゃんと意見を言えて、良かった。
レーナが思っていることを読み取ったのか、アンリエッタは眉をひそめる。
あぁ、いけないいけない。
「今日も素敵ね、アンリエッタ。とても可愛らしいわ」
にこりと笑うレーナに、アンリエッタは笑い返す。
「ありがとう、お姉様。お姉様こそ今日は珍しいドレスですわね。ええ、とてもお似合いです」
貧相なあなたにぴったりですわ。そう、アンリエッタは揶揄する。そして、レーナは思った。
そうか、こうやってアンリエッタは私を馬鹿にしていたのね。過去の私は全部聞き流していたっけ。……でも、今は違う。
「そのドレスこそ、アンリエッタに選ばれてとても嬉しそうよ。そんなにふんだんなレースやらリボンやらを使用するドレスなんて、なかなか見れないものね」
そんなのを着るのはあなたくらいよ。とレーナは返す。
アンリエッタは可愛らしい顔をみるみるうちに怒りで真っ赤に染めあげて、両手でドレスを引き裂きそうなくらい、引っ張っていた。きぃ〜! という悔しがる声さえ聞こえる気がする。
ふふっ、いい気味ね。過去の分も、これから沢山お返ししてあげるわ。
すると、父親であるアストリファス公爵が現れ、咳払いをし、言い放った。
「もうそろそろルヴィウス・ヨハンズ・イグニス皇太子殿下がいらっしゃる。皆、気を引き締めるように」
と。
皇太子殿下、過去の私の夫。そういえば、とレーナは思った。
……殿下は私をどう思っていたのだろう。
政略結婚だから愛されなくとも仕方ない、私たちの間に愛情はない、とそう思っていたけれど、もしかしたら殿下は違ったかもしれない。……今となっては確かめる方法も無いが、これからだったら、変えてゆける。
殿下との関係性は、これから重要になってくるわ。以前のように素っ気ない対応はしないようにしてみよう。
レーナは決意新たにまっすぐ前を見た。
数分たって、馬車がやってくる音がした。大きな門を開け放ち、堂々と真ん中を歩くその少年は、まだあどけなさが残るものの、王族たる威厳を持ち合わせていた。アンリエッタに負けないほどに輝く銀髪、それに澄んだ水色の瞳。ああ、こんな姿だった、殿下は。
「綺麗ね」
小さく呟いた、その本音は、きっと過去でも思ったこと。でもきっと、過去では言えなかったこと。私はこの皇太子と、どんな関係を築けるだろう。
少しだけ、ほんの少しだけ、ルヴィウスとの関係に期待したレーナというただの人間が、そこにはいた。
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