第13話 魔力ゼロの二人
それは一瞬の出来事でした。
自分を助けてくれた白髪のおじさんは圧倒的な力で、いつも自分を虐める四人を完膚なきまでに叩きのめしてしまいました。
全員川に落とされましたが、生きてはいるようです。
ちょっと安心しました。
「大丈夫だったかい、嬢ちゃん?」
白髪のおじさんは四人を倒した後、気持ちを落ち着けて自分に語り掛けてくれました。
すごく優しい声で。すごく力強い手を伸ばして――
「もしかして怖がらせちまったか? だとしたらすまない。とりあえず、あいつらも死んではいないはずだ……多分」
優しくて、強くて、でもすごく不器用なおじさん。
この人はいい人です。
こんな見ず知らずの自分を助けてくれるなんて――
「な、なあ、嬢ちゃん? さっきから黙ってるけど、その……大丈夫なのか?」
いけません。すっかり黙ったままになってました。
まずはお礼を言わないといけません。
後、誤解も解かないと――
「おーい? 嬢ちゃーん?」
「すみません……。自分は"男"です」
――お礼が先に出てきませんでした!?
◇◇◇
赤髪の少女――と、思っていた少年は"ラルフル"と言う名前らしい。
見た目が完全にショートヘアーの小柄な少女だったから、完全に女だと思い込んでいた……。
「すみません! 本当は先にお礼を言いたくて! ありがとうございました! でもよく間違えられるんですが、自分は男なんです! 女じゃなくてすみません! 男に生まれてごめんなさい!」
「お、落ち着け! 言ってることが支離滅裂になってきてるぞ!? こっちこそ間違えてすまなかった!」
ラルフルとの会話の落としどころが分からなくなってきたので、一度お互い落ち着くことを提案する。
まあ、結果としてラルフルが虐められてたのは事実だし、それを助けることができたのはよかった。
「そういえば、ケガの方は大丈夫なのか?」
「あ、はい。自分が持っていた回復薬のおかげでもう大丈夫です」
そう言ってラルフルは懐から小瓶を取り出す。
村の冒険者にも見せてもらったことがあるが、これって確か――
「結構高級な回復薬じゃないか? よくこんなものを持ち歩いてたな」
「王宮に勤めている人には、定期的にこの回復薬を配ってもらえるのです」
「お前、王宮勤めなのか?」
だとすればこのラルフルという少じ――少年は結構なエリートなのか?
「自分は現在王宮で小間使いをしています。以前は別の職に就いていたのですが……」
ん? なにか含みのある言い方だな。
だが、ラルフル本人が言いたがらないなら、無理に聞き出すのも野暮な話か。
◇◇◇
ゼロラさんは自分の無礼もすんなり受け入れてくれました。
この人になら。自分のことを話しても大丈夫だと思えました。
「自分は……以前は勇者レイキース様のパーティーに、魔法使いとして同行させていただいてました」
「勇者パーティーに!? それじゃあ、お前……相当な魔法の使い手なんだろ? なんであんな奴らにいいようにやられてたんだ?」
ゼロラさんが自分に対してもっともな疑問を投げかけます。
確かにもっともです。
もし自分が"今も"魔法使いだったら、このような事態にはならなかったでしょうが――
「今の自分には……一切の魔力が残ってないのです」
この世界の人間には少なからず魔力が宿っています。
それなのに、今の自分には一切の魔力がありません。
そのせいで周囲から疎まれてもきました。
ゼロラさんにも驚かれると思いましたが――
「ふーん。でもなんでまた魔力を失ったりしたんだ?」
「あ、あの……驚かれないのですか?」
――ゼロラさんは魔力がないことを全く気にも留めずに、話を続けようとしました。
「あー……そういえば普通の人間なら、魔力は持ってて当然だったな。忘れてた。実は俺も魔力がないみたいでな」
「……え?」
自分のほうが驚いてしまいました。
『魔力がない人間は潜在能力がない人間』とも考えられているこのルクガイア王国で、そんな人が自分以外にもいたなんて……。
「まあ、俺の場合は魔力もないが、それ以前に記憶もなくってな。二年以上前はどこで何をしていたのか、そもそも本当の名前はなんだったのか、それすらも分からないんだ。"ゼロラ"って名前も、一応で名乗ってる名前だしよ」
辛い過去のはずなのに、ゼロラさんは自分にあっさりと話してくれました。
――この人は本当の意味で強い人なんだと思います。
記憶もなく、魔力もないのに、臆することなく自らの意思を貫ける人。
なんだか憧れてしまいます。
「自分は……魔力を奪われてしまったのです」
この人なら信頼できる。そう思って自分は話を続けました。
◇◇◇
ラルフルは俺に魔力を失ったいきさつを話してくれた。
かつて勇者と共に魔王討伐の旅に出ていたが、その途中で魔族から強力な呪いを受けてしまい、すべての魔力を失ってしまったらしい。
本人は話さなかったが、勇者パーティーに加わることができる程の魔法使いだったのだ。
それは膨大な量の魔力を宿していたのだろう。それだけの努力もあったはずだ。
だが、それが一瞬のうちに失われてしまった。
そのショックは俺には想像できない。
それでもこうして虐げられながらも、しっかりと自分にできることをして生きている。
このラルフルという少年は、本当の意味で強い人間なんだろう。
それに比べて俺はどうだ?
俺の仕事なんて、周囲から疎まれても仕方のないことだ。
ただ流されるままに、汚れ仕事を請け負っている。
このラルフルという少年の前で、俺の生き方のなんとみすぼらしいことか――
「ゼロラさんは強いですね……。自分と同じ魔力ゼロなのに、四人相手に圧倒してしまうのですから……」
俺がラルフルのことと自分のことを照らし合わせていたら、ラルフルのほうが口を開いた。
「いいや、俺は強くなんかねえさ……」
「あんなに強いのにですか?」
「あんな強さはただの"暴力"に過ぎない。そんな暴力という強さじゃ、さっきの四人となんにも変わらねえよ……」
そう、俺の"強さ"はあくまで"暴力"。
そんな暴力の中で生きている自分に、時々嫌気がさす時だってある。
「でも、ゼロラさんの強さは誇っていいと思います! どんな"強さ"も当人の使い方次第だと思います! ゼロラさんは"暴力"だなんて言ってしまいますが、自分はゼロラさんに救われたのですよ!?」
ラルフルがまっすぐな視線で俺に訴えかけてくる。
『どんな強さも使い方次第』……か。確かにその通りだ。
俺はただ強さを振るう道しか考えず、『イトーさんへの恩義のため』などと自身をごまかして、使い方を選べていなかったのかもしれない。
「フッ。ありがとな、ラルフル。俺もちょいとお前のおかげで気が楽になったぜ」
「ふぇ? 自分、何かしましたか?」
「気にするな。俺の勝手に感謝してるだけさ」
ラルフルは今時珍しいほど純粋な奴だ。
こいつにはこいつに合った生き方をしてほしい。
「勝手ついでに、俺に何かできることがあれば手を貸してやるよ」
「あ! それなら是非とも一つお願いがあります!」
俺が何気なく放った一言に対して、ラルフルは真剣な表情で答えた――
「ゼロラさん! 自分に稽古をつけて下さい!」
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