第16話 見捨てられた町
「…俺の親父が生きていた頃、この町にはまだ人が多かった。」
バルデッリ警備隊長は、追憶する。かつてこの町がまだ「まとも」だった頃のことを。
「町には学校があったし、子どもだって結構いたんだ…」
傍にいた警備隊副隊長のマルセロは、暗澹たる表情でバルデッリの話を聞いていた。彼もこの町で育ったが、バルデッリよりは若い年齢だ。
「…ある時、東の国々で戦争が起きた。親父は国境警備隊所属でこの町を守っていたから、東から押し寄せてくる難民達を保護するのが任務だった。
…だが、難民は日に日に増えていった。町の外れにある難民保護施設は、やがて満杯になった。それでも、難民を保護して施設に連れていくのが親父の仕事だったから、親父は任務を続けていた。」
重苦しい口調で、話し続けるバルデッリ。
「…でもある時、施設の人間は親父にこう言ったんだ。
…″難民保護施設は、これ以上難民を受け入れることが出来ないので、もう難民をここに連れてくるな″、とな。
親父は聞いた。″じゃあ、難民達をどうすればいい?″と。
施設の人間はこう答えた。
″お前達の町でどうにかしてくれ″、ってな。
…そして難民達を町で保護することになったが、彼らを収容する施設もなければ、食料だって十分にない。言葉だって通じない。
臨時措置として、町の学校を難民保護施設として使った。
町の人間は極力、難民達を″人道的″に扱おうと決めた。だから、少ない食料も町の人間が負担して、難民達に配給していたんだ。」
それは、今では考えられない…難民に対する、人道的な処遇だったが…
「それでも、難民達はどんどん増えていき、食料も足りなくなった。女達は、子どもを連れて町を出て行った。親父達は、町を捨てるわけにはいかず任務に従事していたが、町はどんどん困窮していくし、これ以上町で難民達を保護するのは不可能だった。
難民保護施設からは相変わらず″こっちも余裕がなくてどうしようもないから、国境警備隊でどうにかしてくれ″の一点張り。
話によると、どこの難民保護施設も受け入れ余力がなく、他の地域の国境警備隊も、同じような状況にあるらしいこと。
町の学校施設で難民を保護していたが、食料が少なく劣悪な環境だったので、やがて難民達は暴動を起こし始めた。…暴動は鎮圧したが、兵士達は何人か命を落とした。
…住民達の我慢は、限界近くに達していた。なぜ自分達が苦しんでまで…女、子どもが町を離れてまで、この難民達に食料や寝床を与え続けなければならないのかと。
親父は、国境警備隊の総隊長である″ヴェッキオ″に、町の窮状を伝えた。
ヴェッキオも対応に苦慮しているようだった。どの地区の国境警備隊も難民対応に当たっているが、人手も施設も食料も何もかもが不足していること。
だから、ヴェッキオは″中央″に…″王室政府″に援助を求めていた。国境に″壁″でも作らない限り、難民達はどんどんやってくる。もうこれ以上″人道的″な対応は無理だと。だが中央からは何の援助も、返信もなかった。
どの地区の難民保護施設も満杯。国境警備隊は次々押し寄せてくる難民達に疲弊し、彼らを保護する施設もない。寝床や食料を確保できない難民達は国境付近にある町や村で略奪行為を働き、警備隊は彼らとの戦闘で次々と命を落としていく。」
その時のことを思い出して語り続けるヴェッキオの声色は、次第に不穏さを帯びてくる…
「兵士も住民も我慢が限界に達していたある時、ヴェッキオ総隊長が、全ての地区にある国境警備隊に、ある指令を出した。
その指令内容とは、
《中央からは何の援助も支援もない。我々国境警備隊は、我々だけの力で地域住民の安全を守る必要がある。
だから、難民達への″人道的対応″はいっさい停止する。
今後難民達が国境から侵入してきたら、″無差別発砲″を許可する。
いかなる場合においても、地域住民の安全を守ることを最優先とする。
なお、現状難民達を保護してる施設があれば、その施設内にいる難民達の″殺害″や″拷問″も許可する》
ヴェッキオ総隊長の指令は、全地区の国境警備隊に通達された。難民への″虐殺″が許可された警備隊の兵士達は、さっそく行動に取り掛かった。
兵士達は、国境を超えてくる難民達を次々殺していった。子どもだろうが女性だろうが老人だろうが関係なく… 地域の住民達も、国境警備隊の難民達への″虐殺″を止めなかった。どころか、ヴェッキオ総隊長は国境付近の住民達にとって、英雄的存在になった。
…中には、難民達への虐殺に心を痛める者もいた。だが、住民達の″難民に対する怒り″は、その僅かな人間の良心を容易く打ち消し、難民に味方するものは「裏切り者」のレッテルを貼られた。それほどまでに、国境に接する人間達の心は爛れていた。兵士も住民も…
俺の親父は、難民達への虐殺には反対だった。だから、町の学校で保護していた難民達だけは守ろうとした。だが他の警備兵達は、親父のやり方に納得できず、親父は…兵士達の流れ弾で死んだ。親父が死に、学校にいた難民達は皆… あとは、わかるよな?」
感情を押し殺すように…淡々と語るバルデッリ。
「…俺は親父を恨んだよ。殺されるぐらいなら、自分を貫き通す必要などなかったんだ。皆んなに同調して、皆んなに合わせればいい。そうすれば自分も安全なのに…
″コミュニティ″の中で生き残るには、自分というものを押し殺さなければならない。
…俺は大人になり、警備隊に入った。相変わらず難民達は国境を超えてくるし、″王室″からは何の支援もなし。町からも人が離れ、町の財政は破綻寸前だった。食料も足りなければ、難民達に対応するための、武器も弾薬も足りない。
万策尽きかけてきた頃、″ある男″が町にやって来た。その男が何者かは知らなかったが、男は町の窮状を知っており、ある″仕事″を俺に持ちかけてきたんだ。
…その仕事とは、違法薬物の売買だった。
この国では採取や使用が禁じられている
″ガンビラ″の葉…
それを売り捌いてほしいと、その男は持ちかけてきた。
不安定な国境付近は、司法院の目が届きにくいから、違法の薬物売買にはうってつけであると…
俺のもとには定期的に、ガンビラの葉を粉状にした袋が送られてきた。これを売り捌いて、その売上金の半分は上納してほしいと…その代わり、残り半分の金は俺たちにくれるという条件…
悪くない条件だったが、最初は半信半疑だった。こんな″葉っぱの粉″が、売れるわけがないと。
…だが、予想に反して″ガンビラ″の評判は上々だった。最初は他の町の警備隊に売りつけ、やがてどんどん販路を拡大していった。話によると、どうもこの″違法薬物″の話を持ちかけてきた男は、俺だけじゃなく、他の国境付近の地域にも、仕事の話を持ちかけているらしい。
男の目的が何であれ、そんなことは俺達にとってはどうでもよかった。″クスリ″は金になる。
″ガンビラ″の顧客はどんどん増えていった。顧客の中には、首都アルベールをはじめとした都市部の富裕層もいた…
俺は、この薬の存在が気になった。金持ちまで手をつけるほどの「何か」が、このガンビラには秘められているのか?とな。
だから俺は、商品に手をつけた。ガンビラの粉を吸ってみたんだ。
…俺は全てを理解した。この薬は凄い効果を秘めていた。
吸った瞬間、一時的にではあるが…俺の心に抱えているあらゆる″負の感情″を、この薬は忘れさせてくれた。
親父が死んだこと。難民達との戦闘で、やつらを大勢殺したこと。死んだ仲間のこと…
このクスリを使用することで、頭の中は真っさらになり、″異常な″までの幸せに包まれる。俺の心を苦しめていたあらゆる″負の感情″は、ガンビラが忘れさせてくれる。
そして、わかったのさ。なぜ多くの人間が、クスリを求めるのかってな…
みんな、忘れたいことがあるんだ。
辛いことや嫌なこと、過去のトラウマ。
人々は苦しめられている。だから求めるのさ…
その苦しみを、忘れるために。
俺は、この町の人間にもガンビラを広めた。みんなこのクスリの虜(とりこ)になった。
あとはもう、堕ちていくだけだった…」
(…………)
マルセロは、バルデッリ警備隊長の話を聞いて、むなしい空虚感に苛まれていた。
「この町は、とうの昔に見捨てられた。なあマルセロ…ガンビラの葉は、この町を救う最後の希望なんだ。それを、なぜ今更になって…王室の小間使いたる騎士団どもが、邪魔しに来る?」
「希望……ですか。
隊長、我々は希望にではなく、崩壊に向かっているのではないのですか?…俺達はクスリなしには生きられない。…クスリのために生きている」
「その通りだマルセロ。それが我々の生きる理由だ…だがもう、それで十分じゃないか。我々にはもう、他に失うものなんてありはしないのさ…」
「隊長!隊長!」
キーラ・ハーヴィーとの戦闘で逃亡した兵士が、バルデッリ達のいる兵舎へと駆け込んできた。
「どうした?騎士団どもは始末したか?」
「いいえ、奴らは強すぎます…!我々の手には負えない!
…じきにここにもやって来るかもしれない、どうにか手を打たないと…!」
逃亡してきた兵士を咎めるでもなく、バルデッリはガンビラの粉を吸引しながら、ほくそ笑む。
「ただじゃ生かしてはくれねえ、か…
マルセロ、ここの防御を固めろ。やつらを迎え打つ。」
「もう後戻りは、できないのですね…」
マルセロの言葉には、僅かな躊躇があった。
「…これは俺たちが仕掛けたことだ。騎士団どもは、容赦しねえさ。」
キーラ・ハーヴィーは、住民達と戦闘を続ける。彼女の前には次々と死体が積み重なっていった。
「こいつら、殺しても殺しても、虫みたいにどんどん湧いて来るわぁ。」
住民達もまた、相当量の″ガンビラ″を服用していたようで、死を恐れてはいなかった。
「キーラ様!ここは私とサダムが引き受けます!あなたは兵舎に向かってください。」
グレンヴィルは、自分が住民達の相手をするから、キーラに先に進むよう促す。それはどちらかと言えば、住民のためでもあった。
キーラ・ハーヴィーは、任務の障害となるなら民間人を殺すことも厭わない。だから、自分が住民達を「殺さず」無力化することで、可能な限り住民達を守ろうとしていたのだ。
「兵舎にはおそらく、警備隊長のバルデッリがいるはずです!」
「じゃ、住民達の相手はあなた達に任せるわ、グレンヴィル!でも気をつけてね。こいつらの目は相当にイッちゃってるから。あなたが相手にするのは、民間人じゃなくって
″頭のおかしい中毒者″ってことを忘れないでねぇ。」
キーラを先頭に、ジェイコブ、ラスカー、マーカス、メアリー、ルーク達は先へと進む。
グレンヴィルと魔道士のサダムは、キーラ達の進路を作り、住民達との戦闘を引き受けた。
道には、キーラが殺した住民達の死体がそこかしらに横たわっていたが、住民たちは武器を下ろす様子もなかった。グレンヴィルは住民達に、説得を試みた。
「もうやめましょうみなさん!これ以上戦っても、死体が増えるだけだ!私は、あなた達を殺したくはない!」
「はぁ…!はぁ…!!」
住民達は、正常な判断力を失っているようだった。その血走った瞳は狂気に染まり、どう考えても会話は不可能だ。
(…これは、普通じゃない。これがガンビラのもたらす作用なのか…!)
事実、住民達は町長から相当量のガンビラを渡され、自らの意思でそれを吸っていた。ガンビラは、恐怖という感情も消してくれる。彼らは多量のガンビラを使用することで、戦闘時における″恐怖心″を打ち消していたのだ。もちろんそれが、身体に与える代償は、あまりに大きかったが。
「殺せ…!騎士団を殺せ…!!」
住民達が武器を振り上げてくる。グレンヴィルは攻撃を防ぎ、剣の柄の部分を住民に叩きつける。住民は強烈な打撃を受けて気絶した。
「許すな…!騎士団を、王室を許すな…!!魔法使いを許すな…!!」
なおも住民達は、武器を振り上げ攻撃を続けた。グレンヴィルは彼らの中に「ガンビラの薬」の影響だけではない、別の感情もひしひしと感じられた。
それは「憤怒」だった。難民という脅威に晒されながらも、ついには誰からも救われることはなく「見捨てられ」、違法薬物に″走らざるを得なかった″町の住民達の怒り。
「…もはや、説得は不可能か。サダム、彼らを殺したくはない。…命を奪わずに、″無力化″してくれ…」
「了解…」
魔道士のサダムは両手を掲げ、その手には鮮やかな閃光が走る。閃光は巨大な雷を四方に発生させ、その広範囲な雷撃は、住民達の命を奪うことなく「気絶」させた。
残った住民達は、なおも抵抗の意志を崩さずグレンヴィル達に襲いかかる。
グレンヴィルとサダムは、応戦を続けた。
(長い夜になりそうだ…)
兵舎に向かうキーラ達は、その道中も住民達の攻勢に直面していた。
キーラとジェイコブは難なく住民達を″始末″していたが、次々と現れてきて、まるできりがない。
ラスカーは、自らの使い魔たる″アーク″を召喚させる。無数の銀色の結晶が、渦を巻いて地面を覆いつくし、結晶の渦がやんだ後に現れた、双翼を持つ白銀の首長竜。
「みなさん、私の使い魔に乗ってください!一気に兵舎まで向かいます。」
ラスカー達は、その巨躯を誇る首長竜に飛び乗った。
「アーク、頼むわよ」
使い魔は人間の言葉は話せないが、召喚主たる人間の言葉は、概ね理解している。″アーク″は美しい啼き声をあげ、「わかったわ」とでも言ってるかのようにラスカーに返した。
アークは翼を広げ、疾風のごとく町を滑空する。
「こーんな便利な使い魔がいるなら、最初から出してくれたらよかったのにぃ。」
「…ハーヴィー副騎士団長。使い魔を長時間召喚し続けるのは、相当なエネルギーを要するのです。だから、ここぞという時にしか使えません…」
ラスカーの言うように、使い魔を召喚し、その使い魔を使役し続けるだけでも、召喚者たる魔法使いは相当量のエネルギーを使用する。優れた魔法使いほど、長時間使い魔を「維持」することが可能だが。召喚者の魔法使いの体力が切れてしまったら最後、使い魔も一旦消滅してしまう(死ぬわけではない)。
ルークにも使い魔がいるが、今彼は魔法を使うのに「心の抵抗」がある。ラスカーの使い魔に搭乗しながら、彼女の優れた魔法技に羨望を抱くと同時に、今は足手まといでしかない自分の存在を、申し訳なくも思う。
「ごめんなさい…僕も魔法を使えるのに、何の役にも立たなくて…」
ルークは、自分でも気付かないうちに、「魔法抑止法」の存在を忘れていた。魔道士の称号を持つ者しか、魔法を使ってはいけない。
ルークは結局、「卒業式」での魔法の暴走の件があって、魔道士の称号は未だ貰っていない。
ラスカーは、教師としての正統性を保つなら、ルークに(あなたは魔道士じゃないから、魔法を使っては駄目)と言うべきだったが、はっきり言ってこの状況下では法律なんて″くそくらえ″、だと彼女自身は思っていた。
…思っていただけで、それを口には出せなかったが、言い方を変えてルークに伝えた。
「…ルーク。あなたは今魔法を使うことを迷っている。迷いがあるなら、無理に魔法を使お
う、なんて思わなくていい。でももし、自分に命の危機が迫ったり、大切な人の命の危機が迫ったらあなたは…その時は、躊躇しないで、あなたの″心″に従って。…自分を、信じるのよ。」
ラスカーはかなり遠回しに(法なんて関係ないから、あなたがしたいようにしなさい)ということをルークに伝えていたわけだが、それをはっきりと言わないことに、ある種の彼女の卑怯さがあった。
善意的に捉えるなら、それがラスカーの(教師としての葛藤)ということにはなるわけだが…
でもルークは、ラスカーのそんな「逃げの姿勢」を逃さずに捕らえる。
「…なら先生、僕は、魔法を使っていいんですか?」
「…いいわよ。後悔するぐらいなら、自分のしたいようにすべきよ。」
ラスカーはまたしても「教師失格」な自分の発言に嫌気を覚えるが、同時にルークの本心にも気づく。
おそらくルーク自身は、「法に違反するから」ということではなく、「また魔法が暴走したらどうしよう」という点に不安を感じているようであった。
(そうか、ルークは…)
ラスカーは、今のルークがかつてのような…(違法行為に躊躇する)ような規律正しい人間ではなくなっていることに気付く。そう、ルークは自分自身をもはや″罪人″だと思っている。だからこそ、「法を守る」かどうかは、今の彼の関心事ではないのだ。今のルークはただ、「正体不明の魔法の暴走に怯えている」人間…
ラスカーはそれを理解して、言葉を付け加えた。
「ルーク、もしまた魔法が暴走したら…その時は、私がまた助けるから…あの時みたいに…だから、心配しないで…」
「あの時…?」
ルークには、ラスカーの言葉の意味が解せなかった。ルークは「黒き魔法」が暴走した時の記憶を、ほとんど覚えていない。自分がどのように「救出」されたのかも。
「まさか…あの黒い魔法が暴走した時…僕を助けてくれたのは、ラスカー先生だったのですか?」
ラスカーは無言で頷いた。
そう言われると、朧げにではあるが、
″あの時″ラスカーの声が聞こえたような気もする。
(そうか、僕は…)
ラスカー先生に、2度も助けられた。
1度目は、スヴェンの使い魔が暴走した時
2度目は、自らの「黒き魔法」が暴走した時
(…………)
助けられてばっかりだな…
うじうじ考えてるのが馬鹿らしくなってくる。せめて僕は、自分の身ぐらいは自分で守らなければならない。
でもなぜか…
ルークはあの時——卒業式の時に、魔法の暴走から自分を救い出してくれたのが、ラスカー先生だとわかって、嬉しかった。
ルークの心の中でラスカーに対する信頼感は確実に、どんどんと大きくなっていく。
だからと言って、全てを彼女に委ねて良い理由はない。時には、ルーク自身も戦わねばならない時がある。それは彼自身が一番良くわかっていた。
ラスカー達を乗せ、使い魔の″アーク″は警備隊の兵舎を目指す。
「…バルデッリ警備隊長を、殺すのですか?」
マーカス・ジョンストンがキーラに尋ねる。
「あいつが指揮官でしょう?なら大将は始末しなくちゃならないでしょ?」
「…それで、終わるんだろうか…」
キーラの言葉にマーカスは、困惑するような顔を見せる。
「…さあ?でも警備隊を止めない限り、彼ら一生私たちを追ってくるわよ?」
「…兵舎を見つけました!」
ラスカーは、町の中央に佇む兵士達の拠点を見つける。
「バルデッリ隊長!やつらです!」
兵舎からラスカー達の接近を見つけたマルセロが、バルデッリに伝える。
「…使い魔に乗ってやがるな。やつらに大砲の雨をくれてやれ。」
バルデッリが指示すると、兵士達は大砲の準備をし、発射態勢を整える。
「…やつら、私たちを撃ち落とすつもりね。みなさん、しっかり捕まってください」
ラスカーが、敵の砲撃に備えて皆に警告する。
「撃てぇっ!!」
マルセロが砲撃合図を出し、大砲が発射された。
「…アーク!避けて!!」
ラスカーが、アークに指示する。
使い魔目掛けて一斉にとんでくる大砲の雨。アークは翼を畳み高速に回転する。そのひどく曲芸的な動きは、敵の砲撃を巧妙に回避していたが、その動きは、アークに乗っている身からすれば振り落とされそうはほどに激しい動きだった。
「きゃあ!!」
メアリーはアークの動きに耐えきれず振り落とされてしまったが、間一髪、ジェイコブがメアリーの腕を掴み、彼女が使い魔から振り落とされるのを助けた。
「大丈夫かお嬢さん」
「あ、ありがとう…」
意外と紳士的な口調のジェイコブ・ウッズに、メアリーは少しばかりドキッとした。
「なんて使い魔だ!砲撃を全部かわしやがった!!」
マルセロは、使い魔の敏捷な動きに、焦燥を隠さない。
「マルセロ、第2砲用意しろ!」
「駄目です隊長!間に合いません!」
次の砲撃準備をする間もなく、使い魔の″アーク″が迫ってくる。
「ちっ…、銃兵!全員構えろ!あの使い魔を蜂の巣にしろ!」
バルデッリ隊長が指示し、兵士達は銃を構える。
ラスカーは、敵の一斉射撃を察した。使い魔はともかく、この状況で敵の斉射を受けると、非常にまずい。
「アーク!やつらが撃ってくる前に突っ込んで!」
アークは高い咆哮をあげ、ラスカーに応じる。
するとアークは、自身の体を包み込むように翼を畳んで、加速する。その急激な加速は、まるで弾丸のごとく——銃を構える兵士達に
、突進した。
「な… はや——」
兵士達は、使い魔の急な加速行動に驚愕する。が、すでに遅し。
弾丸のような速さで″突っ込んで″きた使い魔の体が、兵士達に直撃する。
その強烈な体当たりは、十数名はいたであろう兵士の隊列を崩す——というか、いとも容易くふき飛ばした。兵士達の鎧はひしゃげて、まるで特大の大砲が直撃したかのように、 10メートル以上は吹き飛ばされ即死していた。
「お前ら、怯むな!その使い魔を殺せ!」
警備隊達は、その白銀の首長竜に怖気付いていたが、バルデッリの声に我を取り戻し、使い魔に射撃しようとする。
それよりも行動早く、アークはその口から真っ白なブレスを兵士達に吹きかける。深い霧のような″息″を吹きかけられた銃兵たちは、一瞬にして″氷漬け″にされていた。
「まじかよ…」
バルデッリは、使い魔の攻撃に驚愕する。
「反撃しろ!やつらを殺せっ!!」
マルセロが叫び、兵士達が接近戦を仕掛けてくる。ジェイコブ・ウッズは、先行した兵士3人をまず、得意の早撃ちで始末する。背後にいた兵士たちが、一瞬尻込みする。キーラ・ハーヴィーは兵士達の隊列に単身突っ込み、やはりその息もつかせぬ高速の剣技で、兵士5人を斬り伏せる。
「…渡さねえぞ…」
警備隊にとって、戦況は圧倒的に不利だった。白兵戦に持ち込まれたら、勝ち目はない。
「ガンビラは渡さねえぞ!!」
バルデッリ隊長は叫び、戦闘から逃亡する。
「隊長!どこへ!?」
マルセロは、突然戦場から離脱したバルデッリに叫ぶ。しかしバルデッリは構わずに、兵舎奥の建物へと走っていた。
「あらぁ、今さら敵前逃亡?なっさけない」
キーラは、逃亡したバルデッリ隊長を逃す気はなかった。
「ジェイコブ、私は警備隊長を始末しに行く。ここは、頼んだわ」
「まかせろ」
キーラはそう言うと、バルデッリが逃げて行った建物の方向へと向かった。
兵士達は玉砕覚悟で、ジェイコブ達に応戦する。兵の中にはやはり——ガンビラの粉の影響と思われるような、″常軌を逸した目″をしている者も多かった。
(兵士達も中毒者揃いか…)
ジェイコブは思いながら、しかし冷静に敵の行動を回避しつつ、兵士を始末する。
「死ねぇ!」
ジェイコブの背後から、警備隊副隊長のマルセロが剣を振り落ろしていた。
「危ない!」
メアリーが叫ぶが、背後から簡単に攻撃を受けるほど、ジェイコブも迂闊ではなかった。
ジェイコブは後ろを振り向くこともなく、脇の下から、背後にいたマルセロに銃を発砲。マルセロは、その思いもよらない角度からの攻撃に驚く間もなく、胸に銃弾を受ける。
マルセロは致命傷を受け倒れ込んだ。
「はぁ…はぁ…助けてくれ…!」
マルセロは胸に銃弾を受け、激痛に悶える。メアリー・ヒルは、助けを求めるマルセロの元に駆け寄った。
「助けてもいいわ…でも、教えてほしいことがあるの。
…あなた達、ガンビラ売買の取引に関わっていた?」
「…そうだ…だから、お前達が俺らを嗅ぎ回ってたんだろ…?」
「…なら、その取引を証明できるような証拠…それはどこかにあるの…?」
メアリーは、ガンビラの違法売買に関わる証拠がないか、マルセロに尋ねる。
「はぁ、はぁ…なんで俺が、それを教えなくちゃならねえんだ…!」
「教えたくないならそれでいい。でもあなた、臓器に銃弾を受けてる。このままじゃ、あなた死ぬわよ。…教えてくれたら、あなたを助けるわ…」
「はぁ…そりゃ、卑怯たぜ…
……町長の事務所だ。」
「え?」
「…何度も言わせんなよ。町長の事務所に、リストがある。…そこには、顧客名簿やら
″ガンビラ″の仕入れ場所やら何やらが、記載されている…それが欲しけりゃ、町長の事務所へ行け。ここから近くだ…兵舎の裏を少し行けば、町長の事務所がある…」
「…ありがとう、教えてくれて。」
メアリーはそう言うと、「約束通り」マルセロに応急処置を施す。銃弾を摘出し止血。その慣れた手つきで包帯を巻く。
「お嬢さん、慣れてるな。…医者か何かか?」
「私は、薬剤調合師よ…医者の手伝いもしてるけどね…」
「そうか…」
処置をしながら、メアリーはマルセロに話しかける。
「ねえ…もし生き延びることができたら、約束してほしいの。もう…ガンビラを…薬を使うのはやめて欲しい。ガンビラは、あなたの人生を狂わせるだけ…」
メアリーの頼みに、マルセロは失笑した。
「ははっ…そう簡単に…断ち切れるものだと思うか、お嬢さん…?そんな、簡単なことじゃねえのさ…」
「…生きる理由ができれば、薬を使わないという選択肢も、きっと出来るはずよ…」
「…そんなもんが、あるならな…」
「じゃあね…」
立ち去ろうとするメアリーは、しかしマルセロは呼び止めた。
「ちょっと待ってくれお嬢さん!あんた…名前は何て言うんだ…?」
「…メアリー・ヒルよ」
「…俺はマルセロだ。…メアリー・ヒルか。良い名前だな。さしずめあんたは、俺の命を救ってくれた女神様ってとこだな…」
マルセロの発言に、メアリーは少しばかり拍子抜けした。
「…何?口説いてるの?」
「いいや…軽く流しといてくれ。」
至極満足そうなマルセロの声に、メアリーは笑顔で返した。
(くそ…!)
バルデッリ隊長は、兵舎の地下へと向かっていった…!
(騎士団どもには勝てねえ…!こんなとこで、ガンビラを失ってたまるかよ!)
バルデッリは、地下室の扉を開ける。そこには、大量の袋の束があった。
…それは紛れもなく、ガンビラの粉が入った袋の束…
バルデッリは袋を乱雑な動作で、力ずくで破った。袋から粉が溢れ出る。彼は粉を鷲掴みにすると、またしても鼻からそれを吸引した。頭の中に″強烈″な快感と刺激が走る。
「はぁ…!!はぁ…!!」
「中毒者は辛いわねぇ?」
バルデッリの背後から、女の声が聞こえた。
キーラ・ハーヴィーだ。
「そんなにこのクスリが惜しいの?」
「…お前に、何がわかる」
「…わからないわよぉ。″薬物中毒者″のことなんてね。…わかりたくもないわぁ… あなたのような″異常者″と、私は違う」
キーラの嘲笑的な言葉を、しかしバルデッリは意に介さない。
「…いいや、同じだよ」
彼はなおも、″粉″を吸引し続けながら、話続ける。
「みんな″異常″なんだよ。それを自覚しているか、していないか。その違いだけだ。
みんな、″自分だけが″正しいと思っている。他人がどうなろうと、知ったこっちゃないのさ…
親父が死んだ時もそうだった。
…それぞれの、″正しいと思うこと″がぶつかった。
俺は親父とは違う道を行くと決めた。
町を守るために、難民どもは殺さなくちゃならねえ。それが俺にとっての、″正しい″行いだ。
だが、それを続けるためには…心の正気を保つためには、クスリが必要だった。
…でも今は、クスリだけが必要なんだ。クスリのために生きる。それが、俺の末路。…町の人間だって同じさ。…笑いたきゃ、笑え」
「…言いたいことは、それだけ?」
キーラは、その赤い血で彩られた剣を、バルデッリに向ける。
「…どうせ、殺すんだろう?」
バルデッリはそう言うと、腰から銃を取り出す。キーラは即座に反応し、バルデッリに接近。バルデッリの胸に、剣が貫かれる。
「ぐっ……」
…しかし、バルデッリが銃を向けようとしていた相手は、キーラではなく自分自身だった。
キーラもそれを察したようで、バルデッリに至極″冷淡″な声をかける。
「あらぁ、ごめんなさいねぇ。自殺しようとしてたところ、邪魔しちゃって…」
バルデッリは、心臓からどくどくと出血しながら、顔はどんどん青ざめていき…やがて、呼吸が止まった。
キーラは、死んだバルデッリの顔を見つめ、やはり冷たく言い放つ。
「どうせ死ぬなら、最初からそうすれば良かったのに」
バルデッリの絶望を受け止めるものは、誰もいなかった。死ぬ時でさえも。
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