第15話 襲撃 



「…よう、久しぶりだな。町長。」


国境付近にある町。その地の警備隊長であるバルデッリは、町長のいる事務所に足を運んでいた。


「こんな時間にどうしたんです?警備隊長。」

「…町の人間を集めてほしい。ちょっとした ″仕事″があってな。」


バルデッリの頼みに…町長は意味深に、彼を見つめる。


「…殺し、ですか?」


「まあ、そんなとこだ。」


バルデッリの返答に、町長は深くため息をついた。


「…隊長。殺しならあんたらがやってください。危険な仕事は、あんたらの役目じゃないか。」


「…それがな、少々厄介そうなんだ。警備隊だけじゃ手に余る。なんせ″騎士団″を相手にするんだからな。」


「騎士団ですって?…まさか。この町で行っていることが、ばれたので?」


「それはわからん。だがこんな辺境の町に、騎士団がわざわざ出向いてきたのは、どう考えてもおかしい。この町の″違法稼業″を嗅ぎつけてきたのかもしれん。そしておそらく…もう既に、足がかりは掴まれている。」


バルデッリの言葉を受けて、町長は頭を抱えた。


「…なんてことだ。″違法薬物″のことがばれたら、この町も、我々も終わりだ…」


「…だから奴らを生かして返すわけにはいかないんだよ。…なあ、町長。俺たちは一連托

生だ。″薬″の売買で、この町はなんとか保ってるんだ。国境付近の、ろくな産業もないこの町で、俺たちが生きながらえる方法はこれしかないだろ…?


王室の連中も騎士団も、俺たちに何をしてくれた?

もううんざりなんだよ。国境を超えてくる難民どもを始末するのも。

何度殺しても同じことの繰り返し。頭がどうにかなっちまいそうだ。


…もしこの世に神がいるんなら、俺にとっての″神″は、これだよ。」


バルデッリはそう言うと、灰色の″粉″を取り出し、それを鼻から吸引した。


「っぷはっ!!はぁ、はぁ…

白湯に混ぜて飲むやつもいるがな…このヤクは、吸引すると直接頭に衝撃が走るのさ…!だがそのほうが、手っ取り早く快楽を得られる…!」


「隊長…大丈夫ですか…?顔色が悪いですよ…?」


「はぁ…今日はもう3回目だ…酒場に行く前と…兵舎の詰所で…

まあ、心配するな町長。商品として捌く分は、ちゃんと確保してあるからよ…

ほら、お前らの分もちゃんと用意してあるぜ」


バルデッリは別の″粉″の袋を取り出し、それを町長に渡す。


「凄い量ですね…これを全部、私にくれるのですか?」


「馬鹿言え。町の住民を集めろと言っただろ。そいつが報酬だ。…仲良く、分けろよ」


「ひっひ…ありがとうございます隊長。」

町長も、バルデッリと同じく鼻から粉を吸引した。


「なるほどこのやり方は!!確かに刺激的だ!」


薬を吸引した町長の顔はみるみる紅潮し、多幸感に包まれているかのようだった。


「やりすぎに気をつけろよ町長。ぶっ倒れても、骨は拾わねえからな。」




——————




「…では、メアリー。この町には″違法薬物″が蔓延していると?」


「…その可能性が高いです。町の人間を、何人か観察しましたが…震えや奇異的言動、視点の定まらない表情。そして、その人意外に誰もいないのに、ひたすら独り言を話し続ける様子など…いずれも気になる″症状″ばかりです。」


メアリー・ヒルは夜中に「調べたいことがある」と言って1人で出ていった後、数時間後に宿に戻って来た。不思議と彼女の衣服が「乱れて」いたような印象を、マーカスは感じたが。それと、涙を流した跡のような、目の腫れぼったさも…


「……メアリー、随分と目が腫れているが大丈夫か?」

「……大丈夫です、マーカス先生。それよりも、これを入手しました。」

やや強がった風にメアリーはそう言うと、ポケットから件の″灰色の粉″を取り出す。


「…それは?」


「…これは、″ガンビラの葉″を粉末状にしたものです。独特の灰色様。鼻にツンと来る臭い。そして、住民に見られた諸々の異常症状を引き起こす事象を考慮すれば、間違いありません。」


「ガンビラの葉とは…法で採取が禁じられている植物ではないか…」


「そうです。ガンビラの葉は、幻覚作用、興奮作用などをもたらす植物です。危険であるため、法で使用が禁じられているものなのですが…どうもこの町には、このガンビラの服用者が大勢いるようです…このガンビラを粉状にしたものも、町の住民から入手したんです。」


「…しかしメアリー、なぜわかったんだ?」

マーカスが尋ねる。


「この町に入った時から、違和感を感じていました。幻覚に左右されてるかのような、住民の奇妙な言動。


…決定的なものとしては、 ″臭い″です。


酒場にいた、あのバルデッリという警備隊長の男…

彼からは、強い″ガンビラ″の臭いがしました。…他の住民からも、それらしき臭いが。でも、あのバルデッリの″臭い″は普通じゃありません。おそらく、相当量ガンビラを使用している。」


メアリーは薬剤調合師であるため、各種の薬草について詳しい。そして、法で禁じられている″植物″や″薬草″についても精通しているのだ。


「…なるほどな。国境付近の町で、違法薬物が蔓延しているとは…この件は、司法院に報告しなければならないな…」


マーカス・ジョンストンは、町で起きている違法行為を見逃せまいと感じていた。しかしマーカスの発言を、キーラ・ハーヴィーがあっさり一蹴する。


「却下よ」


キーラの発言に、マーカスは怪訝な顔で彼女を見つめる。


「私たちの仕事はルークを首都まで移送することよぉ?この町で何が起きていようと、私たちには関係ない。どうでもいいことよぉ?」


「し、しかしだな、ハーヴィー副騎士団長。町の住民が違法薬物によって苦しめられている以上、それを放置するわけにもいかないと思うが…」

キーラを説得するように、マーカスが告げる。


「苦しんでるかどうかなんて、何であなたにわかるのぉ?」


キーラの問いに、マーカスは言葉を詰まらせる。

「そ、それは…」


「マーカスさぁん。町の人間が違法薬物を使っていようが、それはその人間の意思でやっていることでしょう?ならどうして、私たちが、その″自由意思″でやっていることに介入しなくっちゃならないのかしらぁ?」


「…それが、騎士団であるあなたの言葉とは、残念だ。違法行為を見逃していたら、社会は崩壊する。」


マーカスの嘆きに、グレンヴィルが言葉を返す。

「…マーカス殿、あなたの言うこともわかりますが、今我々は、任務を優先します。

…あなたの言うとおり、違法行為を放置していたら社会が崩壊する…それは最もです。


ですが、この町はもう崩壊してるのかもしれません。つまり、いろいろと″手遅れ″だということです。崩壊した末の、この結果なのです。おそらくは…」


「………」


マーカスには、いろいろと納得できないことがあるが、騎士団の意向には逆らえない。

これ以上キーラ・ハーヴィーに目をつけられたら、″今度こそ″本当に彼女に殺される。


「…メアリーちゃんの頑張りにも悪いけどねぇ、明日の朝にはこの町を発つからねぇ。」

「…わかりました、キーラさん。でも首都に着いた後は、この町の件を司法院に報告してもいいですか?」

せめてもの許可を。メアリーがキーラに請願する。


「それは別にかまわないよぉ。司法院の連中は気に入らないけどね…」

その点に関しては、キーラも許容してくれた…


とはいえ。


ルークにとっても、複雑な心境ではあった。メアリーやマーカスの正義感というか、その潔白さに対して、もう自分は″そっちの側″に行くことはできないんだという、諦念のような感情。


なぜならルークは、″法を逸脱″した者だから。


そして彼は、そんな自分をあくまで愛してくれるメアリーやマーカス——といった人々に対して、若干の負い目も感じる。


(僕は、償いをしなくてもいいんだろうか…)


いや、今はそんなことを考えるべきじゃない。自分の力の″秘密″を知ることが、今は大事だ。同じ過ちを繰り返さないために。ルークは自分にそう言い聞かせた。



時間は深夜。朝の出発に備えて休息を取る一向。ルークとメアリー、そして″魔道士″のサダムは、深い眠りについていたが、他のメンバーは覚醒していた。


ビアンカ・ラスカーは、この町のことも含め— 今日国境地帯で自らが目にした現実について、自分なりに情報を整理していた。


「…グレンヴィル団長。やはり国境地帯はかなり不安定なのですね。以前捕まえたオットー・クルーガーも、国境付近を根城にして、難民の子ども達を人身売買にかけていました。…それだけじゃない。この町では違法な薬物が流通していると…」


「…私も全て把握しきれてはいませんが、それほどまでに東部国境付近は無法地帯になっているということですね…これを、是正しなければならないのはたしかです。」


グレンヴィルの呟きに、くすくすと笑いながらキーラは反応する。


「でーもそれが出来ないんでしょう?大神院は、シャーロット王女の言うことをいっつも承認しないから」


キーラは軽薄な口調でそう言うが、声の調子には、大神院に対する明らかな敵意というか、嫌悪が滲み出ていた。



騎士団の3人とラスカーだけでなく、マーカス・ジョンストンも、深夜だというのに、眠りについていなかった。


「…マーカス殿、眠らないのですか?休めるうちに休んどいたほうがいい。」

グレンヴィルが、眠りにつかないマーカスを気遣う。


「…ありがとうございます、グレンヴィル団長。しかし、どうも目が冴えてしまって。なかなか寝付けないのです。…慣れない環境で、なんだかそわそわすると言いますか…」


「…その気持ちはわかります。」


「しかし…あなたがた騎士団も、昨日から全く寝ていないように見受けられます。あなた達こそ休んだほうがいいのでは?」


「…私たちが寝ちゃったら、突然襲撃された時どうするのぉ?」


キーラが間に入る。


「私たちはあなたと違って軟弱じゃないもの。1時間でも寝たら大丈夫よぉ。ねぇ、ジェイコブ。」


キーラは、なおも帽子を深く被って、その表情が伺い知れない無口の男 —— ジェイコブ・ウッズに話しかけるが、やはり返答はない。


「ああ、勘違いしないでねぇ。一応彼、喋れるから。ただ単に無愛想なだけ」


フォローしてるのかけなしてるのかわからないキーラの発言に、ジェイコブが僅かに微笑していたのを、マーカスは目にした。


マーカスは、常に警戒を解かない騎士団のメンバーに、諭すように言う。

「でも、ここは宿ですよ?部屋には鍵がかかっているし、何かあったら、階下にいる宿の管理人が知らせてくれますよ。それに、一体誰が我々を襲撃——」


マーカスが言いかけている時、突然部屋の扉がノックされた。


(コン、コン)



「…はい、今開けます」


「マーカス」


扉の鍵を解除しようとしたマーカスを、キーラが制止する。



「扉は、開けちゃダメ。扉越しに用件を聞いて。」


「あ、ああ… はい、どなたですか?」


マーカスは鍵を解除せず、扉の向こう側にいる人物に声をかける。


「宿の管理人の者です。…ちょっと、暖かいココアでも用意しましたんで。どうぞ受け取りください」


「…なぜこんな深夜に来る必要があるのか、聞いて」


キーラがマーカスに指示する。


「あ、ああ。あの、管理人さん。なぜこんな時間に?もう深夜でみんな寝静まっている時間ですよ?」



「…まあ、そう言わずに。ココアを受け取るだけでいいんです。」


管理人は引き下がらない。



「…管理人に、1人か?って聞いて。」



「…管理人さん、あなた今、1人ですか?」




「なんでそんなこと聞くんです?」



「…なんでって…」



マーカスは返答に窮していると、扉の向こうから舌打ちするような音が聞こえた。そして次の瞬間——



「———っ!?」


扉の向こうにいた人物が、突然銃を発砲してきた。銃弾は扉を貫通し、マーカスの左腕に命中する。銃声を聞いたルーク、メアリー、サダムは仰天して跳び起きた。


「ぐわぁっ!!」


腕を撃たれたマーカスは苦痛の声をあげ、床にのたうちまわる。



「…まずい。みんな、伏せろ!!」


グレンヴィルが叫んだ瞬間、部屋の窓が一斉に割れ、室内に銃弾の雨が降る。建物の外からの銃撃だ。

外部からの激しい銃弾の嵐に、ルークやメアリー達も姿勢を低くして、射線から逃れる。



(コン、コン)


建物外からの銃撃が行われて間髪入れず、再度部屋の扉がノックされる。


「…手荒な真似はしたくない。大人しく扉を開けてもらおう。従ってくれれば、命までは取らない」



「ジェイコブ、外の状況を確認して」

キーラが、ジェイコブ・ウッズに指示する。

ジェイコブは第二の一斉射撃に注意しながら、射線に立たないよう、窓縁から外の様子をうかがう。


「…向かいの建物に銃手が3人。地上にも銃手が15人いて、次の射撃に備えているな。」

ルーク達は、ジェイコブが言葉を話しているのを初めて見たが、彼はひどく冷静に、敵兵の位置を即座に把握していた。


「…そう。じゃあ私は、地上のやつらを片付ける。ジェイコブ、あなたは向かいの建物にいる銃手を無力化して。グレンヴィルは部屋の外にいる連中を片付けて。サダム。マーカスが負傷してるから、彼に手を貸して。」


キーラの指示はひどくあっさりしていた。そんな簡単に言うが、キーラ1人で建物外にいる兵士全員を、どうやって片付けるつもりなのか。


(コン、コン)

再度扉がノックされる。


「これ以上、こちらも待てない。今から3つ数える。その間に、扉を開けろ。でなければお前たちは、死ぬことになる。」


マーカスは腕を撃たれ、床に倒れ込みなおも痛みで悶えている。


「3、2——」


扉の向こう側にいる人物が、カウントを始めた。おそらく扉の向こうでは、複数人の兵が武器を携え待ち構えているだろう。



「じゃあ、後で会いましょう」


キーラはそう言うと、2階の部屋窓から地上に飛び立った。


「1——」


扉のとってが銃で破壊され、剣を持った兵士たちが部屋の中に押しかけて来た。


「サダム、でかいのを頼む」

「了解」


グレンヴィルに言われたサダムは、両手を合わせて巨大な炎の塊を発生させる。サダムの体以上はあるであろう、その巨大な炎の塊は、突如″弾け″て爆発。目の前で炎の爆発が起きた兵士たちは、仰天して後退する。


「よし、チャンスだ」

グレンヴィルは剣を抜き、傍に伏せていたルークとメアリーに声をかける。


「立ちなさい。私が突破口を開く。」





キーラ・ハーヴィーは2階の部屋から地上に降り立つ。下で銃を構えていた兵士たちにとっては、完全に予想外だった。一斉射撃で、騎士団たちを部屋の中におしとどめるつもりが、まさか″直接″飛び降りてくるとは。


キーラは両手で、携えていた2本の剣を抜く。

彼女の武器…それは″双剣″。


キーラは一瞬で兵士たちと距離を詰め、その2本の剣で2人の兵士の″首″をいとも簡単に切断する。その速さは、まさに″瞬きの間″だった。


兵士たち3人が、眼前にいたキーラに射撃しようとする。しかし彼女の反応速度はあまりに早く、その流れるような剣捌きで、またあっという間に3人の首が″飛んだ″。


(あと、10人)


わずか3秒足らずで、5人やられた。兵士たちはパニックに陥る。


「撃て!撃て!!」


兵士達が一斉に射撃するが、キーラは姿勢を低くし、地面を滑るように軽やかな動きで、射撃を躱す。そして兵士たちの懐の内側に入り込み、自身の体を回転させ双剣を振るう。また3人と——キーラの斬撃が兵士の胴体を真っ二つにした。


(ちょっと待て、冗談じゃねえぞ…!)


″騎士団″の人間が、優れた戦闘能力を持っていることを兵士たちは知っていて、ある程度警戒もしていたが……ここまでの実力差は、完全に予想の範疇を超えていた。


思考する間もなく、キーラの攻勢が迫る。彼女の流れるようなステップと剣捌きで、1人、また1人と兵士たちが殺られていく。


(あと、5人)


もはや勝ち目はないと悟り、戦意喪失した2人の兵士が逃げ出す。


(2人逃げた…じゃ、あと3人か)


キーラは高く跳躍して、兵士たちの銃撃を躱す。そして彼らの背後に降り立ち、また体を回転させ剣を振るった。3つあった兵士たちの体は、キーラの斬撃によって″6つ″の体となる。



「うーん…意外と早く終わっちゃたなぁ」


つまらなさそうに、キーラは呟いた。

地面に転がる兵士達の胴体や首、″鮮やかな赤模様″。それは戦闘、というよりもはや″殺戮″と呼ぶべきものだったが、エストリア騎士団の副団長を相手にするには、警備隊ではあまりに酷だった。





ジェイコブ・ウッズ騎士団長は、射撃の名手だ。

向かいの建物の屋根から、宿の部屋を狙っていた3人の銃手兵たちは、ジェイコブの正確無比な射撃によって、ほとんど反撃する隙も与えられなかった。


「どうなってんだ…この距離から…たった2発で2人やられたぞ!一体どんな目してやがる…!?」


味方2人をジェイコブに射殺され残った1人の兵士は、彼の射線に入らないように、屋根にある障害物の後ろに身を隠していた。


「こんな仕事はわりにあわねえ…だから騎士団なんか相手にしたく——」


兵士は向こうの様子をうかがおうと、障害物から一瞬頭を出した—それが命取りだった。その一瞬をジェイコブが見逃すわけはなかった。


頭を銃弾で貫かれ、兵士は一瞬で絶命する。




グレンヴィルは、部屋に侵入してきた兵士たちを相手に、防戦する。グレンヴィルの剣技は、派手さはないが非常にきめ細かった。


彼は敵兵の剣を一度受け止め、その力を受け流して、敵兵の体勢バランスを崩す。体のバランスを崩された兵士は、次の瞬間にグレンヴィルの斬撃をその体に受ける。キーラほどのスピードはないが、敵の攻撃を防御し丁寧に受け流していくグレンヴィルの戦闘スタイルは、″敵の攻撃を防ぎつつ、敵に隙が出来た際、そこを攻撃する″という、まさに「防御特化型」と言えるような戦闘スタイル。


戦い方は地味だが、敵にとっては、グレンヴィルの防御戦法は″鉄壁″そのもので、そこにつけ入る隙を、見出せなかった。


「立てますか、マーカスさん。」

「…すまない。」

魔道士のサダムは、左腕を撃たれたマーカスに肩を貸す。幸い急所は逸れていた。


「ルーク!大丈夫!?」

メアリーが、ルークに声をかける。

「大丈夫です!…メアリーさん、危ない!」


ルークが叫ぶ。メアリーの背後から敵兵士が剣を振り上げていた。しかしビアンカ・ラスカーが反応し、雷術の魔法で右手から電撃を発生させる。頭部に強烈な「電気ショック」を浴びた兵士は気絶した。


ラスカーは息もつかさぬ速さで次の行動に移る。兵士2人がラスカー達目掛けて銃撃した。ラスカーは″水の壁″を発生させると、敵兵の発砲した銃弾は、その水の壁に防がれ無力化された。あと半歩遅ければ、ルーク達は射殺されていただろう。


「まかせろ」


ジェイコブが、その迅速な銃捌きで敵の銃手2人に反撃の隙を与えず、射殺した。


「…ありがとうございます、ウッズ騎士団長。」

「礼はいい。今はここを脱出するのが先決だ。ラスカー、その2人の護衛を頼めるか?私とグレンヴィルが、敵を始末する。」


ジェイコブは、平時では″無口な男″だが、戦闘時にはえらく″饒舌な男″に豹変していた。

だが″ロータス騎士団″の団長だけあって、その実力は確かだ。


「ルーク、メアリー。私に付いて。あなた達を守るわ」

ラスカーもまた、騎士団のメンバーに引けを取らないほど、″戦い慣れ″してるかのような冷静沈着っぷりだ。


ルークも加勢はしたかったが、(また魔法が暴走したらどうしよう)という懸念が、ルークの行動にストッパーをかけていた。前提として、彼は″黒き魔法″による力の暴走意外で、魔法で人を傷つけたことはない。


ましてや「魔法抑止法」で戦闘用の魔法が禁じられたこの時代において、″戦闘で魔法を使う″という状況に接する魔法使いなど数少ないのだ。だからそもそも、数多の魔法使いが″戦い慣れ″していないのは、当然と言えば当然なのだが。


グレンヴィルは兵士達の攻撃を防ぎつつ反撃。1人、また1人と確実に仕留めていく。ジェイコブもまた目にも止まらぬ″早撃ち″で敵を無力化。兵士達は総崩れとなった。


勝ち目がないと見た兵士達は、一旦後退し階下まで逃亡する。


グレンヴィル達は、負傷したマーカスも連れて1階のホールまで降りる。

正面玄関には、先程逃げた兵士も含めて十数名ほどの兵士達の死体が横たわっていた。そこには、キーラ・ハーヴィーが立っている。


「キーラ様…」


「あなた達、遅いわよぉ。遅すぎて、こいつら全員始末したわ。」


「…はは。全く、仕事の早い…」


グレンヴィルもジェイコブも相当な手練れだが、キーラは格が違っていた。キーラの双剣によって、見るも無惨な形に体が分かれている兵士達の姿を見て、魔道士のサダムは若干同情した。兵士達に。


「さて、とっとと町を出たいとこだけど…どうやら簡単に、行かせてはくれないみたいね。」


宿の外に出ると、そこには大勢の人間が武器を構えていた。兵士ではなく、町の住民たちだ。


「私たちと戦うために、町の人間まで駆り出してきてるわけねぇ。…こういうの、総力戦っていうのよぉ。」


キーラは余裕の表情を見せていたが、グレンヴィルには迷いがあった。


「キーラ様、彼らは戦闘員ではありません。民間人です。ここは極力、彼らとは戦わないように…」


「グレンヴィル。武器を持って戦う意思があったら、誰だって″戦闘員″よ?民間人かどうかなんて関係ないわ。私達の邪魔をする者は、誰であろうと排除する」


「しかし…」


グレンヴィルは自らの矜持として、民間人に剣を向けることに躊躇があった。躊躇いがあるからと言って、それを何がなんでも押し倒すほどの頑固者でもないが。彼らが本気で我々の邪魔をするなら、その障害は当然ながら、取り除かなくてはならない。


「…ここまでするほど、彼らは我々をこの町から出したくはないみたいだ。」


首都までのルークの移送任務。その道中こんな事態になるとは、全くの想定外。グレンヴィルは、おそらくその一番の原因たる、薬剤調合師の女性に目をやる。


(知りすぎる、というのはやはり…余計なトラブルを抱え込むものですね)


メアリーが、この町で起きている違法薬物の存在に気づくことがなければ、我々は何事もなくこの町を出発できるはずだった。今更どうしようもないことではあるが。


「じゃ、私が先陣を切るから。援護してね、ジェイコブ。」


キーラはそう言うと、住民たちのほうへ真っ直ぐに走り向かっていった。


(あと何十人死体が増えることやら…)


グレンヴィルは、キーラの心配ではなく町の人間たちに同情していた。人間、時には武器を捨てて降参することも必要なのだと、彼らに教えたかったが、時すでに遅し。


血の海が、また一つ増えていた。



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