第4話 制御

まだ日も上がらない早朝——


今日もジョージは、「仕事」に行くようだ。誰にも知られないように、隠しとおしている仕事に。


ルークは眠りに就かず、覚醒していた。それは、ジョージの跡をつけるため。

ジョージは前日と同じく、置き手紙を書いた後に、外着に着替える。彼は持参用と思われる肩掛けバッグに、パンやら水やら詰めている。やはり遠出するつもりなのか。今日も夜まで帰ってこないつもりなのか。


ルークは、眠っているふりをしながら、ジョージの様子をこっそり薄目に見つめていた。そしてジョージは一通り準備を整えた後、外へと出る。


ジョージが外へ出たのを確認した瞬間、ルークは起き上がってすぐさま服を着替える。そして、ジョージに気づかれないように、家の外へと出る。自分は今、尾行をしようとしているのだ。何も知らないスヴェンはまだ眠っているが、ルークは彼を連れて行くつもりはなかった。こんなのは普通じゃないから。そう、普通じゃない。自分たちに良くしてくれた人の、跡をつけるなんて。


じゃあなぜこんなことをするのか。何がルークを突き動かすのか。


きっと、確かめたかったのかもしれない。ジョージさんの秘密の仕事は、決してやましいものではないのだと。それを一目確認するだけでいい。


…でももしそれが、(普通じゃない)ことだったら?それは是正させなければならない。


おそらくルークは、この漠然とした不安感は的中するのだと、心のどこかで思っているのかもしれない。だから、ジョージの秘密を探るのだ。ジョージが間違いを犯しているならば、それを止めなければならないから。

彼の悪い予感は当たる。だから、立ち止まるわけにはいかないのだと。



ジョージは村外れの街道をずっと歩き続ける。ルークは距離を離してその後を追う。幸いまだ日の出前なので、周囲は闇に包まれている。それが彼の尾行を容易にさせた。


およそ2時間ほどは歩いただろう。村からは完全に外れている。ジョージは森の中へと入っていった。ルークは気づかれないように、森林道で舗装されていない木々の間を縫って、尾行を続ける。幸いジョージはこちらに気付いていないが、しばらくすると、彼が歩く道の先に、一つの影が見えた。


(あれは…?)


それは、巨大な積荷を積んだ馬車だった。馬車の前には一人の男が立っている。男はジョージに話しかけた。


「お前かジョージ・ハース。今日も積荷の移送を頼むぜ」


「場所は?」


「スターゲン。いつもの倉庫さ。そこからは違う人間が引き継ぐ。この仕事はお前じゃなきゃ無理だからな。ここから検問所を経由しないルートといえば、この森を通っていくしかない。この悪路を走破できるのは、お前じゃなきゃ無理だ。」


「わかった。ではただ今から、この馬車を引き継ぐ。」


「頼んだぜ」

そう言うと男は去っていく。


積荷?ではこれは運送の仕事?

でも、検問所を経由しないようにってことは…やはり、見つかってはいけない積荷を運んでいる…


ルークの悪い予感は的中した。

ジョージさんは、おそらく違法行為に手を染めている。


ジョージは馬車に乗り、馬を走らせようとした。


どうする?…どうすれば!?


いや、迷っている暇はない。

ルークは馬車に近づき、積荷が積まれている後部のスペースに乗り込んだ。フックに手をかけて、馬車の揺れに振り落とされないようにする。


休憩もなしに、馬車は5時間ほどを走り続けただろうか。馬車に揺らされ、冷や汗をかきながら、時に吐き気を催すような疲労感に襲われるルーク。しかしここまでやったのならもう、確かめなければならない。この積荷の中身は何なのか?可能な限り、犯罪の証拠を持ち帰らなければならない。



森の悪路を抜け、岩山を抜け、そしてたどり着いたのは、人気のまるでない岩場。そこには、その場に不釣り合いな外観の巨大な倉庫らしき建物があった。


馬車は倉庫の中に入っていく。どうやらここが目的地のようだ。馬車が止まり、ルークは積荷の引き下ろし作業が始まるかもしれないので、馬車から離れて、倉庫内にあった木箱の影に身を潜める。


ジョージはというと、さっそく馬車から降りて積荷を引き下ろしていった。一体あの箱の中には何が?


「ようジョージ君、景気はどうだい?」


倉庫の奥から、少し小太りの背の低い男が現れる。その体格には不釣り合いな、高価な服を身に纏っていた。


「ジョージ君、商品を運ぶのは私の部下にやらせるから、君は休んでいたまえ!さ、タバコでもどうぞ」


男はそう言うと、数人の部下たちに積荷の移送をさせる。


「もうかれこれ24時間経ったかな…そろそろ、商品たちに水分補給させないとな。死んでしまっては困る」


水分補給?積荷の中には生き物が入っている?

小太り男は、部下に命じて積荷の箱を開けさせる。

箱から出てきたのは……


人間の子ども…!?


「ボス、このガキども全然水を飲みやしません…目も虚ろで、動けないようですぜ」


「薬を打たれて衰弱してるからな…無理矢理飲ませろ。」


部下たちはそう言われ、子ども達に水を飲ませるが、むせこんでうまく飲めないようだった。


「このガキ!水もまともに飲めねぇのか!」


「だから言っただろう、薬を打たれてるから、飲み込む力も弱い。コツがあるのさ、貸してみろ。ほらこうやって…

水を口に入れた後、鼻と口をつまむんだ。そうすりゃ息が出来なくなって苦しいから、こいつらは水を飲み込む。ほら簡単だろ?」


小太り男は手本を示すかのように、子ども達に″無理やり″水を飲ませていた…


「ボス、来てください!こっちの金髪のガキ、もう衰弱死してます。どうしますか?」


「死体は川に捨てなさい。あと、髪の毛は剥ぎ取るように。金髪は高い値がつく。」


ルークはその様子を見ていたが、何もできずに恐怖で震えていた。


これは、子どもの人身売買なのか…!?

ジョージさんは、この子ども達の売買行為に手を貸していた…?


「商品」と呼ばれる子ども達は、薬を打たれて弱っているらしい。年齢の幅は様々で、15歳ぐらいの体格の子もいれば、下は5歳ぐらいと重しき子どももいる。


想像を超えた光景に、ルークの頭の中は混乱状態に陥る。そして子ども達の「運び屋」の仕事を担ったジョージは、小太り男たちの「作業」には意も介さずに、椅子に座ってタバコをふかしていた。


「なあ、クルーガーさん」


ジョージが口を開く。小太り男の名前はクルーガーというらしい。


「この子ども達は一体、この後どこに連れていかれるんた?」


「それぞれの″需要″に応じた人々のところに送られるのさ。労働力が欲しい顧客には、体の強い子どもを。卑猥な目的に使いたい顧客には…まあ、想像にお任せするよ。」


「気色悪い……この国は一体いつからこんな腐っちまったんだ?」


「ジョージ君、君はその″気色悪い″私たちの仕事の片棒を担いでいるんだよ?

自分だけが無関係を装うのは違うんじゃないか?


君と我々は同じだ。


金のために、醜い仕事をしているのだ。


それになジョージ君、この国はもともと腐っているのさ。

この子ども達だって、元々は東部国境から侵入してきた難民の子達だ。


そんな子ども達が、違法ブローカーの手にかかり、商品として金持ちの手に渡る。

国境警備隊なんてもはや機能不全に陥っている。」


クルーガーの言葉に、ジョージは自嘲気味に笑う。


「王室や、あの高飛車な″騎士団″共もそうだ。やつらが無能だから、この国の治安はどんどん悪い方向に向かっている。

まあ″騎士団″はいまや、都市部とその周辺の治安維持に手一杯で、こんな田舎にまではやってこない。おかげで我々の商売もしやすいというものだよ、ジョージ君」


「魔法使いは?」


ジョージが口を開く。


「この国がおかしくなっているのは、魔法使いにも原因があるんじゃないのか?」


「ジョージ君、私は政治屋じゃない。50年前の内戦の後、なぜ魔法使いが増えたのかとか、そんなことはお上の人間にしかわからんことだ。まあ私個人的には、魔法はいろいろと便利だと思うがね。

…さあ、これは君の報酬だ。金を受け取りたまえ」


ルークは考えていた。ジョージさんがこのような仕事に手を染めていたショックは大きかったが、それよりも今どうすべきかを考えなければならない。


あの売人どもを捕らえる?


どうやって?


魔法を使えば、無力化はできるかもしれない。そう、魔法を使えば…


しかし、ルークは躊躇していた。

この国の「魔法抑止法」では、魔法を人を傷つけるために使用してはならない。


ただし例外がある。


「公共の治安を維持する」場合と、「正当防衛」の場合だ。

ならばこの状況下では、魔法を使っても問題はないはず。


しかし重要なのはそこではない。


魔法を使えるのは、いかなる場合にあっても「魔道士」の称号を持っている者のみ。この称号を持たない者は、いかなる場合でも魔法を使えない。


使えば、それは「違法」になる。


「魔道士」とは、魔法を「制御」できる者の証。つまりこの資格を持たない者は、魔法を使えばその力を暴走させてしまう危険がある。だから、いかなる場合であっても力を使ってはいけないことになっているのだ。


(どうして…!)


目の前に犯罪行為が行われるているのに、それを止めることができない。


(このままじゃ…!!)


魔法を使えば彼らを無力化することができる。その自信もあった。でも出来ない。

してはならないから。


クルーガー達売人は、子ども達を新たな荷に詰めて、複数の馬車でその場を離れていく。


(子ども達が連れていかれる…!)


止めないと。彼に出来る選択肢は一つだった。とにかく治安維持部隊にこの犯罪の事実を伝えることだが、それでは間に合わない。彼らの足跡を見失ってしまう。


(どうすれば…)


「おい!お前何してやがる!」

「あっ…!」


ルークはジョージに見つかってしまった。


「お前……ルークか?なぜここに…!?」


「ジョージさん……」



少年は、″試練″と対峙する。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る