第2話 フランドワース

レンバルト魔法学校は、広大な自然に囲まれたフランドワース地方に建てられている。

自然に囲まれた、などと言うと聞こえはいいが、要は田舎だ。学園から少し離れたところには小さな村が存在している。魔法学校の生徒は基本的に寮生活だが、時折りボランティア活動の一環として、村の労働手伝いをしたりする。


「みなさん!今日は学園が行う奉仕活動の一環として、村の労働の手伝いをしてもらいます。卒業を控えた生徒もそうでない生徒もいると思いますが、この行事はレンバルト魔法学校と村の信頼関係構築に大きな役割を果たしている、大事な活動です。」


意気良く生徒たちに説明するのは、ルークの担任教師でもあるビアンカ・ラスカー。身長は170を優に超える、スラッとした体躯の女性。肩まで届く程度の黒髪は、ポニーテールに纏められている。


「まだ学生であるあなた達は、(魔道士)の称号を持っていません。故に魔法を使うことは法律違反になります。しかしこの村の奉仕活動を行う上においては、魔法学校教員の監督下でなら、魔法を使うことを(司法院)から許可されています。」


エストリア王国には魔法抑止法という法律があり、魔法使いは、魔法の行使においてこの法から逸脱してはいけない。この法文によると、「魔道士」の称号を得ていない魔法使いが魔法を使うことは違法だ。そして司法院とは、この国における法の番人。


「いいですか?くれぐれも、(村の労働)以外では魔法を使っちゃいけませんよ!違反した者は、最悪の場合退学… いえ、良くて退学、でしょうね。」


ラスカー先生の言葉は、脅しではないだろう。50年前、人間と魔法使いによる内戦の起きたこの国では、魔法の扱いに人々は敏感だ。″一部の理由″を除いて、基本的に魔法で人を傷つけてはいけないことになっている。法に違反すれば、裁判にかけられる。


「ではみなさん、仕事にかかってください!」






「俺は運送屋をやってるジョージだ。君が俺の仕事を手伝ってくれる、魔道士見習いさんかい?」

ルークとスヴェンは、村で運送業を営んでいるジョージさんの仕事を手伝うことになった。


「よろしくお願いします!」


「はは、元気があっていいねぇ。でも正直言って、最近は不況で仕事もなくってねぇ。君らに手伝ってもらう用事もないんだなこれが…」

ジョージさんは、温和な笑顔が似合う中年男性。


「学校の行事だからね。村の一員として君らに協力しなきゃとは思ってるんだが、こうも仕事がないとどうもね…せっかくだから、ちょっと村の案内でもするよ。」


そう言ってジョージは、ルークとスヴェンを連れて村を案内する。


「見てのとおり、ここは田舎だ。犯罪もないし人も純粋。何もないけど、良いところさ。最近はここに居を構える魔法使いも多いんだよ。」


「魔法使いも結構住んでるんですね…」

ルークはそう言うとあたりを見回す。確かに、村には魔法使いと思しき人々が散見される。″水″の魔法で畑に水やりをしている人、″使い魔″に木材を運ばせている人。


「あの人たちも、ここの住人なんですか?」

ルークがジョージに聞く。


「そうだよ。彼らが使う″魔法″は、村の労働におおいに役立っている。ほら、あれを見てみろ」

ジョージさんが指差す方向には、大きな荷物の束を足にくくりつけて、空を飛んでいる巨大な鳥がいた。

「あの巨大な鳥はな、魔法使いの使い魔さ。荷物を運んでいるんだ。だからわかるだろ?俺の商売あがったりな理由。荷物を空輸できればすぐに目的地に辿りつく。」


「たしかに。″使い魔″がいれば、人間の労働を代わりにやってくれる。ジョージさんも仕事のライバルが増えたってわけですね。」

スヴェンがそう言うと、ジョージは高らかに笑う。

「はっはっは!でも魔法使いがいてくれるおかげで、この村も大助かりさ。だから君らも、″魔道士″の称号を得たら早く、その魔法の力を人々の役に立てるんだよ!」



「ああジョージさん、お元気ですか。最近あまり見なかったから。その子達が魔法学校の生徒さんね。こんにちは学生さん達、私も魔法使いなのよ。」

初老の女性が話しかけてくる。ルークとスヴェンは女性と握手し応じる。


「ああどうもお久しぶりですカトリーヌさん!今日はこの子たちに、村の案内をしてるんですよ。カトリーヌさんも、お体に気をつけて、仕事頑張ってください!あまり無理しちゃ、また息子さんが心配しますよ?」



ルークとスヴェンは少し嬉しかった。ともに18歳である彼らは、まだ世間というものをあまり知らない。この国で魔法使いが国民からどういう目で見られているかの、実感が十分に掴めていない。魔法使いとして生きていくうえで、障害はないだろうか?非難はないだろうか?そういう不安は少なからずあったはずだ。だからこそ、実際の目を通して人間と魔法使いが″共存″出来ている村の存在を確認できたことは、一つの安堵感を彼らに与えた。


「50年前の内戦のことをとやかく言う連中も、まだいるかもしれない。でもな、もう時代は変わったんだ。魔法使いだって同じ人間なんだから、いがみ合っていても仕方ない。魔法使いと俺たちはこの村でともに生きている。こういう場所はいくらでもあるさ。


特に都市部なんて、魔法使いで出世してるやつなんざわんさかいるぞ?

だから君らも、卒業後は都市部で働くのもいいかもしれんな。特に首都アルベールはリベラルなところで、あそこは人口の2割が魔法使いなんだとか。」


ジョージは話を続けながら、ルークとスヴェンを自分の家に招く。

「今日は村の案内をしただけだったな。でも学校の先生にはちゃんと言っとくよ。君らは俺の仕事をよく手伝ってくれました、ってな。さあ、座っててくれ。いまメシをつくるからさ。」

「すいません、何から何まで。」


ジョージさんはとても良い人だ。何か手伝わないと…

ルークはそう言ってジョージに何か手伝えることはないか彼に尋ねるが、

「君らは客人なんだから、ゆっくりしててくれ。俺も今日は村を案内できて楽しかったんだ。君らも疲れたことだろうし。」


「ありがとうございます…でも、なんか安心しました。昔は争いがあったと言え、今は違うんですものね。こうやって魔法使いと人間が仲良くできている村もあるんだって…」


「仲良く… そうだな…


魔法使いと村の人間はうまくやってるよ。君たちもこの村をお手本に、種族関係なしにうまくやっていくんだよ。」


ルークとスヴェンは、ジョージの言葉をしっかりと胸に留める。しかしこの時はまだ知る由もなかった。自らが直面することになる恐怖を。その命を懸けた「選択」を。






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