始まりは違っても

チカチカ

1話完結

君はどうして彼女を好きになったの、と聞かれたら、僕の答えは決まっている。

「あの日の彼女の横顔が忘れられないから」

彼女--横山みずほは、クラスの中では「普通」の子。

ごく普通に明るくて、ごく普通に楽しくて、休み時間にはごく普通に女の子のグループで集まって、ワイワイキャッキャとはしゃいでいる、そんな女の子。

容姿も普通。成績も普通。

何をもって「普通」なのか、と言われれば困るけれど、普通は普通だとしか言いようがない。良くも悪くも、特別目立つ何かがあるわけではなく、「横山みずほの印象は?」と聞かれれば、「フツーの子」とほとんどのやつがそう答えるんじゃないかと思う。

もちろん、僕にとっても、みずほはそんな印象だった。


けれど、あのとき、あの瞬間。

僕はみずほに心を奪われてしまったのだ。


それは、次の授業への教室移動のときだった。

階段から降りてきた僕の前を、みずほを含む数人の、クラスの女子グループが歩いていた。

相変わらず何が楽しいんだか、女子たちはワイワイキャッキャとはしゃいでいるなあ、と思いながら僕が歩いていると、急にみずほが立ち止まって、廊下の窓を見つめていた。

どうしたんだろう、僕がそう思っていると、一緒にいた女子たちもそう思ったんだろう。

「みずほ、どうしたの?」

と話し掛ける他の女子に向かって、みずほは、

「なんでもない。先に行ってて。」

と、窓の方を見ながら、答えた。

なんだろう?と僕は気になってみずほを追い越しざまに、何気なく窓の外を見ると、校庭では、A組の男子がサッカーをしていた。

そして、ついさっき、ゴールを決めたんであろう、一人の男子が、同じクラス?の一人の女子の頭を撫でて親しげに話していた。

あいつは確か、A 組の田中とか言ったっけ。

結構、顔が良くて、入学早々にクラスに彼女を作った、って男子の間で噂になっていた気がする。なるほど、あの頭を撫でている子が彼女ってわけか、へー、可愛いじゃん、うらやましいな。

なんて思いながら、ふと、みずほの方を見ると--

みずほの目に、涙が浮かんでいた。

そして、切なそうに目を細めながら、窓の外をじっと見つめていた。

!?

僕は一瞬、ぎょっとした。

なんで、なんで泣いているんだ!?

けれど、同時に僕は気付いた。

目を細め、切なそうにしているみずほの横顔が、いつもと違って真剣で、とても綺麗だってことに。

ああ。

みずほはきっと、田中のことが好きなんだ。田中が彼女といちゃついているのを目の当たりにして、思わず涙ぐんでしまうほどに。

いつも明るくてキャッキャしてはしゃいでいるところしか知らなかったけれど、こんな切なそうな顔もするんだ。

僕は何だか、胸がぎゅっと締め付けられて、苦しくなった。


その瞬間、僕はみずほに恋をしていた。


それから、僕は、みずほから目が離せなくなってしまった。

相変わらず、教室の中では他の女子たちとはしゃいでいるみずほ。

けれど、心の中では、田中への切ない想いを秘めて耐えているんだ。

なんて、健気なんだろう。

そういえば、休憩時間に、みずほはつらそうに目を細めて、窓をじっと見ていることがある。

僕たちの教室からは校庭が見えるけれど、廊下側の席の僕からは見えないけれど、きっとみずほはあの日のように、田中がサッカーをやっている姿を見つめているんだろう。

僕がみずほを見つめているように。


ああ。僕がみずほを支えてあげられたら。僕を想ってくれなくったっていいんだ。田中のことを好きだっていい。

みずほにはいつだって笑っていてほしい。みずほのつらい気持ちを、ほんの少しだけでも楽にしてあげられたら--

僕は、日に日にみずほへの想いを募らせていった。


そして、ある日の放課後、僕はとうとう、自分の想いをみずほに打ち明けた。

といっても、緊張のあまり、しどろもどろで、多分、顔は真っ赤かで、思っていることの半分も上手く言えなかったけれど、

「その、よかったら、僕と付き合ってくれませんか」

だけは何とか言うことができた。

みずほはとてもびっくりした顔をして、目を見開いて僕を見つめていた。

しばらく、二人とも黙ってしまって、僕は、ああ言うんじゃなかった、みずほを困らせてしまったんだろうか、そりゃそうだ、みずほには田中っていう想い人がいるんだから--と、自分の浅はかさを呪った。

けれど、みずほは、こう答えてくれたんだ。

「私で、いいの?」

そ、それはつまり、OKってことなんだろうか?

「も、もちろん。横山じゃなきゃだめなんだ!」

と我ながら完全に舞い上がってしまっていたが、そんな僕に対して、みずほはクスッと笑いながら、

「よろしくね」

と言ってくれた。

ああ、信じられない。夢じゃないのか・・・・・・。



と、まあ、ここまでが一年前の話だ。

その後、付き合い始めて僕は知ることになる。

みずほは目が悪くてコンタクトレンズを使っているが、しょっちゅうずれること。

ずれるととっても痛いこと。

その度に窓に写った自分の姿を鏡代わりにして、目を細めてずれたコンタクトレンズを元の位置に戻していること。

みずほはA組の田中のことなんて、知らなかったってこと。

僕の口から田中のことはもういいの?と聞いて、

「へ!?」

とすっとんきょうな声を上げたみずほを見て、僕は自分の盛大な勘違いに気付いた。


けれど、そのときにはもう、僕は他のことも知っていた。

みずほは歴史が、特に飛鳥奈良時代が好きで、万葉集の歌に詳しくて、目をきらきら輝かせて(コンタクトレンズのせいかもしれない)語ること。

弟が二人いて、年が離れているせいか、やんちゃで手を焼いていること。

でも、その口調から、弟二人をとっても可愛がっているんだってことが伝わること。

その顔がとっても可愛いこと。

あの日、僕が顔を真っ赤にしながら震え声で(震えてたのか、恥ずかしい)告白してくれた姿を見て、僕を好きになってしまった、らしいこと。

だから、始まりは盛大な勘違いだったけれど、今の僕は、前よりもずっとずっとみずほが好きになっている。一緒にいると楽しい。

それでいいんだ、と僕は思う。

今でも、コンタクトレンズがずれて涙ぐんでいるみずほの横顔も大好きだってことは、

「もー、目が痛くていらいらするよー」

とぶーぶー言っているみずほには、ずっと内緒にしておくけれど、ね。




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