11-6.
「二人とも、抑えて。何度も言っているだろう、無闇に誰かを傷付けなくていいと」
シロウはあくまでも「不戦」の意思を示した。拍子抜けする彼の言葉に、ナズナは驚くどころか溜め息を付いた。
「目的の為に邪魔者を始末する。その程度の決断を、なぜ拒むのですか」
「僕は血も争いも苦手なんです」
厳しい目を向けるナズナに、シロウは情けない笑みを返した。そんな彼の背中を、アマキが堪え切れずにバシッと強く叩いた。
「甘いのです、貴方は。貴方が進もうとする道は、そんな甘さを持ったままでは歩めない!」
シロウは衝撃によろけながら、「痛たた……」と情けない声を上げた。
「甘いと言われても、苦手なのは本当なんだけどなあ」
「その甘さに足を捕られる日が必ず来ます。私は――」
「アマキ」静かな、落ち着いた声だった。「僕の道は、僕が決める。その歩み方も」
シロウはアマキに振り返る。彼はその顔から微笑みを消していた。
多くの血と犠牲があった。それは彼の望んだ事ではなく、彼を利用しようとした者の所為だ。それでも――、彼は死した者達の名を十字架として背負った。その重み、その苦しみは誰にも推し量れない。
――「彼らの為にも、僕は笑わないとね」。そう嘯きながら、涙を流す姿を、アマキは終ぞ忘れない。
全ての魂の救済の為に、彼は『神』の視点を手に入れた。そして始まった巡礼の果てまで、私は共に歩くと決めたのだ。
アマキは歯を噛んだ。例え彼に憎まれようと、彼の幸福の為になるのなら、躊躇う事なく口にしなければならない言葉があるというのに。
それでも「私」というニンゲンは、彼に愛されたいと請い願うのか。
十字架を背負った「彼」は後悔しなかったのか。生まれる時と場所が少し違えば、まったく違う人生だってあった筈なのに――、そう考える時が一瞬たりともなかったのか。「ニンゲン」として生き抜く選択肢だって、その手にはあった筈なのに。
ソレを、貴方はなぜ選ばなかったのですか。使命も預言もかなぐり捨てて、ヒトとして当たり前の幸福を選ばなかったのは、なぜなのですか。
アマキは目の前にある彼の顔を見る。いつだって笑い掛けてくれる瞳、どんな時だって優しい言葉を掛けてくれる口を。盲いた私には本来映らなかった筈の光景、それを貴方は見せてくれた。
貴方は私の世界の全て――。強欲な私は、きっと貴方と同じところへは還れない。
私は、本当は「救済」なんてどうでもいいのだろう。ただ貴方と共にいたいだけ。
終わりの時まで、貴方の傍にいたい。貴方と一緒に、幸福を感じていたいのです。
「……邪魔をすれば、すぐに弓を射ります。大人しくしていて下さい」
アマキは弓に矢を番えたまま、その切っ先を地へと下げた。即座に発射出来る体勢を維持したままではあるが、攻撃の意思を潜めてみせた。
「ありがとう――」
シロウはアマキに向けてそう言い、続いてナズナ達の背後にいる男に目を向けた。彼は仕方なさそうに肩を竦めた。
「お嬢さん方、邪魔をしなければ、手は出さない。大人しく見ていてくれ」
「…………」
ナズナは一度目を閉じ、フウと息を吐いた。そしてメアリーに目を向けると、小さく首を振ってから、抵抗の意思はないと両手を挙げた。メアリーは彼女の意思を理解すると、ビンを袴のポケットに仕舞い、同じように両手を挙げた。
「ところで、この錠を開けられないから、君に壊して貰いたいのだけど」
シロウはどこか締まらない笑顔を男へ向ける。相変わらずな彼の調子に、男は溜め息をついた。
男が門へと歩み寄る中、アマキはナズナ達の背後に回り、警戒を怠らない。
どうしたって隙は見せないか……。ナズナは彼らの徹底ぶりに口の中で舌打ちするも、彼女だってシロウ達が素人ではない事を知っている。彼らはどんなものであれ、戦を生き抜いてここにいるのだ。
男は門の前に立つと、堅牢な錠を一息で粉砕した。凄まじい剛力、やはり悪魔に他ならないと、ナズナは確信した。
門を開き、シロウが気軽そうに手を振って生垣の中へと姿を消した。
「……彼らを解放して、一体どうしようと言うのです」
ナズナはふいに口を開き、問うた。男はそれに「さあ?」と首を傾げて見せた。
「詳しい事を俺は知らない。俺はあいつとはそこまで長い付き合いじゃないからな」
「……貴方は魔人の癖に、なぜヒトと手を組むのですか」
「魔人――か。まあ、確かにその通りだ」男はなぜか可笑しそうにした。「俺はお前らの知っている魔人とは、少し異なるカタチをしているがな」
「……?」
ナズナは男の言葉を聞いて、訝しそうに眉をひそめる。しかし、詳細を話す気はないのか、男は含みのある笑みを浮かべたまま、それ以上口を開かなかった。
メアリーはナズナを見上げる。彼女は自身の前後に立つ両者に油断なく視線を配っていた。恐らくは、なんとか脱出の芽を探しているのだろう。この生垣の向こうに何があるのか、メアリーは知らない。しかし、ナズナの焦り様からして、何か重大な秘密があるのは明白だ。
自分達には手も足も出ない。――ならば、第三者の介入を期待するしかない。メアリーは左手首に目を向ける。こんなにも早く活用する時が来ようとは。彼女は己の未熟さを胸に刻むと共に、ブレスレットに込められた祈りを解放させた。
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