11-5.

「……まあ、こうなってしまいますよね」

 シロウはナズナの意思に対し、寂しそうに笑った。分かっていたと言いたげなその表情を見、ナズナはそれを一笑に伏して前に跳び出した。


 地を蹴ったナズナを制す為、シロウの制止を振り切り、アマキが前に出る。即座に射出された矢の一刀は、長年の鍛錬により染み付いた所作に基づいた速さ。刹那よりも短い時間で眼前に迫り来る矢を――、ナズナはその手で掴み取ってへし折った。

「な……っ!?」

 想像し得なかったまさかの事態に、アマキは体を硬直させた。そんな彼女の鳩尾に掌底打ちを放ち、ナズナはアマキを大きく吹き飛ばした。


「これでも『水無月』の端くれ、多少は動く事だって出来ますよ」

 ふぅと息を吐くナズナは油断なくアマキに心を残す。その様を呆気に取られて見詰めるのはシロウだけでなく、メアリーも同じだった。

「貴方達二人なら、わたくしでも抑えられます。陽動の為に天守閣へ人員を割いたのは愚策でしたね」


「……はあ、なるほど」

 ナズナの一言に、シロウは時間を置いてから頷いた。その様子に、ナズナは訝しげに眉を寄せた。

「わざわざ戦力をあちらに割いて、貴女自らこちらに来た理由がようやく分かりました。天守閣の炎が僕らの陽動だと判断したからだったのですね」

 ナズナはシロウの言う通り、天守閣を襲う事で警備の目がそちらに向いている隙に、シロウ達が生垣の中に住む彼女らを解放する為に動いていると判断した。

「僕らも最初はそうするつもりでした」

 だが、ナズナの思惑とシロウ達の行動は違った。それを示すかのように、ナズナの背後に何者かの気配が昇り立つ。

 痩せた長身。青白い肌と相反する鈍い赤の唇に、撫で付けた黒髪。ナズナが気配に振り返った先に、怪しげな風貌の男が立っていた。

「本来は彼に陽動役を買って出て貰う筈でした。――けれど、その必要がなくなった」


「……では、天守閣にいるのは――」

 ナズナは戦慄するように歯を噛む。シロウは彼女の様子に、どこか弁解するような面持ちで、

「はい、僕らとはまた違う勢力のようです。僕らはそれに乗じる事にしただけ」

「…………」

 ナズナは背後の男を睨む。彼は悠然とその場に立っていた。――左が白、右が紅の気味悪い瞳を、決してナズナから離さないまま。


 メアリーは男の瞳を見て、彼が魔人だと悟った。ジョン達が向かった先にいるであろう魔人と、目の前にいる魔人はまったくの別人。自分達はそれぞれが違う敵と向かい合っているのだ。

 どうする――と、メアリーは思考する。その表情はどこかジョンがそうする時と似ていた。


 メアリーは背負うザックの中に詰めた装備を振り返る。聖書、聖水を詰めたビンに祝福を授かった黄金製のナックルダスター……。メアリーは男に対し、自分がナズナの陰になる位置へさりげなく移動し、背部に手を回した。ザックは横に取り付けられたポケットからメインの収納部へアクセス出来るようになっていた。メアリーは聖水ビンを手探りに見付けると、悟られないよう手の中にそれを隠した。


 メアリーが裏で動く中、ナズナも同じく策を練っていた。目の前の男が魔人なのは彼女も気付いている。天草シロウと行動を共にする魔人――、つまりは「遺体」を乗せた師団を襲撃したのと同一人物であろうとも。

 悪魔と戦って勝てるとまで、彼女は自惚れてはいない。だから取るべき選択肢は「逃走」、もしくは助けが来るまでの「時間稼ぎ」。だが後者には期待出来ない。自分達がここにいる事を知っている者はいないし、今は天守閣の方に手一杯であろう。こんな城の隅にまで目を配れる者がいる筈がない。


 だから現実的に考えて、取るべき選択肢は「逃走」だ。けれど――と、ナズナは体を横に向け、シロウの方へと目を向けた。起き上がったアマキが弓を構え、油断なく自分を睨み付けていた。逃走を試みても二人で抑え付けられるとなると、それも難しそうだった。


 ……状況は積みに等しい。ナズナは覚悟を決めたように大きく息を吐き、そして傍にいるメアリーに視線を落とした。彼女はナズナの視線に気付くと、手の平の中にあるビンをチラリと見せた。

 なんという事だろう、この少女は戦う意思を見せている。なんて勇敢、なんて大胆不敵……。ナズナはいっそ笑い出しそうになった。


 ――この子だけは、決して傷付けさせてはいけない。彼女がそう思い、決意を固めた時だった。

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