11-4.

 メアリーは一体なんの為に用意された場所なのかと目を凝らすも、理由を察する事は出来なかった。その代わりに、生垣の傍にいた二人の人物を認めた。


「夜分に失礼いたします」

 ナズナのその言葉は、皮肉気に歪んでいた。彼女に言葉を向けられた二人は、その驚愕ぶりを表すように素早い動作で振り返った。


 二人は堅牢な鍵と鎖で封じられた門の前にいた。メアリーはこの空間への出入り口がこの門しかないのを悟ると同時に、空間の中に家屋があるのを見た。ここは、まるで村――? メアリーは「ここはなんなのか」と問いたくてナズナを見るも、彼女の瞳は門の前にいる二人から離れなかった。


「それとも、お久し振りと言った方がよろしかったでしょうか?」

「……なにを仰っているのやら。アジサイ様と違って、僕は貴女とは初対面ですよ」

 一人が深く被っていたフードを取り、月明かりの下に顔を晒した。透き通った碧の瞳に後ろで結えた漆黒の髪。彼が物腰柔らかな印象を与えてくるのは、浮かべる柔和な笑みが所以だろう。

 メアリーはナズナが醸し出す緊張感の中、それでも笑みを崩さない彼の顔に見覚えがあった。一体どこで見たのだろうと思案し始めた時だった。


「お初にお目にかかります。僕は天草シロウ。家族を解放しにここへ来ました」

「ちょ……ッ!」

 礼儀正しくお辞儀する彼――シロウに対し、隣に立っていた人物が驚きのあまり声を上げた。慌てふためいた彼女――アマキは自分が被っていたフードが外れた事にも気付かず、シロウの肩を掴んで乱暴に揺すった。

「なぜ平然と喋ってしまうのですか! 盗人猛々しいとはこの事です!」

「いやいや、何を言っているんだ。僕は盗人なんかじゃないよ」シロウは体を揺らされながらも笑っていた。「むしろ盗人は彼女らの方だよ」

 そう言い、シロウはそれでも柔らかな瞳をナズナへと向けた。


 彼の目の色に、ナズナは苛立つよりもむしろ困惑した。彼が口にした言葉とは裏腹に、その目に敵意がないからだ。まるで再会した友人に気軽に挨拶するような雰囲気すら漂わせ、彼はそこに立っていた。


「それにしても、どうしてここに?」

 こんなにも月が綺麗な夜に――。そう嘯くシロウに、アマキは仕方なさそうに溜め息をつく。

「……ずいぶんと余裕ですね。わたくしでは相手にならないと?」

「そうですね」

 空気を和らげるだけのシロウと異なり、アマキは目を尖らせた。背中に携えた短弓を抜いて構えると、その矢の切っ先をナズナへ向けた。

「丸腰の貴女など、相手になる筈がありません」

 メアリーの隣で、ナズナが「くっ」と息を呑む音が聞こえた。


 成り行きを見ていたメアリーは深く息を吸い、弓矢の前に立ちはだかるように身を乗り出した。

「メアリーさんっ、ダメです……!」

 ナズナに肩を掴まれたメアリーは、首を振って彼女に答えた。

「いいえ、ナズナさん。わたしは守られる為に来たんじゃないんです。わたしはお兄ちゃんの――、探偵ジョン・シャーロック・ホームズの助手として、ここにいるんです」

 メアリーの言葉を――英国語を――理解できたのはナズナだけだった。それでも「ジョン」の名を聞いて、シロウとアマキは思わずピクリと体を揺らした。


 ……ああ、そうか。あの茶屋で彼と一緒にいた少女か……。シロウは優し気な笑みを湛えたまま、ジョンと出会った時の事を思い出していた。


「アマキ、弓を下ろして」

 シロウがそう言うと、「な……ッ」と息を呑むのはアマキだけでなく、ナズナも同じだった。

「僕らは誰かを傷付ける為にここに来たんじゃない。ましてや、相手は小さな女の子だよ」

 確固たる意思の込められた声だった。その決意を表すように、シロウはアマキの構える弓矢の前に体を出した。


 メアリーはシロウの目を正面から初めて見た。まるで夜空に輝く星のような、吸い込まれそうな不思議な瞳。お兄ちゃんと同じような色の目だけど、いつも怒ってるようなお兄ちゃんとは丸っきり違う、優しそうな目だなあ……。本人が聞いたら激昂しそうなものだが、それが日頃彼の傍にいるメアリーの素直な感想だった。


「僕らがここにいるのはもちろん、この塀の中にいる家族を解放する為です」

 彼の中に後ろめたい気持ちなどない、むしろ自分こそがしっかりとした大義を持っていると自負していた。だからこそ、彼はナズナを前にしながらそう言ってのけた。

「それは許されません」しかし、ナズナは断固とした意志を持って、彼を拒絶する。「彼らの血は尊く、保護されなければならないものです。貴方の手前勝手な意思でそれを阻む事は許されません」

 ナズナの硬い声音に、それでもシロウは微笑みを崩さない。

「どれほど血の貴重さを讃えても、ヒトには自由に生きる権利がある。例え貴方達――、『星』の末裔たる『十二花月』であっても、その権利は侵せない」

「だから、貴方は手前勝手だと言うのです」ナズナは決して食い下がらない。「貴方は何も見えていない、分かっていない。わたくし達に刃向おうと言うのなら、まず同じ『視点』を得てから顔を見せなさい」

 ナズナの突き放す言葉に、シロウは困ったように笑い、頬を掻いた。


 その苦笑いに怪訝な目を向けるナズナへ、今度はアマキが口を開いた。

「笑止。彼は既に『神』の視点を手に入れられた。『星』の端末の使い走り風情が、ほざくのも大概にしろ」

「――――」

 ナズナはアマキの言葉に息を呑む。まるで袈裟斬りにされたような感覚が、彼女を襲った。


 あり得ない。まさか、あり得ない……。彼らが「遺体」を奪った理由は知っている。けれど、ソレは不可能だと姉さんは言っていた。それでも、もしも成功したとすれば……?


「では、まさか……。貴方の『体』は今――――」

 メアリーに話の内容は分からない。例え言語を理解出来ていたとしても、把握する事は不可能だろう。けれどナズナの様子が、目に見えて変わった事は分かる。何か彼女にとって危機的な状態に移行しつつあるのだ。


「……いいえ、させません」

 ナズナがすっ――と、開手を構える。それはメアリーがあの道場で見た生徒達と同じ構え。戦う意思を前面に放ち、彼女は敵と相対する

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