11-3.
「どうかしましたか?」
ジョンの問いに、ナズナは答えなかった。宙から舞い落ちる何かを捕らえようと、両手の平を横に合わせて掲げた。やがて閉じた両手を、ジョンの前で広げて見せた。
ナズナの手の中には、焼け焦げた折り鶴の姿があった。まるで死にかけの虫が足掻くように、ピクピクと体を震わせていた。
「セイメイ殿……!?」
折り鶴の式神の変わり果てた姿に、コウスケが顔を歪ませた。
「何があったのですか」
冷静さに努める声で、ナズナがセイメイに問う。折り鶴は尚も痙攣を続けながら、
『敵が帝の前に現れた。直ちに城へとお戻り頂きたい』
「一体どうやって城に入ったのです。城には侵入者を拒む『結界』だってある……!」
二重、三重の構えを施すのは当たり前だ。それをすり抜けられる筈がないと、ナズナは呻いた。
「あの一族だって、一体なんの為に捕らえていると――」
そこまで口にして、ナズナはハッとなった。ジョンは聞き逃せないと口を開く。
「今のは一体どういう意味ですか」
ジョンはナズナの「あの一族」という言葉を聞いて、今朝出会った老婆と女性の姿を連想した。彼女らを捕らえたのが、城の警護の為? 一体どういう事なのかと詰め寄った彼を制したのは、コウスケだった。
「話は後です。何よりも帝の下へ急ぐべきだ」
「…………!」
それはそうだ。その通りだと、ジョンも思う。けれど、どうしてもナズナの言葉が気掛かりでならなかった。
ジョンは葛藤の末、舌打ちをしてなんとか飲み込んだ。そう決めたのなら急ぐべきだと、彼は足を速めた。
そんな彼の後ろで、ナズナは済まなそうに目を伏せ、コウスケがそれに「気にするな」と言わんばかりに首を振る様を、メアリーは見逃さなかった。やはり彼らの間には秘密がある……。彼女は胸の内で、彼らに対する疑心をさらに深めていた。
城門に差し掛かり、ナズナが門番達に門を開くよう指示した。敷地内へと開いていく扉をじれったく待っている中、突如周囲に爆発音が響いた。
その場にいた者全員が何事かと顔を上げた。見上げた先は城の天守閣――、そこは帝とその妃の住居だった。黒い炎を噴き上げる城を見て、誰もが息を呑んだ。
「ヒガン様……ッ」
ナズナがいっそ悲鳴のような声を上げた。直後、脇目も振らずに走り去っていく様は、まるで彼女らしくなかった。コウスケすらも驚いたように目を丸くし、慌てて彼女を追い掛ける。ジョンとメアリーは顔を見合わせ、遅れて地を蹴った。
幸い彼女達にはすぐに追い付いた。城内の階段を昇る最中で疲れ果て、けれど気力だけで足を動かすナズナを見付け、ジョンは口を開いた。
「大丈夫ですか!」
声を掛けられたナズナはジョンへ振り返ると、その場にへたり込んだ。
「わたくしの事より、帝の方が先決です。わたくしは置いていって構いません……!」
「自分はナズナ様と遅れて行く。先に行って欲しい」
ジョンは頷き、メアリーも彼らと共に同行するよう指示した。メアリーは頷き、ナズナに肩を貸した。
「帝の下に直接敵がやって来たとしたら、つまり『縁』を依り代とした移動です」
ジョンは彼女の言葉を聞いて、動きを止めた。自分達が英国からこの国に渡ったのと同じ方法で、帝の傍に敵は現れた。確かその移動法は、地獄からの使者と似た――――、
ナズナの言葉を聞いて、コウスケも息を止めた。待て、后を「縁」の対象とする悪魔なぞ限られている。何故なら彼女は――とまで考えて、彼はジョンを止めようと目を向けた。しかし、既にジョンは踵を返し、階段を駆け上がっていってしまった。
「メアリーさん、すみませんが自分もホームズさんを追います……!」
メアリーの返事を待たず、コウスケもナズナを置いて駆け出した。
「行っちゃいましたね……」
メアリーは階段を駆ける二人の足音を聞きながら、ナズナに振り返った。
「そうですね」
座り込んでいたナズナがすっと立ち上がる。彼女は上階をしばらく見詰めた後、階段を降り始めた。メアリーもそれに付いて行く。
「下に戻るんですか……?」
戸惑いながらメアリーがそう問うと、ナズナは「ええ」と言って頷いた。
「落ち着いて考えれば、わたくしが帝の下に参って出来る事などたかが知れています。それよりも、気になる事が出来ました」
「一緒に行きますね」
「……ええ、ありがとうございます」
なんて愛らしいのか。メアリーの返事に、ナズナは勇気付けられたように思わず笑んだ。
互いの手を握り、ナズナとメアリーは共に階段を降りていく。やがて城内から出ると、敷地内を横切って歩く。ジョンと見学した道場を横目に見ながら、メアリーはどこへ行くのだろうと考える。
再びの爆発音がして、メアリーは思わず飛び上がり、天守閣を見上げた。一体何が起こっているのだろう……と、彼女は怯えそうになる心をしかし、奮い立たせる。
メアリーがジョン、ジャネット、ヴィクターやジュネ達に出会ってから積み上げて来たものは、彼女の「彼女」たる所以を作り上げていた。彼女の「魂」は恩人達との出会いで変わったのだ。
何も出来なかったあの頃とは違う。メアリーは戦う意思と力を手に入れた。友人の為に、恩人の為に――、家族の為に、彼女は全力を尽くす決意を握る。
歩き続ける内に、メアリーの目に何か小さな森のようなものが見えて来た。ナズナはどうやらそこに向かっているようだ。段々近付くにつれ、森だと思ったものが正しくは生垣だと分かった。そこには聳え立つ生垣に囲われた広い空間があるようだった。
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