7-8.

「何か、他のお客さん達からも聞いていませんか」

 良く店に立ち寄るというこの男性なら、色々耳にしているのではないか。そう思ったジョンは再度、男性に尋ねた。

「どうでしょうねえ。人がたくさん来ますから、落としていく話一つ一つ覚えていないし、身も蓋もない話ばかりですよ」

 男性は困ったように笑ってから、やがて「あっ」と何か気付いたように、

「でも、白い肌の男の話は幾度か耳にしています」


 この国では珍しいであろう白人、しかも『鎖国』に因って外国人の往来は規制されている。もし外国人がいたとしたら、ジョン達がそうであるように必ず政府、王族、『教会』の手が及んでいる筈だ。

「それも北の方から下りて来た人の口から聞いてばかりの気がしますね」

 北――。天草シロウと見られる賊も北へ向かったらしい。しかも襲撃の際には、川岸に白い肌の男が突然現れたと言っていた。この男は目立つ故、痕跡は追い易いかも知れない。


「さっきの話に出た白い肌の男ですけど、他に特徴的なところはありませんでしたか?」

「何者かは分かりませんけど、すごい力持ちという事しか分かりません。何せ人を文字通り振り回していたのです、一体なんだったのでしょう……」


 人知を超えた怪力。そこからジョンが連想するのは魔人という存在だった。悪魔に肉体を奪われた元人間である彼らの内の一人が加担しているのか。だが、十字教の信者である天草シロウがそんな事を赦すだろうか。ジョンは続けてその怪力に見合う体格だったのかどうか尋ねたが、男性は否定した。ならば尚更、魔人であるように思えるが、果たして。


 ジョンは更に質問を続けようとしたが、そこに団子と茶を盆に乗せた店員がやって来た。それと入れ替わるようにして、男性達三人が席を立った。

「それではこの辺りで。またご縁があればお会いしましょう」

 男性は最後までにこやかな声だった。長身の男はジョンに一瞥すらくれずにさっさと外へ出て行った。女性は男性の後に続き、しかし最後にチラリとだけジョンに視線を遣った。相変わらず「敵意」を含めた警戒の念が込められていた。


 一体自分が何をしたと言うのだろう。ジョンが思い当たる節がないか考えている中、メアリーは茶色い餡の掛かった串刺しの団子に舌鼓を売っていた。子供らしい無邪気さに、暢気だなあとジョンは苦笑していた。


 ジョンは食事を後回しにして、店員に天草シロウの手配書があれば欲しいと頼んだ。店員は何故そんな物を……と訝しそうに眉を寄せつつ、取り出した紙を彼に手渡した。

 ジョンはテーブルにその紙を広げ、似顔絵をメアリーと共に見入る。この国では当たり前のような黒髪に、少年とも青年とも見える顔付き。しかし、瞳の色が碧色なのが異質だった。まるでその容姿はジョン、自分自身のようで――。


「まだこの手配書が出回っていたのか」

 聞こえた声にジョンが顔を上げると、いつの間にかコウスケがテーブル上の手配書を覗き込んでいた。

「これは『解放一揆軍』との内戦が開始した頃に配布した手配書だ」

「天草シロウは皇国人ですよね?」

 ジョンは碧色に塗られた似顔絵の瞳を指差しながら問うた。

「その……筈だ」しかし、コウスケの答えは曖昧だった。「彼の出自は謎が多い。彼のパーソナルな部分はほとんど分かっていないと考えて構わない」

 判明させるより先に殺してしまったと、コウスケは苦そうに呟いた。


「彼の話は済んだ事です」遅れてやって来たナズナが締めるようにそう言った。「それよりも遺体についてです」

「遺体を盗んだ奴らは北へ向かったそうですが、半年以上前です。もう役に立たない情報でしょう。それと気になるのが、賊の中に魔人がいるかも知れないのは本当ですか?」

「……ああ、川岸に現れたという男ですか。現場が混乱していて情報が精査し切れていないので、信じて良いのか分からずにいましたが……」

「捜索はしているんですか?」

 ジョンの問いに、ナズナは「勿論です」と頷いて、

「この国の最北であるエゾという地域にて、長身で白人の男の目撃情報が相次いでいますが、あの地域は皇国の中でも肌の白い人間が多いですから」

 つまり、信憑性がないと……。特徴的だと思われた男すら追えないとなると、もう手立てがないように思える。ジョンが絶望的な思いを抱きながらも、思考は止めない。


「最近上がっている魔人の報告は?」

「警視庁と連絡を取り、特に白人についての情報を集めさせます」

 お願いしますと返事をし、ジョンは他に出来る事はないか考える。……それにしてもさっき話をした客はやけに襲撃について詳しかったな。まあ、良くここに来ると言っていたし、襲撃当日も居合わせたと言うのなら当然か。


「……うん?」

 だが、ジョンの言葉に、コウスケは首を傾げた。何事かと問うと、

「あの日は街道だけでなく、周囲の店も閉鎖していた。客が居合わせたと言うなら、それはおかしい」

「なん……?」


 と言う事は、アレは誰だ。単なる噂好きを超えているだろう。警備や店の人間でもないのに、襲撃について詳しいと言う事は……?


「いやまさか、嘘だろう……?」

 コウスケはまさしく信じられないと顔を歪めた。

「……わざわざ戻って来たと言うのですか、犯行現場に」

 ナズナは息を呑んで、口元に手を当てた。

 一体どうして、なんの為に。疑問は尽きないが、だがそれよりも何よりもジョンの中で導かれる結論は一つだった。

「しれっとした顔で、ナメた真似してくれるじゃねえか……ッ」

 ジョンは音が鳴る程に強く歯を噛み締め、凶悪に牙を剥いた。

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