7-7.
準備の整った助手と共に、ジョンは茶屋の暖簾をくぐる。彼らに気付いた若い女性の店員が二人の髪や目の色を見て浮かべる困惑したような表情に、ジョンは苦笑いしながら案内を頼んだ。ジョンが皇国語を口にすると、むしろ気味が悪そうにしながら店員は店の中へ通した。
丸太を輪切りにしたようなテーブル席に腰を置き、ジョンは店内を見回す。
ジョン達の他に客は三人だけで、テーブルを囲んで茶を飲んでいた。小柄な女性と男性、そして長身の男が皆一様に外套のフードを深く被っている。彼らはジョン達に気付いた様子もなく、会談に耽っている。
ジョンはその客達と同じ物を用意するよう頼むと、店員は頷いてさっさとテーブルを後にしてしまった。彼女から話を聞きたかったのだが、上手く行かない。ジョンは仕方なく三人組の客に声を掛けた。
「すみません。少しよろしいですか、お伺いしたい事があるんですけど……」
ジョンがそう前置くと、一番近くにいた小柄な男性が彼に振り返った。
「はい、なんでしょう?」
快活な声。大人と子供の境目かという若い声だった。しかし、俯きがちな姿勢と声の雰囲気が相反していて、なんだかちくはぐな印象だった。
「この近くで荷物を運送していた部隊が襲われたという話を聞いたのですが、何か心当たりはありませんか?」
「ああ、あの日ですか?」どこかうんざりといった風で、男性は頷く。「皆、気になっているみたいで良くその話を耳にしますよ」
どうやら『十二花月』が襲われた話は有名らしい。確かに王族を襲う賊だなんて勇ましいにも程がある。話が広まってしまっても無理はない。
「僕は良くこの店に立ち寄るんですが、その日もたまたま居合わせていたのですよ。街道にやたらと仰々しい鎧を着けた人達が多くて、なんだろうなあと思ったのを覚えています」
恐らく警備の人間だ。運んでいる荷物が荷物だ、多くの力を割くのも当然だろう。それでも――それでも部隊は襲われ、そして遺体は奪われた。
「そうしたら大きな馬車が街道を走って来て、驚いたものです。とても立派な馬車で、さぞ大切な物を運んでいるのだろうなあって」
街道を下りて来る馬車は、馬と乗員を休ませる為にこの茶店で足を止めた。警備の人員達から緊張感が緩んだ――、そんな時を部隊は襲われた。
ドンッという大きな音がして、人の悲鳴が聞こえた。男性が何事かと店の外で出ると、幾人もの人が川の方から吹き飛んで来るところだった。川岸には、いつの間にか白い肌に長身の男がいて、鎧姿の警備員を引っ掴んで振り回していたそうだ。多くの警備員が川岸へと走り寄る中、必然的に馬車への警戒が薄くなった。その時、男性は馬車へと近寄る二人の影を見たそうだ。
ジョンは目撃者である男性の話を聞きながら、テーブルを挟んだ向かい側に座る女性の視線に気付く。まるで警戒するような、牽制するような……。薄い「敵意」すら滲ませるその視線に、ジョンは反応を見せないように努めた。
「僕は良く知らないのですけれど、その盗人二人の内、一人はあの天草シロウだと聞いた事があります」
「……でも、彼は死んだ筈でしょう?」
「そうですね」男性は悠然と頷き、「でも、生き残ったという噂もあります。……まあ、あくまで噂なのですけれど」
「しかし、どうして盗人の正体が彼だなんて噂が流れたんです?」
「ああ、手配書ですよ。そこに描かれた似顔絵と盗人の顔が酷似していたと、この店の店員が証言したんです。後で話せば、その手配書を貰えるかも知れませんよ」
ジョンは、そう言えば天草シロウの風体を知らなかったと思い出し、店員に声を掛け、る――、
「それよりお客さん」しかしその前に、今度は男性の方から話し掛けられた。「外の国から来たのでしょう? と言う事は、『十二花月』様のところでご厄介になっている訳だ」
国賓ではないかと男性は言うが、ジョンはそんな大層な者じゃないと否定する。
「自分はただの探偵です」
「ほう。それじゃそのただの探偵が、どうして天草シロウについて調べているんです?」
「いえ、僕はあくまで襲撃された馬車の中にあった荷物について調べているんです。荷物がどこへ行ったか、何か知りませんか?」
「さあ。――でも、北の方へ向かったという話なら聞いた事がありますよ」
賊は北上したようだ。しかし、方角が分かったところでなんの当てにもならない。
ジョンは窓から茶屋の外を見る。街道近くの茶屋は人の往来が激しく、ジョン達が話をしている間にも多くの人が店をやって来ては離れて行った。
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