7-6.

「姉さんはこの国が陥っている事態を憂いていました。だから彼女は積極的に政府に呼び掛け、彼らと『十二花月』の架け橋となりました。それを不快に思う当主も多いですが、此度の『国際会議』に使節として参加し、突破口を開く筈です」


 ジョンは「神」と「星」の関係について初耳だった。最も「星」――、言い換えれば「自然界」に聖書や神話にあるような「精霊」、「妖精」の類が存在するという話は聞いた事はあるし、それこそ「妖精」を使役するアルバス・ダンブルドアという祓魔師とも顔見知りだ。

 だが、その「自然」に意思があり、その声を聞く事の出来る人間がいるのは知らなかった。そもそも彼はまともな霊感すら持ち得ずに悪霊や悪魔と対峙しているのだから、そういった超自然の存在と交信出来るとは考えていない。

 だから、「そういった事もあるのだろう」と理解する。自身の感覚で捉えられる事柄だけが世界ではないと、ジョンは思い知っていた。


 自分に知覚出来ない大きな意思があるのは分かった。その意思に導かれる『十二花月』を必要以上に警戒する『教会』の思考も分かる。彼らとの取引の為に、アジサイは「彼の人」の遺体を求めた。その結果がどうなるかは未知だが、自分とはあまり関わりはないだろうとジョンは結論付ける。


 けれど、ジョンの結論は誤りだった。彼はこれまでずっと「神」と「星」の意思を――。


「『鎖国』についてなんですが、それが『教会』に因るものだとこの国に暮らしている人達は知っているのですか」

 天草シロウが率いた解放一揆軍は十字教の流布の後に過激化したが、底にあったのはこの国の現体制に対する反発なのでは。十字教という新しい視点を得たからこそ、この国の矛盾や欠点を見出したのではないかと、ジョンはそう思った。

「いいえ、知りません」ナズナはジョンの問いに首を振った。「民衆はこの国自ら諸外国を閉め出していると考えています。もし真実を伝えてしまえば、民衆は十字教への反発を露わにするでしょう。しかし現状、我々はこの国を包む『結界』をどうにも出来ない」

 成程、そうすると民衆の矛先は『教会』の統治下にある現状をどうする事も出来ない政府や王族に向かうだろう。ならば、何も言わないのが吉か。外への隷属ではなく、自ら選んだ閉鎖であるのなら、まだ国民は納得出来るだろう。解放一揆軍の過激化と『鎖国』は関係のないものと考えていいだろう。


「……解放一揆軍が過激化する切っ掛けは何だったのだろうか」

 コウスケがポツリと呟いた言葉に、ジョンとナズナは彼に振り返った。

「自然発生したものでなく、何か外的要因があったかも知れないという事ですか?」

「誰かの入れ知恵だとしたら、一体何を言われたのだろう……」

 解放一揆軍の中で「十字教に与しない者は全て悪魔の手先だ」とする考えが広まったとナズナは昨夜語ったが、その切っ掛けとは何だったのか。まあ、考えたところで分かる筈がない。しかし、ジョンの中でその事が妙に引っ掛かった。


「……そろそろですね」

 馬車が走り始めてから一時間程経った頃、窓の外を見たナズナの呟きに反応し、ジョンも釣られるように外を見た。


 彼の視線が逸れた瞬間、ナズナが咎めるようにコウスケの手の平を叩いた。コウスケは彼女に振り向き、気まずそうに目礼した。……その様を不思議そうに見詰めるメアリーの視線に気付かぬまま。


 大きな川のほとりを人や物が行き交う街道の交差点。川から走る風を遮る為だろう、生い茂った林の傍にこじんまりとした店があった。英国で言うところの喫茶店だと思われる店先に並んだベンチに座る客達が団子や茶に口を付けていた。

「この店の者が天草シロウを見たと証言した一人です。お話を伺ってみては如何でしょう」

 ジョンはナズナの言葉に「そうします」と頷き、メアリーと共に馬車を降りた。

「わたくしは金田一様とお話がありますので、少し遅れます」

 ジョンは再び首肯して、馬車から離れた。


「ねえ、お兄ちゃん。さっきはなんのお話をしてたの?」

「え? ――ああ、昨夜の話の続きだよ。天草シロウと解放一揆軍の話だ」

「……ナズナさんとコウスケさんだけど、」メアリーは後ろを振り返り、口に出した二人に聞こえない距離である事を確認して、「何か嘘をついている気がする」

「…………」

 ジョンは黙ってメアリーを見詰める。彼女の生い立ちを思い出したからだ。


 ホワイトチャペルでの生活は、今日を生きる為に明日を捨てるような過酷な日々。その中で彼女と彼女の家族は多くの人を騙し、そして時に傷付けて来た。他人に慈悲を持つ事は自分を殺す事だと熟知している彼女達は、そうせざるを得なかった。そんな日々が、今のメアリーを形作っているのは紛れもない事実だ。ジョンはそれを非難しないし、否定しない。仕方のなかった事だと受け入れ、そしてメアリー自身を受け入れた。

 誰かが誰かを騙そうと画する――。彼女の猜疑心は生きて来た環境で培われた経験則。ジョンとはまた違った方向性の第六感。


「……嘘って、例えばどんな風に?」

「嘘――と言うより、敢えて何かを黙っているような感じ、かな……」

 具体的な事は分からない。勘で、そして感覚でしか掴んでいないのだ。闇雲な事を言うなと叱られるのでは――と、彼女はもう考えていない。メアリーがジョンと組んでから既に半年以上の月日が経っていた。その日々が積み上げた信頼は紛れもないものだ。


 ジョンは自身に向けられる「悪意」を感知する。しかし、ソレに満たない曖昧な感情への反応は鈍かった。ところが、メアリーはむしろそういったものにこそ敏感だった。人が嘘や隠し事をする際の挙動、癖などを彼女の目は無意識に拾い取る。


「メアリー、僕達はもしかしたらただ利用されているだけかも知れない」

 それは、ジョンがアジサイから話を聞いた時から心の内に引っ掛かっていた所感だった。メアリーは黙ったまま頷き、続きを待つ。

「彼らには僕を皇国に来させたかった確固たる理由がある筈なんだ。それがなんであれ、アジサイさんの立場が危ういのは事実だったから、この依頼を承諾した。……今更こんな話をするのは卑怯かも知れないが、メアリーも気を抜かないでくれ」

 メアリーはジョンの気まずそうな顔に首を振って、

「大丈夫だよ、わたしはお兄ちゃんの助手だからね。お仕事に付いて行くのは当然だよ!」

 言ってくれるじゃねえかと、ジョンはニィと歯を見せた。彼の意地の悪い皮肉気な笑みに、メアリーはむふーっと鼻息を荒くした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る