7-5.

 それにしても、「彼の人」の遺体ね……。ジョンはまたも信じられない気持ちになった。

 眉唾だ、絵空事だと言ってしまえれば簡単だが、一国家の使者が堂々と世界中から集まった王族達の面前で言い放ったのだ。遺体がそうであると言う何かしろの確証がなければ、そんな事は出来ない。

 ――「特に、貴方ならば判断出来るでしょう」。遺体の真偽を確認したければ、自分の目で見てみろと、アジサイはそう言った。……あの女は一体何を知っている、どこまで知っているのか。ふいにジョンの中にそんな疑問が浮かんだ。


「……アジサイさんの事なんですが、」ジョンはそう前置くと、ナズナは彼に振り返った。「そもそも彼女はなぜ『彼の人』の遺体を手に入れようとしたのですか」

「…………」ナズナは答える前に、少し考えるようにして、「……全てにはお答え出来ません。姉さんは『アジサイ』――、『十二花月』の当主の一人です。当主達の間でしか伝聞されていない事は、お答えようがありません」


 ――『十二花月』。頂きに立つ帝に仕える十二の家系。


「姉が遺体を欲したのは、この国を囲む『結界』を打開する為と聞いています」

 ナズナの言葉を聞き、コウスケは彼女に鋭い目を向けた。「口にしていいのか」と咎めるような目付きだった。ナズナはしかし頷いて、


「『鎖国』という制度は我が国が敷いたものではありません。『教会』によって施されたものです」


「なン……?」

 ジョンは露骨に面喰らった。皇国が外国との遣り取りを断絶しているのは、この国が意思している事ではない――、それは『教会』によって強制されているのだと、ナズナは言うのだ。そんな話は噂程度でも聞いた事がない。

「この国全土を包む『結界』も『教会』に因って敷かれたもの。彼らの認可なしでは、例え帝であっても国外へ出る事は叶いません」

「…………」

 そうまでして『教会』が皇国を敵視――、否、特別視する理由がジョンには見付けられなかった。ナズナは首を振り、

「彼らが警戒しているのはこの国ではなく、我ら『十二花月』とそれに伝わる術理、異能です」

 異能――。常なる人間とは一線を画したチカラ。それは「魔法」、「魔術」、「超能力」といった形で人々に伝わっているが、決してそんな夢物語染みたものではない事を、ジョンは何度もその目で見て来た。


 例えば、「聖人」が持つチカラ。『聖女』は空中から幾つもの「剣」を生み出せる。『騎士道』は「重力」を操って見せ、『傑物』は「電磁」を使いこなした。

 父であるシャーロックも特異な体質を有していた。彼は肉体の中にある、不可侵である筈の魂に直接触れる事が出来た。彼の拳は魔人の中に潜む「魂」を打ち砕く。例え防御しても無意味、肉体は守れても魂までも守れる生物はこの世界に存在しない。曰く――「聖拳」。その一撃の手応えの強かさを、ジョンは身を以て知っている。


 ジョンはそういった異質なチカラを何一つ持って生まれなかった。彼が今、武器として掲げるモノは、『十字架』を除けば、全て生涯を掛けて積み上げて来た努力の賜物だ。

 彼がその身に刻まれた『聖痕』は父とその友、ジョン・ワトソンの二人から受けたもの。「敵意」を読む第六感は、その『傷』が発する「悪性の拒絶」が基になっている。


 しかし果たして、『十二花月』が有する異能とは一体――。


「ホームズ様は、この『星』に意思があると思いますか?」

 一体どういう質問だ? ジョンは思わず「あ?」と間抜けな声を上げた。

「わたくし達は『神』ではなく、自然――、『星』の意思に寄り添って生きて来ました」

 ナズナが昨夜語ったこの国の人々の精神性は、確かに自然環境を神格化し、敬う事で出来上がって来たのだろう。そういった考え方だからこそ、「星」の声を聞ける者が現れた。ヒトの中には「神」とではなく、「星」と共に生きて来た者もいる。

「それが、我ら『十二花月』の初代である十二人」

 自然と添い遂げる事を誓った彼らは「星」と繋がった。故に「星」から許しを得たチカラ。その一つが『結界』であると言う。「星」という領域を切り取るこの術は、彼らの手だけに収まらず、多くの者に伝わっていく。


 彼らはニンゲンの管理を大いなる意思に命じられた。接続された先が違うだけだが、それは決定的な差だった。「神」に許しを得たチカラを使う者と、「星」に許しを得たチカラを使う者。天国へ昇る死と、星へ還る死。両者は同じヒトでありながら、死後の在り処すらも相容れなかった。


「そして、『教会』は我らを許さなかった」

 それは『教会』の権威を守る為か、それとも「神」以外の大義を認められないからか。『十二花月』は皇国諸共、この国の中に閉じ込められた。

「それ以来、この国は『教会』にとっての不倶戴天を収める檻と化しました」

 皇国は『教会』の敵を閉じ込める牢獄――。ジョンはハッとなる。ならば、『聖戦』終結の折にこの国に幽閉されたと言う、父を始めとする第九分隊の面々は一体……?


「貴方のお父様が『聖戦』で何を見たのか、それは分かりません。シャーロック様とワトソン様は五年程この国におりましたが、やがて『教会』の手により解放されました」

 二人は恐らく『教会』と何らかの契約、協定を結んだのではないかとナズナは推測した。


 ジョンは彼女が語った「五年」という年月に心当たりがあった。自分やジェーン、ジャネット達の思い出を保存したアルバムの中に親が姿を見せ始めるのが、ちょうど五、六歳の頃からだった。アルバムや自分達の幼い頃の記憶の中に父親の姿がないのは、偶然や記憶の欠如などではないとすれば、自分達が生まれてから五年経つまで傍にいられなかった理由があり、それが皇国への幽閉なのかも知れなかった。

 父が皇国に閉じ込められていたのは紛れもない事実。それを彼の口から聞かされていなかったのは、それこそ『教会』と交わされた条件の一つかも知れない。他言無用、情報の規制は『教会』のお手の物だ。


 ――「何も知らない」。散々言われてきたその言葉。しかし、父の軌跡を辿れば何か見えて来るかも知れないと感が手たが、しかしジョンは頭を抱えた。

 ……そう、時間が足りない。この国にいられる時間は限られている。「彼の人」の遺体奪還は急務だ。出来得るだけ早く依頼をこなさなければならないのだ。

 口惜しいとはこの事だ。答えを掴めるかも知れないのに、手を伸ばす事すら出来ないとは。

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