7-4.

「お兄ちゃん、わたしを置いてどこ行ってたの?」

 仕方なくジョンが襖を開けて部屋に戻ると、小首を傾げるメアリーに出迎えられた。既に彼女は朝食を口にしており、椀に盛られたご飯を匙で掬っていた。

「散歩だよ」

 ジョンは短く答え、用意された朝食に手を付けた。丁度食べ終わった頃、襖の向こうからコウスケの声がした。


「おはようございます、ホームズさん、メアリーさん。朝食は口に合いましたか」

「はい、とっても美味しいです!」

 メアリーの元気いっぱい、百点満点の返答に、堅物そうなコウスケの頬も思わず緩んだ。

「それは良かった」

「おはようございます、コウスケさん」ジョンは挨拶し、「今日なんですが、『遺体』が盗まれた現場へ連れて行ってくれませんか」

 予想していた言葉ではあった。コウスケは「構わない」と言って、頷いた。

「城の外に、既に馬車を待たせてある。用意が出来ているのなら、すぐにでも発てます」

 ジョンはコウスケに頷いて答え、メアリーに振り返る。


「良し、行くぞ、メアリー。準備はいいか?」

「はいっ!」

 大きく返事をしたメアリーはザックを掲げて見せる。中には筆記用具、小型カメラの他に、聖書や聖具が詰め込まれていた。仕事の時には必ず身に着ける彼女の必需品だった。


 ジョンとメアリーはコウスケに連れられて、外に出る。門番の男性が木材で出来た大きな門を開いて貰っている中で、ジョンは周囲にナズナの姿がないのを確認してから、


「コウスケさん、城の中に生垣に囲まれた村のようなものがありますよね。アレは一体なんなんですか?」


「…………」

 コウスケはジョンに振り返る。何故か心底嫌そうに顔をしかめていた。

「どうかしましたか」

「いや……」コウスケは嘆息してから、「自分もあそこに住む人達については詳しくない。恐らく詳細を知っているのは、この城の中でもごく限られた人間だけだ」

 ……なんとも胡散臭い。ジョンは素直にそう思った。なるべく関わらない方がいいと頭の中で囁く声はするも、魂は確かめるべきだと告げて来る。こういった差異は彼にとって珍しい事だった。

「ずっと昔から彼らはこの城の中で暮らし続けている。噂ではその血が希少なものであるが故、『十二花月』が保護しているとかなんとか」

「どうにか調べられませんか」

「いや……、止した方がいいと思う」ジョンの追求を、コウスケは神妙な顔で牽制した。「幸福な結果にはならない気がする」

「それは、何故?」

 コウスケはもう一度ジョンに振り返った。今度は口を開かず、そのまま開かれた門を通り抜けた。ジョンは彼のくれた意味あり気な視線を汲み取り、何も言わずに彼の後ろを付いて行く。


「なんのお話?」

 メアリーは唐突に終わった会話に首を傾げる。そもそも彼女は皇国の言葉が分からない。遣り取りするジョンとコウスケの会話の内容を全く理解出来ていなかった。

「ああ、いや、なんでもない。ただの世間話だ」

 これまでジョンはナズナやコウスケ達の言葉をその都度、翻訳してメアリーに伝えていたが、今回はやめておいた。コウスケが言葉を濁した意味が、まだ彼にも分かっていないからだ。


 門を抜けたすぐ先に馬車が止まっていた。海老茶色に塗られた船底型の車体の側面に絡み合う蔦のような文様が金色で装飾されていた。ジョンは馬に乗った御者に頭を下げ、コウスケに続いて車の中に入った。

 四人乗りの座席の一つを既にナズナが埋めていた。彼女は先程の浴衣から黒い着物へと着替えていた。髪も一括りに纏め、簪で止めている。

 ジョンはチラリとコウスケを見た。コウスケは城内――、ナズナの耳に入るところで生垣の中の民の話をしない方がいいと判断した。彼が小さく首を振るのを見て、ジョンは先程の話の続きは断念せざるを得ない事を悟った。


「ナズナさんも同行されるんですか」

 ジョンは意識を切り換え、意外そうにナズナへそう尋ねた。「ええ」と彼女は頷いて、

「貴方方に付き従うよう、姉から良く言い含められていますから」

 ジョンは頷きながら、座席に腰を落とした。成程、仕事ならば仕方ない。そんな事よりも、先の不機嫌さが和らいでいるようで何よりだった。

 対面式の座席に二人ずつ、ジョンの隣にメアリー、ナズナの隣にコウスケが座る。ナズナが御者に合図すると、ゆっくりと馬車が動き始めた。


「そう言えば、遺体はどこで奪われたんです?」

「この街――、エドを抜けて街道へ出た先です。宿場での休憩中を襲われました」

 休憩で気が緩んだところを襲ったとすると、敵は近くで見張っていた可能性がある。周到な用意を以て、賊は一団を襲撃したのではないだろうか。ジョンはそんな推測をしながら、窓の外を見た。


 舗装のない土の道。その両脇に木造家屋が並んでいた。英国の石造りの街並みとはまた違って、暖かみのある雰囲気が印象的だった。歩く人々は皆、自分と同じ黒い髪で、やはり英国では見られない光景に、ジョンは少しばかり驚いた。彼らの着る服や仕草をどこか懐かしく見えるのは母の血の所為か、それとも父の所作の影を無意識に拾っているのか。どちらにせよジョンは一見しただけでこの街が好きになった。


 出来ればじっくり見て回りたいところだが、果たしてそんな時間が作れるだろうか。今回の依頼を達成出来たとして、そうなるとアジサイは出来るだけ早く遺体を持って来るように指示するだろう。恐らくその頃には「国際会議」は終了している。ジャンヌの言った「地獄攻略」が実行されるのかどうか推測すら出来ないが、どちらにせよ結論は出ている。自分はそれを待つ事しか出来ないと、ジョンは思考を切り換える。

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