6-1.

 ジョンとメアリーが皇国へ飛んだその日。場所は英国、ロンドン塔はホワイトタワー。その礼拝堂の中は『国際会議』の本会場となっていた。


「……どういう事よ」

 その中で、目の前に広がる光景にジャネットは愕然としていた。


 ――『地獄攻略』。『聖女』ジャンヌ・ダルクが提言した、前代未聞の発言の是非に対し、各国の王全員が手を挙げ、賛成の意を投じていた。


 明らかにおかしい。昨日、彼らが見せた反応からはあり得ない回答だ。一体何が起きているのか、ジャネットには分からなかった。

 幾ら『聖人』からの発言と言えど、『地獄攻略』などという無謀な計画に賛成する者などいないと、ジャネットが高を括っていたのは事実だ。そして、それは彼女だけでなく、同じ室内に待機する報道陣や警備用「人形」の管理スタッフも同じだった。皆、同様に目を丸くしながら顔を見合わせるだけで、口を開く事も出来なかった。


「皆様からのご賛同、感謝致します」

 そう言い、頭を下げるジャンヌの顔に色はない。いっそ冷たい無表情のまま、室内をグルリと見渡してから、

「具体的な作戦はあるのか」

 しかし、続けてジャンヌが口を開く前に、それを遮ったのは北の帝国、露国の王、イヴァン雷帝だった。彼はギシギシと体を形作る鋼を軋ませながら、そう問うた。

「そもそもどうやってアチラに行こうと言うのだ。『教会』は遂に『扉』を見付けたとでも?」

 口元に含んだ笑みは何かを言いたそうだった。発せられる意味を考えないようにしたまま、雷帝の問いに答えようとジャンヌが口を開く。

「『鍵』を確保致しました。まもなく『扉』は開かれます」

 ジャンヌの言葉に反応したのは雷帝――ではなく、彼女と同じ『聖人』に位置するリチャード・ザ・ライオンハートだった。

「お前……ッ。裏でコソコソと動き回りやがって……ッ」

 リチャードは万巻の思いを込めて彼女を睨む。『地獄攻略』を口にする前から、ジャンヌは着々と準備を進めていたのだ。全ての材料を手に入れてから、彼女は『国際会議』を用意した。


「こちらの戦力は如何にするおつもりですか」続いて口を開いたのは、広大な大地を統一した米国の王、そして政府の長を現任する大統領、ブラッドアクス・リンカーン。「以前の『聖戦』のように、祓魔師を軍事投入するのですか」

「そうです」

 無表情のまま答え、頷くジャンヌに向けて、更なる言葉が向かう。英国の歴史と共に生きて来た女王、エリザベスⅡ世だった。

「『聖戦』時は祓魔師が以国へ向かい、結果、多数の祓魔師が命を落としました。今尚続く祓魔師の不足はあの戦争が始まりです。祓魔師がアチラに向かった所為で、コチラ側で悪魔の被害が大きくなったらどうするおつもりですか」


 過去の『聖戦』でも同じ事が起きた。祓魔師の多くが以国に向かった為に、その他の地域で悪魔による事件が多発した。それでも『教会』は以国の魔人王の討伐を最優先とし、方針を改めなかった。『地獄』に向かうのならば、『聖戦』とは比較にならない戦力を以て臨むべきだ。しかしそうなれば、以前よりも更に人間界での被害が大きくなる可能性があった。


「計画に参加するのは祓魔師だけではありません。『教会』からも兵を向かわせるつもりです」

「それも以前と変わらん!」雷帝の声が轟く。「『教会』の兵など、所詮行き当たりばったりで出来上がった木偶の坊ばかりだ。『聖戦』でもまるで役に立たなかった!」

「彼らの死を蔑むような発言は、看過出来ません」

 雷帝の言葉に顔をしかめたジャンヌは、彼を強く睨み付ける。そんな視線諸共、雷帝は「ハッ」と笑い飛ばし、

「当時を知らぬガキが何を口走る」


 確かに『聖戦』時、ジャンヌはまだ子供だった。だから、資料や言葉以上の事は知らない。自身の目で戦時下の悲惨な光景を見た訳ではないのだ。


「実戦経験がある訳でもなく、秀でた策を持つ訳でもない、夢見がちなガキが口に出した妄言に、誰が付いて行くと思う」

「それでも」ジャンヌは引かない、退かない。彼女は、彼女の中の正義を胸に、ここに立つ。「貴方は私の言葉に賛同した。それは勝利する可能性を見出したからではないのですか」

「『聖人』が勢揃いしたのは、確かに人類史の中でも初めての事だ。貴様の発言は認めよう」雷帝は部屋の中に集う『聖人』を見回す。「しかしながら、どうも統率は取れていないようだ。貴様一人が先走っているだけで、誰も付いて来ていないようではないか」

 ジャンヌは――、その言葉にとうとう口を噤んだ。それだけは何も言い返せなかった。


 ジャネットは友人の背中を見ながら、「穏健派」と「強硬派」の話を思い出した。科学の発展による人類の進歩を許す者とそうでない者。『教会』内で大きく分かれた派閥、『聖人』の中でもそれは同じで、そのどちらにも入らないジャンヌは肩身の狭い思いを強いられていた。


「その勢揃いした『聖人』は、全員『地獄』で兵や祓魔師と共に戦ってくれる――。そう思っていいのだろう? その意思は皆、持ち得ているのだろうな?」

 ジャンヌは雷帝の言葉に舌打ちを飛ばしたくなる。実に的確な所を狙い撃って来るではないか。彼女は勿論、『聖人』全員の『地獄攻略』への参加を確約――出来ていなかった。『攻略』が開始されれば、否が応でも彼らは参戦せざるを得ない。その状況にさえ持ち込めればいいと考えていたが、その考えは甘かったか。


 追い詰められるジャンヌは、それでも言葉を紡ごうとした時、


 フ――ッと、部屋の中をそよ風が過ぎ去った。


「――――」

 室内にいた全員の思考がリセットされたかのように真っ白になった。それが一瞬よりも短い刹那であったとしても、意識を失ったと言って過言でない空白の時間が生まれた。


 全員が部屋の扉へと振り返る。そこには不思議な雰囲気を醸し出す誰かが立っていた。


 男性か女性か、一見して分からない中世的で柔和な顔付き。うねった金色のショートヘアーに、エメラルドのような光を魅せる瞳。白茶色のスーツに体を包み、手には白い手袋を着けていた。小さな微笑みに陽光のような暖かさを湛えたその者の名を、ルーアハ。全世界の十字教教徒の指導者、最高位の聖職者「教皇」その人である。

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