4-7.

 彼は深く息をすると、

「そうですね、では『遺体』についての情報を共有して貰えますか。『遺体』を盗んだという賊がどこにいるか分かれば、手っ取り早いのですが」

 ジョンの言葉に、ナズナは首を振った。

「いえ、賊がどこにいるのかは把握出来ておりません。警察を使って捜査しておりますが、これといった収穫は今までありません」

「賊の正体に心辺りは?」

「…………」

 ナズナは口を閉じたまま、困ったようにコウスケを振り返った。彼が首を振ると、「本当に姉さんは丸投げにして来たのですね……」と小声で呟き、溜め息をついた。


「込み入った話になりますが、よろしいですか?」

 ジョンはナズナからの問いに、「何を今更」と皮肉気に笑って見せた。それもそうだと彼女は頷き、


「実は、皇国では少し前まで内戦が続いておりました」


「な――、ン?」

 ジョンは予想だにしなかった言葉に目を丸くした。

「内戦です」ナズナはそう繰り返し、「十字教、延いては『教会』に与する皇国ですが、わたし達が信奉するのは『神道』と呼ばれる教えです」


 それは十字教や他の宗教と異なり、教典や教祖がなく、具体的な教義すらない。自然やその現象を神格化して敬う多神教。森羅万象、世のあらゆる物事を神の体現として受け入れる、この国家の形成に影響を与えた心の形。


「我々はあらゆる神を受け入れる。それが海を越えてやって来た教えに基づくモノだとしても」

 しかし――、「彼ら」は違った。

「皇国では『鎖国』という制度を敷き、海外からの出入りを一部地域のみに限定しています。その内のナガサキという地で、『彼ら』は興りました」


 解放一揆軍――。彼らは自らそう呼称し、この国に蔓延る謂れのない教えを取り除いて、人々に真なる神の姿を見せようと宣言した。


「……で、武器を手に取ったと。カルトじゃねえか」

 ジョンの吐き捨てるような言葉に、まさしく言葉通りだと、ナズナは苦笑めいたものを浮かべた。


「一揆軍は十字教こそが真なる神の教えと唱え、民衆に訴えかけました。それに靡く者もいれば、耳に留めない者もいました。わたくし達は彼らの存在を認知しておりましたが、何を信じるかは個人の自由です。特別に問題視する事なく静観しておりました」

 だが――、いつしか均衡は崩れた。

「彼らの動きは段々と過激になり、やがて血が流れる惨事になりました。十字教に与しない者は全て悪魔の手先だとする考えが広まり、信仰者達は暴徒と化し、この国を解放する為と一つの軍と成りました」


 この事態に誰も動かない筈がなく、国が武力を以て制圧を開始した。――それは「シマバラの乱」と呼ばれ、つい八か月前までこの国は戦時下にあったのだ。


「軍を名乗っても、彼らは所詮、武器を取っただけの一般人。元は農家や商人達の集まりです。烏合の衆と高を括っていたのは事実ですが、まさか彼らに数か月も手を焼かされるとは考えていませんでした」


 国家の武力にすら拮抗した解放一揆軍。その理由は、とある男の存在だった。

「一揆軍には指導者がいました。名を、天草シロウ。一揆軍の間では『彼の人』と呼ばれていた軍師でした」


「……冗談でしょう?」

 現代に降り立った彼の人。……いやはや、笑えないとジョンは首を振る。


「彼には、まさに十字教に伝わる『彼の人』のような奇蹟を体現したとする話が幾つもありました。真か否かは定かではありませんけれど。しかし、彼が多くの民衆の心を掴み、従えたのは事実です」

 しかし、それでも限界が来た。追い詰められた一揆軍はやがて拠点としていた城の中に立て籠もった。その籠城戦は三か月も続いたが、結局、国の総攻撃によって全滅した。


「全滅、ですか」

 ジョンはやり切れないものを感じながら、その言葉を繰り返した。ナズナは無表情を努めて頷き、

「わたし達は死者の首を天草の母に一つ一つ見せ、彼の生死を確認しようとしました」


 しかし、並ぶ死者の中に天草なる指導者の首はなかった。


「母親が嘘をついているのではないのですか」

「ええ、それが一番分かり易いのですが、」ナズナは溜め息をつき、「確認が取れない以上、断言は出来ません」

 それに――と、彼女は続け、ジョンの顔を真っ直ぐに見た。

「『遺体』を盗んだ例の賊の中に、彼の姿を見たと言う者がおるのです」

「――――」

 ジョンは「成程」と独り言ちる。話はそう関係してくるのか。


 十字教の狂信者達が成り果てた一揆軍。その中の最高指導者が生き延び、今度は『彼の人の遺体』を盗み出した。

「仮に彼が生きていたとすれば、『遺体』を御神体とし、新たな信者達を集め、再び一揆軍を作り出すやも知れません。二度目となれば、彼はより狡猾になるでしょう」

 それは国家の危機に繋がる可能性すらある――。ナズナはそう言い、口を閉じた。

「…………」

 ジョンは口元に手を当て、黙考する。当初想定したよりも重大な問題だったと考え直さなければならない。


 根っこは深い――、これは自分が信じるモノの対峙だ。十字教と神道という道、どちらを選ぶか。正義や悪の二つだけでは語る事は出来ない、どちらも「幸福になる為の道」なのだから。一体何が自分を幸福にしてくれるのか。それは個々人にしか分からない、見えない、認められない、決められない。

 ――そして、選んだ道の果て。「自らの道以外を否定する」という末路、結論、終着。


「とにかく、賊の中には戦争屋がいるかも知れない……と」

 思考はあくまでもシンプルに。ジョンはしかし、相手がどのような者であれ、自らのスタイルは変えない。やるべき事、見据えるべきゴールを絞る。そこに行き付くまでの道を一つ一つ取り除いていく。辿る道を一本化し、その為の最適解を見出す。

「結局、誰だろうと僕のやる事は変わりません。賊が天草とか言う糞野郎だろうがなんだろうが、『遺体』を盗んだ賊をブッ飛ばせばいいんでしょう?」

 ジョンはニィと笑んで見せる。まるで悪魔のように凶悪なその笑みに、ナズナは驚いたように目を丸くする。


 彼の隣に座るメアリーはフフッと笑う。流石はお兄ちゃん。どこにいても、誰といても、お兄ちゃんはお兄ちゃんのままだ。だからお兄ちゃんは強いんだ。


「今日はもう夜だ。動き出すにしても明日からで良いでしょう」

 やる気を見せるジョンを尻目に、終始落ち着いて話を聞いていたコウスケが口を開いた。

「そうですね」ナズナは壁に掛かる時計を見、「英国から来たお二人は、お休みになられるにはまだ早いと思いますが……」

 まったくだ。ジョンは頷いた。一日の活動時間は通常よりも短いのに、ここではもう夜なのだ。この違和感こそが、時差ボケというヤツなのだろう。


「とは言っても、特にやる事もないでしょう」

「お城の中を歩き回るにしても、迷ってしまわないか心配ですし……」

 他人の家を勝手に出歩く趣味はないが、確かに見た事のない建築物を見回ってみたい欲はある。しかし、ナズナの言う通り、迷う可能性は非常に高い。案内を頼むにしたって、ナズナだって暇な訳ではないだろう。手持ち無沙汰な時間を、さてどうしようかとジョンが悩み始めた時、

「ホームズさん、この国の武術に興味はおありか」

「おッ? ――是非、見てみたい」

 コウスケが口にした一言に、ジョンは即答した。その表情は、まるで玩具を目にした子供のようだった。


「今の時間、敷地内の道場でちょうど鍛錬が行われている。案内しましょう」

「よし――、行くぞ、メアリー」

 楽しそうだなあ……。メアリーはジョンが珍しく浮かれている様を見て、苦笑した。


「では、金田一様、この後はお任せしてしまって構いませんか?」

「ええ」

 頭を下げるナズナを置いて、三人は部屋を出、城の外へと出た。

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