3-4.

「ああ、それと――」

 ジュネが声を上げ、カバンの中を何やら漁り始めた。一体、何が飛び出るのだろうかとジョンが訝しんでいると、彼女は銀製のブレスレットを二対取り出した。

「ハイ、わたしの特製よ」

「あァ……?」

 それを見てジョンは胡乱な声を上げた。彼女の発明品がまともな形をしている事に驚き、思わず上げたそんな声音に、ジュネは「何よ」と呟くと眉を吊り上げた。

「キレんなよ、まだ何も言ってねえだろう」

「なんだソレ意味分かんねえ――って顔してるわよ、ジョン」

 顔は口ほどに物を言うものだ。ジュネの指摘に図星を突かれ、ジョンは思わず口をへの字に曲げた。


「説明するから、まずは受け取ってよ」

 ジュネに促され、ジョンは彼女の手からブレスレットを受け取る。見た目は至って普通のアクセサリー、そのシンプルさが却って大人びて見える洗練されたデザインだった。


「もう一つはメアリーのよ」

「えっ、わたしにも?」

 ジョンからブレスレットを渡されると、メアリーは嬉しそうにして、すぐにそれを右手首に着けた。

「カッコイイ……」

 右腕を掲げ、ブレスレットに目を奪われながらそう呟くメアリーの姿に、ジュネは満足げに鼻を鳴らした。「ジョンもこれくらい素直な感想を言ってもいいのに」という嫌味を無視し、ジョンは腕輪についての説明を求める。

「お前が作ったモノだ、何かしろの細工があるんだろう?」

 返って来た溜め息も無視し、ジョンが尚も催促すると、ジュネは仕方なさそうに、

「内側を見て。そこにスイッチがあるから」


 ジョンが言われた通りにブレスレットの内側に目を遣ると、そこには赤い宝石を模したスイッチがあった。それを押すと、対となるブレスレットに信号が送られる仕組みになっていた。信号を受信すると赤く点滅し、その点滅の間隔が短ければ短い程、ブレスレット同士の距離――つまりジョンとメアリーの距離が近い事を示す。発光部が内側にあるのは、周囲の目から細工を隠す必要性をも想定しているからだった。


「もしも二人が離れ離れになって、どちらかがピンチになった時、そのボタンを押して。そうすれば光を頼りに探す事が出来るでしょ」

 ジョンは「正真正銘の無線機を使えばいいじゃないか」と問うた。ジュネはそれはそうだと頷きながら、「そうもいかない状況だってあるでしょ」と返した。彼女が想定している危機的状況というモノが、恐らくは末期的な状況下だろうなと考えながら、ジョンは「成程な」と嘆息する。


 何があるか分からない、それは普段の日常に於いても。悪魔と渡り合うならば、少なからず怪我を負うリスクが付き纏う。五体無事では済まない事態だって発生し得る。


「例え何があっても――絶対に、二人で、帰って来てね」

 彼女の願い、彼女の想い。このブレスレットには「それでも無事に帰って来て欲しい」というジュネの祈りが込められていた。


「――だってよ、メアリー。離れていてもこれがあれば、助けを呼べる。もしもの時は頼んだぜ」

「……うん、任せて!」

 メアリーは、ジョンが浮かべる悪戯っぽい笑みに万感の思いを乗せて頷いた。このブレスレットに込められたジュネの想いへの感謝と共に。


 何が何でも帰って来る。そうしなければならない理由がまた一つ増えた。ジュネの願いを身に着けると、ふいに「……早く帰って来てね」というジェーンの呟きが耳に蘇った。


「どうしたんだい」

「いや……」

 突然立ち止まったジョンを訝しむヴィクター。彼の視線にジョンは首を振り、慌てるように歩みを再開させる。


 そう言えば、ジェーンがあんな風に自分の願いを口にするのは珍しい。それは彼女が思い悩んで告げる時だ。自分が遠く離れてしまう事をそれだけ寂しがっている――のだろうか。ジョンは思わず熱くなる顔を隠したくて、わざと歩む速度を遅くし、煙草を蒸かし始めた。きっと彼女の願いを叶える、そう静かに誓いながら。

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