2-2.
「我々は古くから伝わる伝承を調べ、アオモリという地域に遺体があるのを突き止めました。回収は難なく終わりましたが、その帰路に襲われました。幸い犠牲者は出ませんでしたが、肝心の遺体を奪取されました。痛恨の極みです」
「そもそも訊きたいのですが、その遺体は本当に『彼の人』のモノなんですか?」
「疑いたい気持ちも分かります」アジサイは深く頷き、「ですが見て貰えれば分かります」
「……いや、見るも何も」
奪われたんだろう? そう続けそうになったが、ジョンはなんとか自分を制した。そんな彼を尚も笑顔のまま見詰めながら、
「特に、貴方なら判断出来ると思います」
「…………」
ジョンは思わず無言になった。不意の一撃を面食らい、肝が冷えた。
「まあとにかく、」二の句を告げないジョンを尻目に、アジサイが話を戻す。「ああも見栄を張ってしまった手前、実は嘘でした――では、わたくしの命が危ういでしょう?」
ジョンは目を逸らし、大きく溜め息を付いた。だから、どうしてそういった事を笑いながら言えるのか。彼女は自分がどういった立ち位置にいるのか把握して、それでも優雅な笑みを崩さない。
ジョンは自分がどうするべきかを考える。果たして遺体が本物であるかどうか、今は置いておく。奪われたとアジサイが言う以上、本当に賊に奪われてしまったのだろう。賊がそれをどうするつもりなのかも気になる。
――だが、それよりも重要なのは、
「……どうして僕に頼むんですか。国内の人材で解決出来るのでは?」
「そうかも知れません」アジサイは溜め息を付き、「けれど、その人材達が見付けられないのです。ならば国外の方であっても、優秀な方に依頼したくなるでしょう?」
――真意は聞けそうにない。ジョンは直感的にそう思った。アジサイは何か核心を隠しつつ自分と話をしている。それを聞き出すのは骨が折れそうだ。それにそういった話術は自分ではないのだから、もっと頭のいい奴の出番になるだろう。
だから、彼女にはジョンでなければならない、明確な理由がある筈だ。しかし、それが何かは見当もつかない。それもまた、ジョンには聞き出す術がない。
どうするべきかよりどうしたいか。……どうも以前にも似たような感覚で決断した気がするが、さてはて。ジョンは頭を掻きながらも思考する。
賊は「彼の人」の遺体を奪った。ならば彼らにはソレを何か利用する術、思惑がある訳だ。けれど、それが分からない。一体、過去の偉人の遺体にどんな価値があるのか。
――「分からない」。この感覚に何度も打ちのめされて来た。ベルゼブブと言い、シモ・ヘイヘと言い、宮本ムサシと言い、彼らが背負った大きな想いをぶつけられ、ジョンは言葉を失った。自分は彼らと争える程の情熱を持てた事がないからだ。
……視点がズレた。ジョンは思考を切り替える。――『彼の人』の遺体を手に入れたいと願うなら、十字教かそれに反発する一派の筈だ。最も懸念すべきは遺体を破壊されないかだろう。前者ならともかく、後者が過激派だった場合、怖ろしい予感しかしない。
「それはいつの話です?」
「そうですね……、かれこれ半年より少し前ですか」
切り裂きジャック事件の直後だろうか。まさかベルゼブブの出現がきっかけ――は違うか。それにしても時間が経ち過ぎている。最早手遅れなのでは……。
「いえ、それはありません」アジサイは首を振り、「少なくとも破壊はされておりません。今ならまだ間に合います」
「けれど、英国から皇国へ向かうには時間が掛かり過ぎます。敵に時間を与えたら、どうなるか分かりません。僕では間に合わないのではないですか?」
「移動につきましてはご心配いりません」
アジサイの言葉に、ジョンは思わず首を傾げる。英国と皇国は距離にして約九千キロ以上ある。その膨大な距離を移動するにはどうしたって時間が掛かる。それを心配いらないとはどういう事だろう。
「ですから、貴方次第なのです。わたくしの命の危うきを救うか否かは」
「…………」
ジョンは引き攣った笑みを浮かべる。この女はこういった駆け引きをする性根なのだろう。口より先に手が出る彼は、会話による駆け引きが最も苦手だった。
命を天秤に掛けられれば彼は断れない、それを彼女は知っている。その通りだと、ジョンは否定出来ない事実に歯噛みする。だが、自分が本当に皇国へ行くべきなのか? 積極的に断りたい理由などないのだが、頷こうにも罠にかかりに行くような感覚がなぜか付き纏う。
「僕に何かメリットがあるんですかね」
このままでは流されてしまう。そう直感したジョンはあくまでビジネスとしての意識に切り替えた。それに気付いているのかいないのか、アジサイは詰まらなそうに鼻を鳴らす。
「彼らがなぜ『彼の人』の遺体を欲したのかは分かりませんが、理由は必ずあります。それは貴方の目的に利用出来るかも知れません」
「……どういう意味です、貴方は僕の何を知っているんですか」
「貴方、大悪魔に会いたいのでしょう?」
「――――」
ジョンは言葉を失う。「何故それを」と訊くのは最早ムダかもしれない。どこまで自分について調べ上げられているのか。その情報源はどこからなのか。問い質したいが、のらりくらりと逃げられ、結局徒労に終わる予感しかしない。
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