2-1.

 英国の象徴たるロンドン塔の脇に建つザ・タワー・ホテルがシモ・ヘイヘ、宮本武蔵、ラウムの三名に襲撃されて、幾日か。

 ジャンヌ・ダルクに因る「『地獄』攻略」の提言に動揺を隠し切れないまま、『会議』は一時中断。それぞれの意見をまとめてから再度集合という形になった。


 そして、ザ・タワー・ホテル内の皇国一行が宛がわれた部屋で、

「詳しい話を聞きたいんですがね」

 剣呑な物言いを隠さず、眉間に皺を寄せて和服姿の女性に詰め寄る青年の姿がそこにはあった。黒いコートにパンツ、白いシャツに黒いネクタイを締めた、ボサボサ頭の彼の名は、ジョン・シャーロック・ホームズ。ロンドンを拠点に活動する探偵の一人だ。

「あら、先程言った通りですよ」

 ジョンに詰め寄られるも、意に介さないようにニコリと笑って見せる女性。水無月アジサイ――『国際会議』に召集され、遥か東の果てにある皇国からやって来た王族だ。


 部屋の中には二人の他に三人――、計五人がいた。ジョンのすぐ後ろには彼の助手を勤めるメアリーが立っていた。


 部屋の隅に七三分けにした坊主頭のさっぱりとした印象の男がしゃがみ込み、何やら手を動かしていた。彼の作業を、白いスーツに赤いネクタイを付けた男が見守っている。

「何をしているんですか?」

 坊主頭の男――金田一コウスケの様子が気になったメアリーが、彼の背後から話し掛ける。振り返った彼が少し動いて、自分の手元を見せた。

 小さな皿の上に、白い粒状の何かが高く積まれていた。

「これ、何ですか?」

「塩だよ。『盛り塩』と言って、皇国式の魔除けだ」

 セキュリティーは万全だった筈のザ・タワー・ホテルが悪魔に襲われた。各国の王族は用意された警護だけでは信用出来ず、各自で防御策を追加していた。

「十字架とか、ロザリオは?」

「こちらの国ではあまり十字教は信仰されてないからね、そういうのは主流ではないんだ」

 白スーツの男――明智コゴロウが十字を切るのではなく、手を合わせて見せた。その行為の意味を取れなかったメアリーが、その手を見ながら首を傾げると、コゴロウは可笑しそうに笑った。

 国によって信仰される宗教が違う。メアリーは当たり前のようで当たり前でない事実に気付かされた。


 三人のそんなやりとりを尻目に、ジョンはアジサイの笑顔に尚も不機嫌そうな目を向けたまま、

「冗談を言っているつもりはないんですよ」

「わたくしも勿論、そのつもりですよ」

「…………」

 ジョンの目に危険な光が灯る。こめかみに青筋が立ち、隠し切れない怒気が体から溢れ出ていた。それでも舌打ちや手が出なかった辺り、まだ自制の利く水準だったらしい。

「貴方を皇国の祓魔師に就いて貰いたかったのですが、それはあの場で却下されてしまいましたからね……」

「それはそうでしょうね。僕はあくまで探偵ですから」

「そう、探偵――ですね」

 アジサイはパチンと手を打って、含みのある物言いをした。ジョンは怪訝な目付きを彼女に向ける。


「何が言いたいんですか?」

「貴方に頼みたい依頼があるのです」

 ジョンはアジサイの言葉に対し、猛烈に嫌な予感を抱いた。周囲に逃げる隙がないのは自明の理。話を聞く以外に道がない事を悟り、ジョンは溜め息を付いた。

「内容によります。探偵にだって依頼を受けるか否かの選択権くらいありますから」

「むむ、それは困りましたね……」

 アジサイは口をへの字に曲げ、不服そうな声を上げる。


 ジョンの中で嫌な予感が膨らみ続けていく。アジサイの笑顔や反応に怪しいものはない。けれど、妖しい気配が滲み出ているのは否めない。

 それに彼女の行動には謎が多い。ジョンが名乗ってもいないのに自分の名前を知っていた事を始めとして、先の『会議』中の他国の王族に対する不敵な態度も一体どんな心持ちから来るのか。

 極め付きとして、「『彼の人』の遺体を確保した」という発言。あの乱れた場を収める口上にしては、些か刺激が強すぎる。だからこそ、逆説的に彼女の発言に嘘はないと信じてしまいそうになるが、さて。


「貴方にお願いしたいのはですね、」

 相変わらず笑顔を浮かべるアジサイ。その笑顔は毒か否か。ジョンは生唾を飲んで次なる言葉を待つ。


「――――『彼の人』の遺体を取り返して頂きたいのです」


 ジョンは言葉を失い、耳を疑った。今、彼女は何と言ったのか。それを脳が上手く処理出来なかった。

「おや、愉快なお顔をしていらっしゃいますね」

 しかし、アジサイは相変わらず揶揄うような笑みを浮かべていた。


「……貴方は確か『手に入れた』と仰っていませんでしたか?」

 ようやくジョンは口を開いた、口を開けた。彼が口にした言葉は至極当然の問いだった。

「ええ、そうですね」アジサイはゆっくりと頷き、「手に入れましたが、奪われてしまったのです」


「…………」ジョンは自分の顔が引き攣るのを感じた。お前は何を言っているのかと胸倉を掴みたい衝動を無理矢理飲み込み、「……詳しく、順だって説明して頂けますか?」

「はい、分かりました」

 アジサイはそう言って椅子に座ると、ジョンも座るよう促した。彼は従い、質のいいクッションの上に腰を落とした。

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