1-2.

「……で、どうしたんだよ。なんでオレ達を呼び付けた?」

 しばらくの静寂の後、口を開いたのはベリアルだった。ベルゼブブは「ああ……」と唸るように答えてから、

「皆に聞いて貰いたい事がある。ベルフェゴールが人間界に遣わしたラウムの件だ」

 驚いたように目を見張る三者が、一斉にベルフェゴールへ目を向けた。視線の先にいる彼女はますます萎縮したように俯いた。

「責めている訳じゃないと言ったな、ベルフェゴール」彼女の様子を見たベルゼブブが三者を牽制するように、「訳を聞かせてくれ、お前がラウムを『国際会議』に向かわせた訳を」

「『国際会議』ィ? 今、『教会』連中はそんな事を?」

 ベリアルはそう言ってから、ベルゼブブの強い眼差しを受けて失言だったと気付いた。彼には例え知らなくても仕方のない事情があったとしても、人間界の内情を知らないとは、ベルフェゴールをバカに出来ない怠惰だろう。


 ベルゼブブはベリアルから目を離し、ベルフェゴールに話を促した。

「……はい」ややあって、ベルフェゴールは嘆息交じりに口を開く。「ラウムから打診がありました。宮本ムサシ、シモ・ヘイヘから助力を請われたのでそれに応じたいと」

「許可したのか。見返りは?」

「自分の『繋がり』となる事」

「「「「――――」」」」

 四人が押し黙る。彼女の言葉が、あまりにも意外だったからだ。


 ――「繋がり」、若しくは「縁」と呼ばれる絆。悪魔は人間界に向かう場合、体は地獄に置いたまま、魂だけの姿で向かう事になる。その際、「縁」を頼りにしなければ、アチラに辿り着けない。


 ベルフェゴールはソレをラウムへ見返りに求めた。それは即ち――、

「ちょっとベルフェちゃん、もしかしてアッチに行くつもり……?」


 大悪魔は人間界に「縁」を持たない。あまりにも膨大な時間が経ち、アチラと「縁」を紡げなかったばかりに、彼らは地獄から出られなくなった。彼らと関係のあるヒト、若しくはモノがアチラに無くなったのだ。


 アスモデウスの問いに、ベルフェゴールは頷いてから、ベルゼブブを見詰めた。

「兄上が、アチラに行かれましたから」

「……ああ、そうだな」

 ベルゼブブは苦そうな顔を隠さずにそう言い、頷いた。


 レヴィアタン、ベリアル、アスモデウスの三者もベルゼブブが人間界で行動していた事は知っていた。だが、それを聞いても自分達は特に行動を起こさなかった。

 しかし、ベルフェゴールは違った。常日頃から億劫そうに生きている彼女が、真っ先にベルゼブブに影響されて動き出すとは、彼らに想像出来なかった。だから、彼らは自分を恥じる気持ちで一杯になった。


 押し黙る三者を流し見ながら、ベルゼブブは言葉を続ける。

「俺はモリアーティの話に乗っただけだ。まあ、結果的に良いように使われたのは俺だったがな」

「兄様を使うだなんて……。あの者、野放しにしておくのは危険なのです」

 レヴィアタンの言葉に、ベルゼブブは首を振った。

「いや、あいつはあいつの考えがある。それが俺達の益にならないと判断出来るまでは、放っておいていい」

「兄様が、そう言うなら……」

 不承不承と言った様子で引き下がるレヴィアタン。だが、ベリアルは喰い下がった。

「兄貴はそう言うが、あいつが調子に乗っているのは確かだ。一発、痛い目を見せた方がいい。御し切れなくなったら、あいつは危険過ぎる」

「…………」

 ベルゼブブは二人に詰め寄られても、首を縦に振らなかった。そこまで彼を庇う理由はなんなのかと問おうとした時、

「まあ、あいつに手を出したら、『アザーサイド』が動くかも知れないしねー」

 アスモデウスの指摘は的を射ていた。ベルゼブブは頷いて、

「俺達が動けば、誰かが動く。自分達の影響力を考えろ。人間や他の悪魔達はそれくらい、俺達を危険視している。『国際会議』も俺が人間界に来た事を受けての開催だろう」


「そもそも宮本ムサシとシモ・ヘイヘはどうしてラウムに助けを求めたんだ? アイツらに出来る事なんて、最早たかが知れているだろう」

 ベリアルが話を戻すと、ベルフェゴールはそれを受けて、

「『国際会議』に参加するリチャード・ザ・ライオンハートの殺害が目的だと言っていました。どうやら失敗したようですが……」

「お前は彼らにどういう形で手を貸した」

 ベルゼブブが聞きたいのは恐らくそれなのだろう。ベルフェゴールは彼の目を見ながら、

「わたしはシモ・ヘイヘの『魔眼』を治療しただけです。彼の眼は『聖戦』で使い物にならなくなっていましたから」

「それを使えるようにしたのか」

「ええ、あくまで『眼』としての機能を、ですが。『能力』の行使によるダメージまでは治療しておりません」

「……なら今頃、シモ・ヘイヘは死んでいるか」

「はい、その筈です」

 ベルフェゴールの返答を聞き、ベルゼブブは目を伏せる。『国際会議』を機に再び動き出した彼らの奮闘に、例え失敗したとは言え、敬意を表したいと思った。


「シモ・ヘイヘがそうだとして、宮本ムサシはどうなった?」

 ベリアルの問いに、ベルフェゴールは答える。

「ラウムと共に姿を消しました。未だ連絡はありません」

「一体どこへ消えたのでしょう……」

「それこそ、『アザーサイド』じゃなーい?」


 ――『アザーサイド』。それは大悪魔達にとっての目の上の瘤。しかし、彼らに人間界との「縁」がない以上、手の打ちようがなかった。


「『第九分隊』の面々については手出しなくていい。『国際会議』に手を出した以上、奴らは『教会』の敵だ。利用出来るようなら利用すればいい」

 ベルゼブブの結論に、各々が頷いた。心持ちはそれぞれあれど、話を進めるのが先決だと判断したからだ。


「話を整理したいのですが、」レヴィアタンは口を開き、「ベルフェが人間界に手を出した理由は分かったのです。けれど、兄様はどうして人間界へ赴いたのですか?」

 人間界では半年以上前の話だが、口を開かないベルゼブブに誰も尋ねる事が出来なかった。レヴィアタンは緊張した面持ちを隠せず、意を決したように彼へ問い掛けていた。

「モリアーティに踊らされた事もあるが、何よりあの場に『特異点』が発生した。その回収が最も重要だった」

 ベルゼブブの言葉に、その場の全員が一様に黙り込んだ。

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