19-7.
雷帝の鋭くも分厚い巨斧のような視線が、ジョンを真っ直ぐに貫いた。
「下らないとはどういう事だ――、むっ。貴様、ホテルで何やら動き回っていた探偵か! ああ、そうだ! リチャード殿の言う通り、貴様が最も胡散臭い! 一体貴様はどこから来た!」
「わたくしが呼んだのです」
その返答では、ホテル滞在時から自分を手配したのは貴女になってしまうのでは。ジョンはそう危惧し、アジサイへ視線を送った。それに気付いているのかいないのか、彼女はジョンの方へ振り返らずに立ち上がり、胸を張って言葉を続ける。
「わたくし達の与り知らぬところで我が国の祓魔師が失踪しました。ならば代役が必要となりましょう。その為に彼を呼びました」
「何を言っている。奴は探偵だぞ、代わりになど――」
「如何でしょう」アジサイは雷帝の言葉を遮り、冷たく笑う。「彼は選りすぐりの祓魔師よりも、よっぽど活躍して頂いたように思いますが?」
部屋の空気が一層険悪に陥る。冷ややかな視線を浴びながら、アジサイの後ろに立つコゴロウが口元を手で覆い、くつくつと笑った。
「皇女、もう逃げられませんよ」
「そんな事、はるばる海を渡って来た時から変わりません」
アジサイの言葉に「それはそうだ」とコゴロウは再び笑った。そして腕を広げ、大仰な動作でジョンとコウスケを手招きする。
「……何を考えているんですか?」
ジョンは雷帝に睨まれながら移動すると、アジサイに小声でそう尋ねた。彼女はいっそ妖しく笑い、
「貴方は貴方の思う通りに動いてくれれば良いのです。結果、それがわたくし達の安全に繋がるでしょうから」
それではホテルにいた時と変わらないのではないか。ジョンはそう思い、頭を掻いた。
「好きな事ばかり言いおって……。貴様らにそんな発言力があると思っているのか」
「確かにホテル襲撃の責は誰かが取らなければ」
「ならば、明らかにしなければならない事が大積みです。そんな時間はないでしょう」
「話をはぐらかすな。だから、疑われるというのだ」
「英国は潔白です。やましいところなんてどこにもありませんわ」
「…………」
「ああ、本当につまらない。来なければ良かったかしら」
異口異音。バラバラの意見をばら撒く室内は誰にも整理出来なかった。
漂流した混沌に支配され、誰もが手の付けられない状況に置いていかれるばかりで、思考も意見もまとまらない。
投げ付けるだけの言葉。更に速度を増して投擲が繰り返される。押し付け合い、押し潰し合い。合っているのは攻撃のテンポだけで、誰も受け止めようとする者はいない。
入り混じった言葉は言語という体裁をなくし、乱雑化する情報は飛び交う銃弾。受け止めてはこちらの体が傷付くだけだ。だから反発する、けれど反発する。
「我々は――、」そんな中でアジサイが周囲の声を遮り、口を開く。「――『彼の人』の遺体を、確保しております」
雑然とした室内が、一挙に静まり返った。全員がアジサイへと視線を向けていた。瞳の色は困惑、疑念、混乱、緊張、狼狽、混迷――。流布する違う色の混沌を切り裂き、アジサイは椅子から立ち上がる。
「不毛な言い争いにそろそろ飽きませんか? 我々には無駄に費やす時間などない筈です」
「待て待て待て」驚愕を露わにし、早口で捲し立てるリンカーン。「『彼の人』の遺体だと? それが本当だとして、なぜ皇国に『彼の人』の遺体がある?」
「『彼の人』の行いをわたくし達が正しく理解出来るとでも?」
「…………」
リンカーンは押し黙る。『彼の人』の全てを知る者はいない。聖書にも伝われていない伝説は幾らでもあるだろう。復活した後の『彼の人』が東の果てに向かったとしても、それを否定出来る材料はないのだ。
「わたくし達が所有する遺体が本物かどうかは、『教会』に判断して頂くとして」アジサイはジャンヌの方へと目を向けた。「ねえ、ジャンヌ様。貴方が口をお開きにならないと、いつまでもこのような時間を過ごし兼ねません。よろしければ、わたくし達を集めた訳をお話になって下さいまし」
言葉を向けられたジャンヌがゆっくりと目を開く。
「……耐え兼ねますね。まるで子供のようです」
大変ご立腹の様子、全く糞っ垂れだね。ジョンはジャンヌの低い声を聞き、面白そうに口元を歪めた。そんな彼に、ジャンヌの後ろに立つジャネットが咎めるような視線を刺していた。
「私が聖人、王族、祓魔師、探偵の皆様にお集り頂いたのは、ある一つの提案があり、その賛否を求める為です」
ようやく口を開いた聖女の重々しい口調に、誰もが口を閉じて聞き入るようにする。ジャンヌは全員の瞳を見回すようにしてから、
「聖人が七人揃うのは人類史に於いて初――。私はこれを、これ以上ない好機だと捉えました。今を逃して次はない。『人間』が最も強い時代こそが今なのです」
それは確かに。七大天使に啓示を受けた者が『聖人』。その七人が揃ったのは人類史史上初だった。だがそれが何を指し、ジャンヌが何を言いたいのかまでは彼にも分からなかった。誰もが口を挟まず、ジャンヌの次の言葉を待った。
「私は提言する――」
ジャンヌは顔を上げる。何かを睨むように前を見る。その瞳の強い輝きは星の煌めき。過去、現在、未来を見据え、それでも前に突き進んで来た「人間」という生物の強さ。その集大成を今、ここに刻み込もう。
「全世界の力を一つに集め、今こそ、我々人間は『地獄』を攻略する――――!」
――それは誰もが発想すらし得ない発意。
悪魔と天使の狭間で生き抜くヒトの解放。
迷える子羊達が紡いで来た、歴史の編纂。
神に示すはヒトの底力、その誇りと価値。
原罪の変換、現在の変革――、今を生きるヒトは自らの足で貴方の下へ向かいましょう。
彼女の言葉に誰もが息を引き取ったように静まり返り、ただ時間だけが流れていった。
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