19-6.

 円卓は進行役であろうジャンヌを時計回りにイヴァン、アナスタシア・グローズヌイ、ブラッドアクス・リンカーン、アラン・ピンカートン、エリザベスⅡ世、ゲオルギウス、リチャード、アーサー、バト・シェバ、サラディン、水無月アジサイ、天海、マリー・アントワネットと並んでいた。各国王家の後ろには探偵と祓魔師が立っていた。


「なぜ会場が英国であり続けるのか、理由を問いたい。あのような杜撰な警備しか出来ん英国であり続ける理由をな!」


 そう大声を荒らげるのは露国の皇帝、イヴァン・グローズヌイだった。身体のほとんどの部分を機械に置き換えた鋼鉄の巨躯、そして決して揺るがぬ鋼の意思は「雷帝」の名と共に諸外国の者の耳にも届いていた。


「警備に関して、我が国は関与しておりません。今回の『会議』は全て『教会』の管理下にあります」


 しかし、雷帝の声に臆する事なく淡々と答えるのは、英国の歴史と共に生きてきた女王、エリザベスⅡ世。深いヴェールのトークハットの下にある顔は伺えず、ヴィクトリアン調の黒いドレスはまるで喪に服しているようで、どこか不気味だった。


「英国は今回の襲撃に際し、犯人側に関与している疑いもある」

「――なんですって?」

 それまで落ち着いていたエリザベス女王だったが、その雷帝の言葉には眉を顰めた。遺憾だと声を上げた彼女に対し、雷帝はフンと鼻を鳴らす。

「貴様らの人選が襲撃を想定し、事前に準備したものだろう。聖人を三人有し、尚且つ祓魔師を二人。確かヘンリー・ジキルは二重人格者で、別人格者のヘンリー・ハイドが祓魔師であったな? 確実に自分達が生き残り、有利に立ち回る為の人選だ」

 雷帝の言葉に、ジョンはそんな噂話を聞いた事があるなと思い返す。まさか事実だったのかと、ジョンはハイドの方を見る。彼はしかし無表情に顔を固めたまま、エリザベス女王の後ろに立っていた。


「言い掛かりにも程があるでしょう」口元を扇子で覆って失笑を隠し、そう口を開いたのは皇国の皇女、水無月アジサイ。「露国の帝は頭脳まで鋼鉄にしてしまったのですか?」


「ほう……」雷帝が不敵に口元を歪めた。「随分と上等な口を叩くな、小娘風情が。貴様らの連れて来た奴が何をしでかしたのか、覚えていないとでも?」

「確かに宮本ムサシは大罪人ですけれども、わたくし達は何も関与しておりませんから」

「自分で連れて来た奴の手綱も握れない癖に、大きな口を叩くなと言っている。あのホテルで一体何人が死んだか知っているか?」


「手綱という言葉は、後ろに控えておられるイリヤー殿に失礼ではないか? まるで貴方が彼を手懐けているとでも言いたげだ」

 続いて口を開いたのは英国と大西洋を挟んだ反対側の大国、米国大統領ブラッドアクス・リンカーン。南部の対立という国家分立の危機を救った英雄相手でも、しかし雷帝は牙を剥く。

「小娘が小娘なら、貴様は小童こわっぱだ。国を統べた経歴も経験も浅い素人が何を喋ったところで意味など生じん。そして我が民は皆、すべからく俺のモノだ。民は王を称え、王は民を導く。そのカタチこそが王道であろう」


 強烈な自負心。氷と機械の国を統べる彼の王としての矜持は揺るぎないもの。でなければ、自身を機械化して不死身を造ろうとは考えないだろう。


「貴方と比べてしまえば、誰もが子供でしょう。お歳を考えて口にして欲しいものですわ」

 アジサイはクスクスと笑みすら零す。立ち向かっていく彼女の胆力も大したものだ。自分が弱い立場にあるとしても、決して引かぬ姿勢は見習うべきかも知れないと、ジョンは他人事のように考えていた。


「もう、つまんない」

 小さくそう零したのは法国の王妃、マリー・アントワネット。彼女は一生に一度あるかないかの『国際会議』に「面白さ」を求め、夫であり国王のルー16世を押し退けて参加した。しかし、実際に目の前に広がるのは怒号ばかりが響く室内。その光景に、拗ねた子供のように口を尖らせ、溜め息を付いた。


 そんな殺伐とした空気の中、唯一口を開かないのは以国の女王だった。バト・シェバは左の薬指にある金の指輪を執拗に擦りながら、繰り広げられる言葉の応酬の矛先が自分に向けられる事のないよう祈り続けていた。


 以国は魔人王が生まれた国だ。しかも先代の王の息子であり、バト・シェバが産んだ子でもあった。『聖戦』終結後、半ば強いられる形で彼女は王座に就いた。それはお前の産んだ子が仕出かした戦乱の責を取れと言われているのと同義だった。彼女は自分がこの空間で最も弱い立場と信じて疑わなかった。


「大体、今回の『会議』への参加国にも納得がいかん。なぜ聖人のいない米国と、外と交わらぬ牢獄そのものの皇国がいるのだ」

 巨躯が立ち上がり、テーブルを大きな音を立てて殴る。


 そんな様子を見ながらコウスケが、

「……この調子で、話が一向に進まない。この状況をなんとか打破したい」

「成程な」

 ジョンは腕組みをして、コウスケの言葉に頷く。これでは当初の目的が何も進まない。ジャンヌの方へ顔を向けると、彼女は目を閉じたまま無表情だった。しかし、長年の付き合いで得た勘だろうか、彼女が努めてそうしているのが分かり、ジョンは「不機嫌そうだな」と苦笑した。


「この空気を変えればいいのでしょう?」

「……まあ、出来るのであればそう願っているが……」

 ジョンの言葉に、今度はコウスケが頷く。しかし直後、露骨に嫌そうな顔をした。目の前の男が膠着状態を打破する為にやりそうな行動を想像したからだ。――そして彼の想像は当たってしまった。


「なあ、ジャンヌ。いつまでこんな下らない話に付き合い続けるつもりだ?」


 ジョンのその言葉が、鶴の一声になった。

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