19-5.
「皇国は祓魔師を失くした。貴方にはその後釜になって頂きたい」
「そんなバカな……ッ」
ヴィクターが絶句した。ジョンは探偵であり、祓魔師ではない。確かに悪魔と渡り合える力を持っているだろうが、決して祓魔師ではないのだ。
「今から本国から祓魔師を呼ぶには時間が掛かり過ぎる。だから、即興で用意出来る手段として、皇女は貴方を選んだ」
「……僕は別に構いませんが、他の国が許すか分かりませんよ」
『会議』内に於いて皇国の立ち位置は悪いだろう。何せ同行した祓魔師が『教会』に牙を剥いたのだ。会場では針の
「『会議』はろくに進んでいない。その修正に、ジャンヌ・ダルク様は四苦八苦しておられる」
「…………」
ジョンはジャンヌの名を聞き、顔を曇らせた。彼女が困っている姿は珍しいが、目にしたいとは思わない。
「他国がどう出るかは分からないが、いい加減流れを変えたい。……と言うよりも、皇国に今回の責を全て擦り付けられるのを回避したい」
恐らくそれが本音だろうと思いながら、ジョンは口を開いた。
「貴方達は宮本ムサシの狙いを知らなかったのですか?」
コウスケは少し睨むように目を細めてジョンを見、
「――知らない。信じて貰えるどうかは分からないが、我々は本当に知らなかった。前夜祭に彼が参加しなかったのも、本人がああいった催しは慣れていないと申告したからだ」コウスケは言ってから、床に視線を落とした。「……『会議』が襲われるような事はないと、高を括っていたのは確かだ。熟考して、何が何でもあいつを参加させていれば、こんな事にはならなかっただろう」
コウスケの後悔の念は本物だった。ジョンはそれを感じ取り、気まずさに頭を掻いた。
「……いや、失礼な質問でした。それに、もしもあいつが会場にいたとして、シモ・ヘイヘと共に、中と外から襲撃されるような事になったら、僕らは全滅していたかも知れません」
ジョンはそう言いながら、実現していたら最悪のシチュエーションだなと胸の中で独り言ちる。同感なのか、コウスケも嫌そうに口元を少し歪めた。
「……とにかく、貴方には自分と同行を願う。来て貰えるか」
「……さっきも言いましたが、僕は構わない。だが貴方達の国が余計に悪い立場にならないかが不安です」
ジョンの心配を、コウスケは杞憂だと首を振る。
「皇女だって何も考えていない訳じゃない。貴方を呼ぶからには何かしろの切り札がある筈だ」
切り札――。ジョンは考えるが、その正体にはピンと来ない。だから考え方を変えた。
ジョンは「前夜祭での悪魔の動向」を依頼された。だから前夜祭が終わってしまえば、『会議』に関わる口実はないのだ。だが、皇国からの依頼を受ければ話は変わる。『会議』本番に入り込めるのだ。これは願ってもないチャンスなのではと、ジョンは考え直した。
シモ・ヘイヘと宮本ムサシの口からジョンの目的である『怠惰』の存在は伺い知れなかった。MI6に送られたあの手紙は動揺を誘う為のガセだったのか。けれど『怠惰』が関係ないにしろ、襲撃は実際に行われた。結果的にあの手紙が完全に悪戯だった訳ではない。
……それにしてもあの手紙はどこから送られて来たのだろう。あの手紙が遠回しに今回の襲撃を示唆していたのだとしたら、送り主はどこからその情報を得たのか。あの襲撃はヘイヘとムサシが二人で組んだ案の筈だ。彼らは他の協力者の存在をひた隠しにしていた可能性がある。ならば――、まだ事件は終息していない。しかし、第三者が誰かなど見当もつかない。……その正体こそが『怠惰』かも知れないが、全て憶測に過ぎない。
コウスケに促され、ジョンは彼と共に病室を出た。その後をジャネットとハリーが続く。
「なんでお前らまで来るんだよ」
「君はリチャード様の前であれだけ暴れたんだ。また暴挙に及んだら、誰かが止めないといけないだろ」
「そうねぇ。それにどうせ仕事に戻らなきゃいけないんだし、いいタイミングよ」
ジョンは「そうかい」と詰まらない返事をして、前に向き直る。そのぶっきら棒な様子に、ジャネットとハリーは顔を見合わせ、互いに苦笑を浮かべた。
病院から出、真っ直ぐにザ・タワーを目指す。ジョンは途中、ザ・タワー・ホテルとタワー・ブリッジの様子を伺う。橋桁は再び上げられ、橋の両端には警官が警備に当たっていた。当初の予定では『会議』に関するセキュリティーは全て『教会』が担当する筈だったが、どうやらタワー外周の警備には警察も参加する事になったらしい。
ザ・タワーは中世に建てられた英国王家ゆかりの城塞だ。首都の中心部にあるとは思えない程に広大な敷地、英国の歴史を支え続けた強固な城壁に囲まれたその中心――、小高い丘の上に立つホワイト・タワーが『国際会議』本会場として選ばれた。
ジョン達はホワイト・タワー内部にある礼拝堂に通された。いつもは閑静なその場所は、巨大な円卓を中央に置いた会議室となっていた。
両脇で「人形」が警戒に当たる扉を潜ると、そこで行われていた舌戦をジョンは目の当たりにする。
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