19-4.
「あれ、ドアが開いてる――、あっ、お兄ちゃん!」
部屋の外から声がした。三人がドアの方へ振り返ると、メアリーが飛び込んで来るところだった。
「お兄ちゃん、もう大丈夫なの?」
メアリーはジョンの手を掴み、真摯な目で彼を見上げる。ジョンは彼女の様子に気圧されながらも、
「お、おう、大丈夫だよ。寝過ぎて却って調子がいいくらいだ」
「そうなの? 良かった~」
ふにゃふにゃと力が抜けたように、メアリーは床にへたり込んだ。ジョンは「おいおい」と呟いて、彼女の脇を抱える。
「お兄ちゃん、平気で自分から傷付きに行くから、それが時々怖いよ……」
「――――」
ジョンはメアリーのポツリと零した言葉に、豆鉄砲を喰らったかのように目を見開く。いつか似たような言葉をジェーンに言われた事があるからだ。それを思い出し、自分が他人に同じような印象を与え続けているのかと顧みる。……まあ、無理もないかとジョンは独り言ちる。確かに今回は、自分の体質をアテに無茶をし過ぎたように思える。先のヴィクターの暗い顔もその所為だ。
ジョンは手首に刻まれた「傷」を見る。コレは自分に与えられた「能力」だ。コレを駆使した戦い方しか、もう自分には出来ないだろう。だが、それで誰かを救える、助けられるのだったら、それでいいと彼は考える。彼は自分自身すらも「道具」や「武器」という手段として割り切り、プランを組み立てる。彼は残酷なまでに現実主義だった。だから、彼は恐らくこの先も変わらない。これ以外の生き方を知らないし、これで善いと考えてしまうからだ。
例え、その傷だらけの姿に誰かが心を痛めていたとしても――――。
「気にすんな、この体は勝手に治るんだ。死ななきゃなんともねえよ」
ジョンはどこか面白い冗談みたいにそう言った。
それを聞いたヴィクターは「そういう問題ではない……!」と、思わず叫びそうになった。だが、ヴィクターは笑顔のままそれを堪え、胸を掻き毟った。
そんな事を知る由もないジョンは傍に掛けてあった自分のコートを手に取り、ポケットを漁る。
「なに、煙草? 吸うなら外に行きなさいよ」
「ホテルの大広間にいた頃から吸えてないんだよ。いい加減に我慢の限界だ」
ジョンの言葉に、ジャネットが「ぅん?」と首を傾げ、やや震えた声を上げる。
「えっ、と。そう言えばジョン、ホテルの大広間にいた時ってどんな格好してたっけ……?」
「あァ?」コートを脇に、煙草とライターを手に部屋を出ようとするジョンは声を上げて、振り返る。「どうって……、額の傷を隠す為にターバンを巻いて――……って、ジャネット?」
ターバン――。その言葉を聞いた途端、ジャネットの顔が火を点けたように赤くなった。ヴィクターは思わず吹き出して顔を逸らした。メアリーは首を傾げた後、「ああっ」と言って手を打ち鳴らす。
「あの窓際にいたの、お兄ちゃんだったんだ。……あれっ? じゃあ、お姉ちゃんはお兄ちゃんの事を――」
どうやらジャネットの体は好調なようで、いつも変わらぬ素早い動作でメアリーの口を塞ぐと、彼女共々ベッドへと倒れ込んだ。
「……何してんだお前ら」
「なんでもない! なんでもないわよ!」
尚も顔を赤らめたままのジャネットが額に汗を滲ませながら叫ぶ。その姿に呆れたような視線を向けていると、コンコンと部屋のドアをノックされた。
ジョンがそちらに振り返ると、部屋の外には意外な人物がいた。
「取り込み中のようだが、失礼する」
坊主に丸めた頭、黒の半着に袴姿。清々しい印象から一線を画した刃物のような鋭い目付き。皇国付きの探偵、毛利コゴロウの助手を務める金田一コウスケがそこにいた。
「なんで貴方がここに?」
「見舞いに来た訳ではない」淡々とした口調にはしかし、冷たさはなかった。声に感情を込めないのは彼の癖なのだろう。「ジョン・シャーロック・ホームズ、貴方に用があって来た」
『会議』に参加する探偵の助手が自分になんの用があるのか。ジョンは名残惜しそうに煙草を仕舞うと、コゴロウに話の先を促した。
「我が国の皇女から、貴方に依頼がある」
「――――」
ジョンは予想外の言葉に眉を上げる。それは背後にいたヴィクター達も同じだった。
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