19-3.
「『聖戦』で何かを見た。ソレが理由になって第九分隊は皇国に幽閉された。そして理由を同じくしてモリアーティと分隊員は袂を分かった。多分、ソレに対する意見が分かれたんじゃないかと思う」
ジョンの言葉を聞くと、ジャネットは溜め息を吐いてから、
「で、その後、悪さばかりするようになったと。……まあ、『教会』に対する反目なんだろうね」
「半年前にモリアーティと会った時にキナ臭い事を言ってたし、今までの全部が準備だったかも知れないわね」
「半年前――、ああ、例の切り裂きジャック事件か……」
ハリーは丸眼鏡のリムを持ち上げる。彼が何かしらに困っている時の癖だ。ジョンは、彼に切り裂きジャック事件の終わりにモリアーティから聞いた言葉を話してみせる。
「成程、『「世界」と言う名の舞台』ね……。それは確かにキナ臭い」
「あいつが僕らを役者だって言うなら、お前もその一人だ。気構えくらいしとけよ」
「君こそ、あまり無粋な様を見せるなよ」
それを言われてしまったら、何も言い返せない。そして何より事実だからどうしよもない。ジョンは深く息を吐き、心底申し訳なさそうに頭を下げる。
「もう勘弁してくれ。僕だってマイナス思考が続けば、ああなるんだ」
「ふうん、やけに素直じゃない。じゃあ今度、お詫びで何か奢って貰わないとね」
「糞っ垂れ、何も言えねえよ。……じゃあ、『会議』が終わったらな」
「言ったからね、忘れないでよ?」
ジャネットがそう繰り返すと、無邪気に両手でピースサインを掲げて見せた。彼女の嬉しそうな笑顔を見、ジョンも思わず微笑んでいた。
――そうだ、その程度なんだよ、ジョン。ヴィクターはジョンの安心し切った笑顔を見ながら小さく頷く。君の罪悪感も彼女の憎悪も、けれど笑顔一つで消えてしま うような曖昧なものなんだ。だから、君が無為に傷付く必要なんてない、誰もそんな事は望んでいないんだ。
「本当に、悪かった」ジョンは少し俯き、やがて意を決したように、「それからジャネット、本当に――、ありがとう」
――きっとこの先、後悔しないで生きていく事はない。悔恨ばかりが押し寄せて来る事だろう。後ろを振り返ってばかりになるだろう。
それでも、自分には彼女がいる。周りにはたくさんの友人がいる。皆の言葉があれば、道を違える事はないだろう。
感謝の言葉を向けられたジャネットは、しかしジョンの顔を見て怯えるように身を引いた。
「な、なによ急に。そんな怖い顔して感謝なんか言わないでよ」
ジョンは知らず、眉間に皺を寄せ、強張った表情になっていた。今まで畏まって誰かに感謝を伝えた事などない彼は、慣れない言動に緊張してしまったのだ。
それを敏感に察したヴィクターが「ブハッ」と吹き出した。
「感謝を言い慣れていないなんて、君の人間性の程度が知れる――ぎアッ!」
彼の歯に衣着せぬ物言いに、例え事実であったとしても癇に障るものがあった。ジョンは苛立ちに任せて枕を手に取り、勢い良くヴィクターに向けて投げ付けた。見事に顔へ命中し、ヴィクターは悲鳴を上げて引っ繰り返った。
「……もう、何してんのよ」
ジャネットは苦笑する。それを浮かべる中で、ジョンの言葉を噛み締める。
――「ありがとう」。単純で単調なその言葉。その中に詰め込まれた多くの意。ジョンはいつだって素直じゃない。恥ずかしがり屋の彼だから、全てをはっきりとは口にしないだろうな。でも――、アタシには分かるよ。
ジャネットはそう口には出さず、それでもニコリと笑って、
「ねえ、ジョン。アタシと『専属契約』してよ」
「……あァ? 急にどうした?」
探偵は調査した事件に悪魔が関わっていると突き止めた暁には、『教会』へ連絡し、祓魔師の派遣を要請する。その際に探偵と祓魔師の間で契約が結ばれている場合、優先的に契約相手が派遣される。そういった契約を『専属契約』と呼ぶ。有名なのが、シャーロック・ホームズとジョン・H・ワトソンの二人だ。本当に信頼し合う両者が揃って成り立つ契約だった。
ジャネットはジョンとそうなる事を望んだ。ジョンはそれがどういう意味なのか、分からない訳ではなかった。――そして、それを拒否する理由がない事も知っていた。
「……じゃあ、さっきの詫びの件はそれで手打ちな」
しかしと言うか、やはりと言うか、素直に頷けないのがジョンだった。皮肉気に唇を曲げる彼の表情を見、仕方なさそうにジャネットは溜め息をついて、
「まったく、しょうがないわね」
「あァ? やけに素直だな」
ジョンは肩透かしを喰らったようで面食らう。ジャネットは目を丸くする彼を尻目に、余裕そうに髪を靡かせて見せ、
「だって、『契約』してくれるんでしょ? じゃあ、アタシは文句ないわよ」
「…………」
「『契約』するには正式文書で申請しなきゃいけない。だから何にせよ、『会議』が終わってから話をしましょう」
「そ、そうだな……」
オトナな対応をされた気がする。ジョンはなんだか負けた気分だった。彼の不服そうな目を、得意そうな表情で受け流して見せるジャネット。……両方とも子供染みているんだよなあと、ハリーはそう胸中で呟きながら、努めて無表情を貫いた。
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