19-1.

 搬送された先の病院でジョンが目を覚ました頃には、ザ・タワー・ホテル襲撃事件終息後から丸一日が経っていた。


「またかよ……」

「寝すぎだよ、君」

 ヴィクターからそれを知らされたジョンはベッドの上で胡坐あぐらをかきながら、うんざりした顔でそう言った。


「……で、ジャネットやハリーは無事か? ホテルにいた皆は?」

「ああ、それなら心配いらないよ、皆無事だ。ジャネットとハリーもここに入院しているけど、治らない傷じゃあない」

 しかし、タワー・ブリッジやホテルに倒れていた警官、ホテルスタッフ達からは多くの死傷者が出た。ジョンは苦々しい想いを隠せず、音が鳴る程強く歯を噛んだ。どうにかすれば一人でも多く助けられた選択肢があったかも知れない。そう考えると、とてもじゃないが遣る瀬ない。


「……『会議』は今、どうなっている?」

「聖人達も全員到着し、タワー内で既に『会議』は始まっているよ。滞りなく――……とはいかないようだけどね」

 議論はあまり進展せず、ホテル襲撃の責任問題で揉めているらしい。ジョンは主催しているであろうジャンヌを気の毒に思った。


 ジョンはその他の情報もヴィクターに尋ねた。事件についてどういった報道がされているのか、事件後のホテル周囲の状況、そして犯行に及んだシモ・ヘイヘと宮本ムサシについて。

「……話はいろいろ聞いたよ。犯人はシモ・ヘイヘに宮本ムサシだってね。かつて『聖戦』で大きな武勲を立てた筈の二人の反乱とはねえ……」

「詳細な動機までは分からないけどな」

 ――「……あの『聖戦』は正しいものではなかった」。『教会』が敵だと定めた魔人王は「敵」ではなかったと言うのか。もしそうだとして、彼らが戦争の中でそう判断するに至った経緯や原因がある筈だ。

 きっと「それ」を同じ部隊にいたシャーロック、ワトソン、そしてモリアーティも見ただろう。「それ」を切っ掛けにモリアーティは悪に堕ちた? だが、シャーロック達は違った。シムナとムサシからすれば、シャーロック達は裏切り者になるのでは? しかし、二人の恨み節は彼らの口からは聞けなかった。恐らく「それ」を見た彼らは、それぞれ独自の考えを以て行動し始めたのだろう。


「『聖戦』で何かが起きたんだ。それがなんなのか突き止められれば、全て分かる。調べられるアテがあればの話だが……」

「そうだねえ、『聖戦』についての情報は全て『教会』の手の内にあると言っていいからねえ」

 なぜ、『教会』が執拗に『聖戦』の情報を規制するのか、今まで強く疑問に思った事はなかった。けれど知られては都合の悪い情報があるとすれば、合点がいく。


「君が『聖戦』について調べたいのは分かったし、協力もするが、それより――、」ヴィクターが眉間に皺を寄せて、ジョンに詰め寄った。ジョンはこいつがこんな顔をするのは珍しいなと暢気な感想を胸の中で呟いていた。「君の体はどうなっているんだ。正直に白状して貰うぞ」

 どうやらご立腹の様子、全く糞っ垂れだね。ジョンは口の端を曲げて、頭を掻く。逃げたり、誤魔化したりする事は出来なさそうだ。


「詳しい原理は知らねえよ」ジョンは右手首にある『聖痕』を見詰める。「……この『傷』の所為で、怪我が勝手に治るようになった。僕は昔から傷の治りが早い方だが、それが増長されるような感覚だよ」

「そんな言葉で済ませられるか。君のアレは度を越えているだろう……!」

 あまり聞かないヴィクターの大声に、思わずジョンは面食らった。

「僕だって、今回の件でコレが異様なモノだって事は身に染みて分かったよ。ぶった切られた腕すら元に戻るとか、ヤバ過ぎるだろう」

「『悪性の拒絶』という範疇を超えている。君のその再生能力は異常だ、いずれ必ずカウンターが来る。そうなる前になんとか――」


 ヴィクターの医者としての危機感だろうか。焦りながら慌てているヴィクターに奇異の視線を向けながらも、ジョンはその心遣いには感謝していた。けれど――しかし、

「……僕は使えるモノなら使う。この体があったから、宮本ムサシもなんとか凌げた。僕がこうじゃなかったら、あいつとやり合って死んでいた筈だ」

「……君は改めないつもりなのか? この先も、このままで? 傷が勝手に治るからと、わざわざ敵の前に立つつもりか?」


 ジョンは――――、何も言えなかった。ポツリポツリと言葉を吐き出すヴィクターの表情は苦し気で、彼のそんな顔は見た事がなかった。いつだって空気を読まずにおちゃらけて、道化のように振る舞う彼を出会った当初こそ毛嫌いしていたが、やがてそれが味なんだと受け入れられた頃には、ジョンにとって彼は掛け替えのない友人になっていた。彼にこんな顔をさせてしまい、申し訳なさは勿論ある。それでも、それでも――、ジョンはジョンでしかなかった。


「主義は曲げない。僕は僕の出来る事をするだけだ」


「そう、か……」

 ヴィクターが声と共に肩を落とす。ジョンはいっそ苛立たし気に頭を掻いて、

「どうしたんだよ。お前、この前言ってたじゃねえか。僕がどんな怪我をしようと絶対に治してやるって」

「ああ、言ったね。言ったけれどね――」


 果たしてボクが必要なのかい。ヴィクターのその暗い呟きに、ジョンは何も言えなくなってしまった。

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