18-4.
「小悪魔風情が、小癪ナ……っ」
声に苛立ちを滲ませるアーサーが続けて繰り出した袈裟斬りを、ムサシはラウムを抱いて後方に跳んで躱した。
「ラウム殿、かたじけない……ッ」
脂汗を流しながら、ムサシがラウムを診る。肩から胸にかけて裂かれ、既に事切れていた。ムサシは静かに遺体を横たえると、刀を鞘に納めて深く息を吐いた。
「観念したようだナ」
そう言うアーサーに対し、ムサシは「呵々」と声を漏らす。
「続けるのも吝かではないが、終いだと言うのでな――」
アーサーが不審そうに体を揺らす。彼がムサシに発言の意を問おうとした時だった。
横たわるラウムの遺体から、爆散するように数多のカラスを吐き出した。
「貴様……ッ」
カラスが鋭い嘴を立て、さながら槍のようにアーサーへ、サラディンへと襲い掛かる。重力と電流で払われたとて、次々と機関銃のように襲い掛かる。その一方で、別の群れがムサシの周りをグルリと囲んで遊泳していた。
ムサシを他所へ「転送」する気か――。ジョンはラウムの意図に気付き、咄嗟にムサシへと詰め寄った。しかし、それに気付いたカラス達が一斉にジョンに向かって襲い掛かる。
「糞っ垂れ!」
ジョンは体の前に両腕を揃えて体を丸くして、立ち止まらざるを得なかった。腕の隙間からムサシを覗くと、彼はどこか寂しそうに微笑んでいた。
「今日の俺の最大の報酬は、貴公ら三人に出会えた事だ」ムサシは彼ら三人に振り返る。「かつての戦友の子供達と鎬を削る羽目になるとは、人生とはまこと何が起こるか分からんな」
「待てよ、糞が……ッ! 親父とモリアーティに何があったんだ。どうしてあんたとシモ・ヘイヘが『教会』の敵になったんだ!」
「…………」ムサシは――しかし、答えない。微笑みを浮かべたまま、首を振った。「済まんな、それを語るには時間が足りない」
「…………!」
ジョンが強く歯を噛み、牙を剥く。苛立ちと怒り、自分達は何も出来ず、敵のいいようにしてやられただけでなんの戦果も得られなかった。このままみすみす逃がせるものかと、ジョンはカラスを振り払って前に出ようとするが、さらに勢いを増してカラスが襲い掛かって来る。
「糞っ垂れ! 邪魔なんだよ!」
大声で怒鳴り、『十字架』でカラス達を蹴散らしながら突き進むジョンに向けて、ムサシが面白そうに声を上げて笑った。
「貴公の気合は本当に清々しいな! ジョン、ジャネット、ハリー。貴公らとは必ずまた相まみえるだろう」
ムサシがジョンに向き直る。立ち込めるカラスの群れで、お互いの姿はもうほとんど見えない。それでもジョンは闇雲に前に突き進む。
「ジョン、世界を見ろ。善と悪を見極めろ。貴公の目なら必ず正しいモノを見定められる」
「何を言ってんだよ、テメエは――!」
「俺の言葉が、そして俺達の意思が何を意味しているのか、貴公なら必ずや見出せる。そして答えを貴公が見つけた時に再び会おう」
ムサシは目を閉じる。この少年達は必ず強くなる。それこそあの父達を超えるやも知れない。その暁には――、自分の敗北が待っているかも知れない。それは楽しみだと、彼は噛み締めるように未来を想う。
「本当に楽しみだ。ジョン、その時には願わくば――、俺に二刀を握らせてくれ」
「――――」
カラスがムサシを包み込み、姿を隠す。ジョンはそれを、固唾を飲んで見ているしかなかった。やがてカラスが空に散り散りになって飛び去った後に、ムサシの姿は消えていた。
「逃げられた、か……」
気が抜けたように息を吐くハリーに肩を叩かれ、ジョンは俯いて舌打ちした。
「糞っ垂れが、勝ち逃げかよ」
「いやはや、生き延びられて重畳だ。あの人の本気はあんなものじゃない。ぼくらは手を抜かれていたんだ」
「なに……?」
「気付かなかったのか?」
ハリーの言葉に、ジョンは訝しそうに視線をぶつける。
ハリーは頭を掻きながら、
「彼の本来のスタイルは、ぼくと同じ二刀使いだ。最後にアーサー王を前にして見せただろう、右手に剣、左手に鞘という姿勢。あの姿を見た途端、しっくりくるなと思ったんだ」
同じ二刀使いだから分かる勘だろうか。ジョンは「じゃあ」と口を開き、
「僕らは最初からナメられていた訳だ、本気なんか出さずとも勝てると」
「まあ、そう――だね……」
ハリーは、ジョンが浮かべる険しい顔付きに思わず苦笑を浮かべる。彼のこんな表情を見るのも久し振りで、なんだか懐かしく感じるのは一戦終わった安心感からだろうか。
「糞っ垂れ……――」
気が抜けたのはジョンも同じだったのだろう。弱々しい声を上げると、ジョンはガクッと膝を折り、前のめりに倒れた。
「ジョン……ッ!」
ジャネットが彼に駆け寄る。以前――、切り裂きジャック事件の時と同じ、出血多量による意識の喪失か。彼女に抱えられたジョンは「うう……」と、朦朧とした声を上げた。
「早く病院へ運ばないと――」
しかし、病院に急ぐべきはジャネットも同じだった。ジョンを支え切れず、手を地に付いて体勢を保とうとするが、そのまま倒れてしまった。今度は慌ててハリーが駆け寄るも、彼も肩を貫かれていた。
「……ボロボロだな、ぼくらは」
跪きながら、ハリーは苦笑交じりに呟く。ここまで消費させられ、それでも相手に本気を出させる事すら出来なかった。
自分達は強くなった。強くなった筈だった。そう自負出来るだけの鍛錬や努力、経験を積んで来た筈だった。だが――、上には上がいる。世界は広い、自分達の想像出来ないくらいの水準に到達した者が世界にはごまんといる。
だから、さっきのムサシが語った言葉は真実かも知れない。「善と悪を見極めろ」、「正しいモノを見定めろ」――。……自分達が信じているモノは間違っている? 正しくないモノを「正しい」と認識している――、否、させられている? それはいったい誰の手に因って……? この世界で絶対の権威を持つのは『教会』だ。『教会』の手に因って「常識」が歪められている? その誤った「常識」を正す為にシモ・ヘイヘと宮本ムサシは動き出した? それに加担する形で悪魔が二人に近付いたのか。
分からない事だらけで、謎は増えていくばかりだ。だが、今は休みたい。ハリーはその場に蹲る。
やがてハリー達三人は、駆け付けた警官達の手で病院に搬送された。
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