18-2.
ムサシは刀の鞘を腰から抜き、自分に降り掛かる死骸を振り払う。雨が止み、ムサシが息を吐いた頃、傍にラウムの姿が煙のように踊り立った。
「どうした、ラウム殿」
「カラス達が祓われた。――奴らが来ます」
「ほう……」
――空気が一変した。ムサシの気配が明らかに変貌した。森の静寂が火事によって荒らされたかのような。烈火を振り乱し踊る剣鬼の影が、その横顔に顕れていた。
「ラウム殿、刀を」
そう言ったムサシの手の中に、いつの間にかジョンが握っていた筈の刀があった。ラウムの能力に因って、ジョンの手からムサシの元へと「転送」されたのだ。
そうしてジョン達三人に背を向け、その背を預かるようにラウムが立ち塞がる。
何かが起きている……。ジョンはそれが分からないまま、それでも背を向けたムサシに向けて疾走する。反応し、対応しようとするラウムを眼前にして――、
「落ち着きなさい、もう大丈夫ですよ」
声が聞こえた。砂漠に湧く澄み切った泉のような声。肩を叩かれたジョンは驚いて立ち止まる。彼のすぐ傍らには、いつの間にか一人の男がいた。
中東風の格好に、身に着ける数々の暗器。「死を告げるもの」――大天使アズラエルの「啓示」を受けた『聖人』、サラフ・アッディーンがそこにいた。
「――――」
ラウムを押し退け、ムサシがサラディンの前に躍り出る。そして、同時に閃く刀。サラディンはその横振りを跳躍で躱した――直後、ムサシの背後に彼の姿はあった。
「ムサシ殿――!」
ラウムの叫びが聞こえたと思いきや、彼はムサシと自分の位置を「転送」し、入れ替えた。そして、強い踏み込みと共に撃ち出されたサラディンの強烈な中段突きを腹に受けた。
「――『Sky form』」
――直後、強い光が彼の体から迸った。空気が裂けるような轟音が
何が起こったのか――と思考する時間はなかった。ムサシが自身とラウムの身に起きた事態を把握すると、背後に振り返って前に出る。
ラウムから拳を離したサラディンが、ムサシを牽制しようと右の指に挟む寸鉄を三方に散りばめて放つが、彼を追うムサシの刀に弾かれた。
そして、再びムサシの視界からサラディンの姿が消えた。いずこへ――と考える間もなく、背後から風を切る音。ムサシは前転してサラディンの一刀を躱すと、腰から鞘を抜いて左手に構えた。
右手に刀、左手に鞘。ムサシは体をサラディンへ向けると、前転による回避を追い掛けて来た寸鉄を眼前に捉えた。耳を裂かれながらも頭を傾けてそれを躱す。瞳はサラディンを見逃すまいと彼を凝視する――それでも、
ジャネットとはまた違う、人知を超えた速度。四方八方から飛び交う寸鉄の乱舞、けれどその全てに対応するムサシの速さもまた異次元だった。目だけでなく、耳も良い――いや、それ以外の感覚でも敵を知覚している。周囲の状況を感覚で捉え、俯瞰した己を脳内に投影する。自分の立ち位置を想像し、敵と自分の次手を組み立てる。それをジョンのように思考でなく、彼は感覚だけで行っている。
しかし、それでもサラディンの速度に追い付けない。ムサシは致命傷を避けるのが精一杯だった。攻勢に出る時機すら見付けられない。歯痒さの中で、彼は敵が繰り出す速度のタネを見出した。ムサシは自身の直感を信じ、バッと前に出た。
「!」
サラディンは移動した次の瞬間、眼前にいるムサシの姿に目を丸くする。足元にある寸鉄を抜き、咄嗟に彼に向けて投げ付けた。しかし、ムサシは怯む事なく、冷静にそれを弾き飛ばしながら、刀を振り落とした。
――その一閃すら、空振りに終わる。ムサシは悲嘆せず、肩に刀に乗せて後ろに振り返る。その視線の先には、額に汗を浮かべるサラディンがいた。彼は確実にサラディンの動きを掴んでいた。
「動きは速い――が、どこに飛ぶのかが分かれば、その先を読むのは容易い」
「成程……」
サラディンは息を吐く。右手を掲げ、手招きするように指を振る。その途端、地面に散らばっていた寸鉄が宙を駆けて彼の手の中に納まった。
サラディンが授かった力は『電磁』。電気と磁力を用い、鉄製の暗器を自在に操る。投擲した暗器の下に自身を磁力で引き寄せ、空中を乱舞する事で敵を翻弄し、背後を付く。
ジョンはサラディンが寸鉄の間を自在に移動している様を見、彼のチカラを把握出来た。だが、それに反応出来るかは別問題だ。それこそ雷電――光の速さなのだ。人間の感覚に捉えられるものではない。
「やはり貴方は素晴らしい。その才能を『教会』の為に役立ててくれたらどれ程……」
サラディンの言葉を、ムサシは「呵々」と笑い捨てた。
「これは異な事を。我々を無理矢理閉じ込めておいて尚、貴殿達の為に動けと申すのか」
閉じ込める……? その言葉に、ジョンは眉間に皺を寄せる。宮本ムサシは『聖戦』の後、故郷である皇国に戻った。それが幽閉だったとして、そして『教会』の命だったとしたら――、一体それは、どういう……?
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