18-1.

「っしゃあ!」

 声を上げ、グッと拳を握るジャネット。が、残心もそこそこにジョンへ向き直る。彼は左手からムサシの刀を引き抜くところだった。

「ジョン、ナイス! アイツを固定してくれたお陰で綺麗に決まったわ」

「お前が止まった時はヒヤリとしたけどな」


 ジョンはムサシの刀を握り、手の中で転がしてみる。初めて触った刀、その重量に彼は内心、目を丸くしていた。こんな重さを時には小さく、時には大きく、そして軽々しく振り回して見せたのか。相手の手の内にある時は羽のような軽さを印象付けられたが、決してそんな生易しいものではなかった。


「そ、それでもあの一撃は効いたでしょう」

 ジャネットは減らず口を叩きながらも、苦しそうに眉間に皺を寄せていた。頭痛が酷いのだろう、ジョンは彼女の表情からそれを読み取りながら、

「そう――、だな……」

 言い淀むように頷き、倒れるムサシに視線を向け続ける。


 こめかみは頭蓋骨の中でも薄く、そこへの打撃は平衡感覚を麻痺させ、場合によって意識を奪う事すら出来る人体の急所だ。ガードすら間に合わず、強かに打撃を受けたムサシはしばらく立ち上がる事すら――、

「……む、ぅ」

 しかし、ムサシは低く唸り、頭を押さえながら体を起こしていた。

「くっそ……!」

 ジャネットは舌打ちし、再び構えるも痛みはより一層強まるばかり。脳へのダメージが原因か、視界すら霞んで来た。


「……糞っ垂れ。アレでも届かねえのかよ……ッ」

 ジョンもまた大きく舌打ちした。彼がジャネットへの言葉を言い淀んだのは、彼女の蹴りがムサシに刺さる直前に得た感触からだった。拳の中にあった刀を引き寄せる力が緩んだ直後、ムサシは吹き飛んだ。敵は全身の力を緩め、衝撃を受け流す体勢を整えたのではないか――と危惧していたが、まさかその通りだったとは。


 ジョンは改めて、自分が相対している敵の戦闘能力、危機管理能力、動作の組み立ての清廉さに冷や汗を浮かべる。しかし、そんな彼とは対照的に、

「見事――、見事だ、ジョン」

 ムサシは――、いっそ柔らかい笑みを浮かべていた。

「己を取り戻し、己を見つけ出し、俺の剣を制して見せた。見事だ、ジョン」

 ジョンは彼の表情を「どういうつもりだ」だと睨み付ける。まるで親が子を見るかのような、師が弟子を見送るような……。それではまるで最初から――――、


 ジョンが睨むムサシの背後、そこに影が躍り出る。ハリーだった。「隙があれば前に出る」と言ったその言葉通り、一足飛びで敵との距離を詰めると、大きく肩まで振り被った短剣を渾身の力を込めて振り払った。

 完璧に背後を取った一撃。しかし、ムサシは決してハリーへの警戒を解いてはいなかった。耳が捉えた彼の始動、ムサシは即座に振り返ると自身へと迫るハリーの腕を取って彼の力を妨げぬように体を回すと、そのままジョン達に向けて投げ飛ばした。


「――――」

 ジョンは迫り来るハリーを他所に、ムサシの動きに見入っていた。敵の動き、力、勢いを利用して相手を意のままに制圧する――、それはかつて父が愛用した技術。それを前に、かつて自分は手も足も出せなかった。

 父と同じ技を使う者が目の前にいる。その現実にジョンは動けず、身を守る事すらせずに自分に激突してきたハリー共々地面に倒れ込んだ。


「なんでアレに対応出来るんだ。完璧なタイミングで後ろを取ったと思ったのに……」

 ハリーのぼやきを聞きながら、ジョンは敵の前でぼうっとしていた自分に発破を掛ける。敵はまだ目の前に立っているのだ。気を抜いている場合ではないと、ジョンは素早く立ち上がった。


 しかし、どうする。ジャネットの速度があったから、敵への有効打を作る事が出来た。もう一度彼女にそれを求めるのは、彼女の様子を見れば不可能だ。そんな状態で攻めても、無理をして命を落とし兼ねない。

 だが、こちらは敵の武器を取り上げる事に成功した。敵の戦力は減った筈だ。攻めるなら今が好機――と、判ずるに疑問はない。


 ハリーは横目でジョンを見る。恐らく彼はまだ戦う気だろう。しかし、ジャネットだけでなく、出血量を見れば彼だって今すぐ倒れてもおかしくない。敵の武器は取り上げたのだ。ならば今は退くべきだ――と考えるも、ハリーは歯噛みする。後続の支援を期待したところで、リチャードの言葉通り、ホテルからは誰も来ない事は目に見えているからだ。。

 三人――否、自分一人で目の前の男を制圧するしかない。激痛を放ち続ける肩を無視して、ハリーは意を決し、再び剣を構えた。


「え――っ?」

 ふと、ジャネットが声を上げた。視界が霞んでいるからだろうか、橋の向こうに飛んでいたカラス達が見えない。勘違いでないならば、いつの間にか消えてい、る……?

 風が吹く。何故かその風に心が震え出す。風に意思はない――、時に暴れ狂い全てを薙ぎ払い、時に恵みと潤いをもたらし、どこかへと消えていく。


「む――」

 ムサシが突然、上空を見上げる。何事かとジョン達三人が視線を同じ方向へ向けると、やがて無数の黒い物体が降り注ぎ始めた。

 カラスだった。バラバラに切り裂かれたカラスの死骸が、雨となってムサシに向かって落ちて来た。

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