17-6.

 ジャネットは恵まれた肉体と優れた感覚を養い、更に強い霊感を父から受け継いでいた。その卓越したフィジカルを存分に駆使し、彼女は戦闘を渡り歩いて来た。

 それでも彼女はジョンに勝てた事はない――ジョンの中で理論が完成する以前の幼い頃を除けば――。

 それはひとえに、ジャネットの驚異的な体動速度すら上回るジョンの思考速度が故だ。敵の癖や目線、自身が張ったブラフや誘導で動きを先読みし、敵を制するというジョンが生涯を掛けて磨き上げて来た技。


 後ろ首に強烈な手刀を叩き込まれたムサシは、堪らず声を上げた。思わず後方へ振り返った彼を追う、ジャネットの更なる蹴撃。


 ジャネットが枷から解放され、凄まじい速度で駆ける中、ジョンはひたすらに思考を回す。

 彼ら二人が共闘するに当たって、枷を強いて来たのはジョンが彼女の速度に追い付けないからだった。だが、今はそんな事を言っていられない。これまでにない程の集中力を用い、ジョンはジャネットとハリー、そしてムサシの動きを全感覚で追い、次なる動きを想像――創造する。

 ジャネットのようなフィジカルも反応速度もない。――であれば、この身が戦いを制す為に必要なモノとは? 自身の優位性は、有能性は一体どこにあるのか?


 示せ――――、自らの真骨頂。

 全て予想しろ。全て予測しろ。全て見破れ。己が魂に課した命題を全うしろ。


 噛み合う――。そんな実感を、ジャネットは得ていた。自分の動きに対して、ジョンがしっかりと答えてくれている。自分が取りたい行動をしたいだけ出来る、そんな感覚だった。

 敵の攻勢を封じ、且つ彼女の行動を妨げないよう、ジョンは自身にムサシの意識を誘導させていた。それはジャネットの身体能力を信頼しての事。彼女が付け入る隙を作り出す為に注力していた。


 噛み合う――。ジョンは自分の攻守の選択が的確にハマる事に内心で驚いていた。頭の中に視える敵と、目で捉える敵の姿が一致する。自分が引けば、ジャネットが出る。彼女が引けば、自分が出る。左右、前後、上下から同時に襲い掛かる事もある。それを繰り返す時機の選択が見事だと自負出来た。

 こんな感覚は初めてだ。自分がしたい事をしたいだけ出来るという全能感、そういったモノを一緒に、彼は拳を握る。


 二人の間に生まれる万能感はしかし、裏切られる。その感覚は、両者が健全である事が前提だった。先のシムナの狙撃でジャネットが負傷していたのを、ジョンは失念していた。

 激しく動き続けたジャネットを意識が一瞬飛ぶような頭痛が襲う。彼女は思わず呻き声を上げて頭を押さえる。――直後、自分が敵の眼前にいる事を思い出す。


 叩き込まれた打撃の数はいざ知らず。二人の繋がり、その強い絆から放たれる連撃に、ムサシは追い詰められる自分を実感していた。何も出来ないとは真実、この事だ。だが、そのままでいられる彼ではない。

 ――そんな中、目の前に現れた敵が頭を押さえて一瞬、動きを止めた。千載一遇、二度とないであろう好機。宮本ムサシという名の歴戦の戦士が、そういった「一瞬」を見逃す筈がなかった。


 敵意の閃き。ムサシの視線の動きから、ジョンはそれを感知した。ジャネットとスイッチする為に一旦下がった彼だが、飛び出した彼女を追うようにして前に出た。そして、左から右へと走る一閃と彼女の間に割って入った。

 脳内を巡る思考は一瞬。『十字架』で受けるか否か。受け止めた先に更なる攻撃の用意が敵にはある。それを如何にするかという瞬間の択一。そして、その果てまで思いは巡る。

 ――「勝つ為にはなんでもするのが君だろう!」、ふいに頭の中にハリーの声が響いた。全くもってその通り。勝つ為になら幾ら泥を啜ろうが、苦汁を舐めようが知った事か。何を使ってでも、どんな手を使ってでも、最後に立っていた者が勝者だ。ジョンはニィと牙を、目を剥いた。その悪魔的とも言える獰猛な笑みは覚悟の証。苦痛の向こうにある勝利を手に入れる為の覚悟。

 ジョンが左手を伸ばす、硬く握った拳を伸ばす。辿り着いた選択肢に疑問を持たない。ムサシが放った斬撃は、吸い込まれるようにジョンの腕を切り裂、く――、


「――くゥ……ッ!?」

 自身の手に響いた強い衝撃に、ムサシは声を上げる。彼の刀はジャネットに辿り着かず、ジョンの拳の中に埋没していた。

「……よォ、掴んだぜ」

 気を抜いた訳ではない。力を抜いた訳ではない。十全の想いで放った一刀。しかし、ジョンはムサシのそれを、刀が切り裂けない程に硬く、堅く、固く握った拳の中に縫い留めた。


「行け、ジャネットッ!」

 ジョンの掛け声に、ムサシとジャネットが動く。

 ムサシは咄嗟に下がろうとし――しかし、刀を握ったままではジョンがそれを許さなかった。 


 刀をジョンの拳の中から引き抜けず、ムサシは思わず体勢を崩した。――それを狙い、放たれるジャネットの鋭い蹴撃。こめかみを射抜かれたムサシはもんどりうって地面に倒れた。

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