17-5.

 ムサシは脳裏に過る影を見ながら、口を開く。

「小僧、そして娘。改めて、貴公らの名を聞きたい」

 ムサシの言葉に、ジョンとジャネットは顔を見合わせた。そう問うた彼の表情は至極真剣だった。三人は再び彼に視線を戻し、

「アタシはジャネット・ワトソン。祓魔師よ」

「ぼくはハリー・ジェームズ・モリアーティだ。祓魔師見習いだ」

「僕はジョン、ジョン・シャーロック・ホームズ。こっちは探偵だ」


「ホームズにワトソン、それにモリアーティか……」どこか感慨深そうにムサシは頷く。「懐かしい名だ」

「懐かしい……?」

 ムサシの言葉に思わず眉を寄せるのはジャネットだけでなく、ジョンとハリーも同じだった。


「ああ――」ムサシは唸りながら空を仰ぎ、「ホームズ、ワトソン、モリアーティ……。皆、共に『聖戦』を駆け抜けた仲だ」


「「「――――」」」

 三人は同様に目を見開き、押し黙った。彼らは自分達の親が『聖戦』に参加していた事すら知らなかったからだ。

「まさか、知らなかったと?」

 彼らの様子からそれを見て取ったムサシは、「信じられない」とばかりに絶句した。

 しかし、そう言いたいのはむしろ三人だった。彼らは親の口から『聖戦』のせの字すら聞いた事がなかった。信じられない――と言うより、信じたくなかった。親がなぜそんな重大な事を隠していたのか、その理由が分からない。そして何より、今となってはそれを尋ねる事すら出来ないのだ。


「そうか、彼らが自分の子供に告げなかったと言うなら、彼らなりの理由があるのだろう」

「待てよ、ぼくの父親とホームズ達が仲間だっただと? じゃあなぜ後年、彼らは争い合う羽目になったんだ?」

 ハリーが早口に問う。彼にとっては当然の疑問で、父が魔人へ堕ちたからこそ、その息子である彼は茨の道を歩んで来たのだ。

「彼らがお主らに語らなかったと言うなら、それこそ俺の口から語る事ではない」ムサシは首を振った。「だが、モリアーティ殿を長に置き、シャーロック殿、ワトソン殿、ヘイヘ殿、そして俺の五人で組まれた第九分隊――。俺達が、かの魔人王を倒した」

 なぜ、その功績を口にしなかったのか。三人は混乱の中にいた。そんな彼らの様子に、ムサシは済まなそうに刀の柄で頭を掻いた。


「戦いに水を差してしまったな。これ以上を聞きたければ――、俺を倒してからにすれば良い」

「……成程。それなら分かり易いじゃない」

 ジャネットは動揺を押し殺し、無理矢理微笑んで見せた。ジョンはその笑みに釣られ、意識を取り戻した。


「ジャネット、今、何キロだ?」

「えっ、今? アタシ、九十キロだけど」

「本気で行こう。二十キロ落としてくれ」

 ジョンの発言に、ジャネットは耳を疑った。彼の顔を伺い、「本気なのか」と問う。それでも、彼は確かに頷いて見せた。

「お前の考えている事は分かる。でも付いて行く、お前に合わせる」

 決意に満ちた瞳と声、そこに不安など抱く筈もなく。ジャネットは頷きを返し、両の足首に巻かれたアンクレットを取り外し、地面に投げ捨てた。

 ゴトリ――とそのアンクレットが立てた重苦しい音に、ムサシは眉を上げた。相当な重量が詰まったような感触を得たが、果たして。


「ぼくは少し後ろに下がらせて貰うよ……」弱々しくそう言ったハリーに、ジョンが振り返ると、彼は憔悴し切った表情で苦笑していた。「この状態だと、ジャネットには付いて行けそうにないからね……」

 分かったとジョンは頷き、それでも「隙があれば入る」と続けるハリーに向けて親指を立てて見せた。


「さて――、行くか、ジャネット」

「いつでもいいわよ」

 ウインクして見せるジャネットに、ジョンは小さく笑う。二人は脚にグッと力を溜め、同時に地を蹴った。

「――――」

 ムサシは――そして、目を見張る。この戦闘の最中で最も強い驚愕だった。


 地を蹴ったジャネット。その始動こそ見えたものの、その先を見失った。その直後、彼女は自分のすぐ足元にいた。

 ムサシが咄嗟に放った横の一閃を、ジャネットは一瞬で体を停止させ、刀をやり過ごしてから即座に体を前に出した。見事なストップ・アンド・ゴー。その急停止、急発進を実現させる発達した筋力――。彼女が持つ類稀な肉体が成せる技だった。


 彼女は先天的に肉体の筋密度が高く、速筋と遅筋のバランスの良い恵まれた体を有していた。一見細身に見えながらも、彼女が発揮するパフォーマンスは常人とは一線を画す。単純な身体能力で考えるならば、ジョンも自分に勝ち目はないと思っている。

 彼女が身に着ける腕輪、足輪は彼女の動きを制限する為の物だった。それぞれ十キロずつあり、彼女の体重に四十キロをプラスする事で、あえて通常の人間と同程度のパフォーマンスになるよう調整していた。それは敵の目を欺く為であり、ジョンに追い付く為に常に負荷を掛ける事で鍛錬を欠かさないという戒めでもあった。

 そして今、両脚から二十キロの枷を外した彼女は事実、ムサシを驚愕させる動きを見せていた。並外れた瞬発力から生まれる始動と加速。目を離したら最後、視界の外から気配が昇り立つ。ムサシはそれに向かって闇雲に刀を振るうだけで精一杯だった。

 しかし、彼女には常人離れした動体視力まであった。彼女の前では先手すら後手に替わる。打ち出そうとした拳を引っ込め、前転しつつムサシの刀を躱し、そのまま浴びせ蹴りを放った。


 そして、後方へと弾かれるムサシを出迎えるのは――、ジャネットの動き、その先にあるムサシの反応までを予測していたジョンの手刀だった。

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