17-4.

 それに気付いたハリーが彼らの元へ下がる。見るからに疲弊した様子で、体中に汗を浮かべていた。頬や腕から血を流し、苦し気に息をする彼にジャネットは問う。


「大丈夫か?」

「いやあ、キツいね……」

 ジャネットにそう答え、肩を押さえるハリーを見ると、深い刺し傷があった。それに気付いたジョンが「すまない」と口にする。しかし、ハリーは首を振って、

「でも、ここからようやく本番だ、頼むぞ」

「ああ、気合なら十二分にブチ込んで貰ったからな」

 返って来たジョンの覇気に満ちた声に、ハリーは安堵した。自分達の叱咤が響いたのなら幸いだ。再び大きく呼吸し、意識を切り替える。


「良かったな、小僧。その娘と小僧が来なければ、とうに終わっていたぞ」

 ムサシは肩に刀を置き、揶揄うようにジョンへと口を開いた。

「ああ――、そうだな」ジョンは顔を手で覆い、深く息を吐く。「大した糞っ垂れだよ、僕は」

 彼女の言葉が、また僕に答えをくれた。ジョンは感謝の念で胸が一杯になる。

「待たせたな、おっさん。ようやくあんたの相手をしてやれる」

「だといいがな」

 満足そうな笑みを浮かべるムサシ。それに対するジョンも笑みを浮かべていた。「ジャネット、相手は僕らの数段上の実力者だ。油断は出来ない」

「そうでしょうね」

 ジャネットは頷く。ハリーの疲弊具合や戦闘中の様子から、既に把握出来ていた。


「改めて確認します――」ハリーは息を整える時間を作る為か、ムサシに向けて口を開く。「貴方がホテルを襲撃した犯人で、間違いないですね?」

「ああ、そうだ」

 ムサシはハリーの企みに勘付きながらも、時間を作る事を許した。

「正確にはタワー・ブリッジからの狙撃がシモ・ヘイヘで、ホテル内の『人形』とスタッフを殺したのがこいつだ」

 続くジョンの言葉にも、ムサシは悠然と頷いた。

「その通り。俺はホテルを内側から鎮圧し、ラウム殿が貴公らを最上階に監禁し、そこをヘイヘ殿が狙撃する算段だった」

 途中までは上手く行ったのだがなあ――と唸ってから、ムサシは意味ありげな視線をジョンへと向けた。


「じゃあ、アンタが罪のないスタッフ達を殺した訳ね。その必要が本当にあったって言うの?」

 ジャネットから向けられた憤りに、しかしムサシはどこか噛み合わせが悪そうだった。刀の柄頭で頭を掻きながら、

「あいつらはただの従業員ではない。何か別のところから派遣されて来たのだろう。皆が皆、手練れと見做して間違いはなかった」

「……?」

 ジョン達は一斉に顔を見合わせた。格闘技経験者がいたとしてもおかしくはないが、ただの従業員がムサシに「手練れ」と評される程、戦闘に精通していたとは一体どういう事だ……。

「……なんであれ、貴方がホテルスタッフと『人形』を殺して回ったのは、紛れもない事実だ」

 疑問は残る。しかし、目の前に立ちはだかる敵はそんな事に気を回しながら勝てる相手ではない。ハリーの言葉に頷きつつ、ジョンは彼の様子を伺う。呼吸の乱れはなく、剣に握る手にもしっかりと力が籠っていた。肩の負傷は心配だが、彼の目には十二分の闘志が宿っていた。これなら一緒に戦える。


 来るか――。ムサシは刀をヒュッと回し、逸る心を鎮めて構えを取った。

「――――」

 並ぶ三人の顔に曇りはない。敵を見据える三人の瞳に陰りはない。構える三人の姿に迷いはない。全員が呼吸を合わせるとそれを合図とし、一斉に地を蹴って、跳び出した。


 先にムサシへ辿り着いたのはジャネットだった。凄まじい脚力から生み出される速度にムサシは舌を巻きつつも、小細工のない直線的な拳を見切るのは容易かった。射出された彼女の右ストレートに対し、体を斜めに落として躱す――直後、現れたジョンが中段蹴りを繰り出した。それだけでは終わらず、ジョンの攻撃を凌いだタイミングでハリーの双剣が唸りを上げる。

 決して付け焼き刃ではない連携――、むしろ洗練されたもの。多対一の経験ならばそれこそ腐る程。しかし、その中でもこの三人は素晴らしいと評するに躊躇いはない。ムサシはジョンを追おうと前に踏み込み、しかしその直後に背後から迫るジャネットの気配に前進を中断せざるを得なかった。


 一方に意識を向ければ、残りの二方が攻勢を仕掛けて来る。その時機の選択が見事だ。こちらが別者に意識を切り替えた、まさにその瞬間に切り込んで来る。

 それを指揮しているのはやはりジョンだった。「悪意」の察知がそれを実現させていた。しかし、それでも決定打には遠い。歯を噛みながら、ジョンがムサシに跳び込んだ時だった。


 ハリーへ向けられていたムサシの意識が、背後に回ったジョンへと即座に切り替わった。こちらが意識を察知している事を気取られ、逆に利用された。ブラフに引っ掛かったのだと気付き、ジョンはしかし、その手に『十字架』を現した。

 駆けるムサシは笑みすら浮かべない。その『心』を斬り裂かれたばかりだと言うのに、またそれを盾にしようとするか。ムサシが至極詰まらなそうな表情で放った横振りは――、しかしジョンの『意思』に因って阻まれた。確かな形と堅牢さでしっかと自分の刀を受け止めた『十字架』に、ムサシは目を見開く。

「ああッ!」

 雄叫びと共にジョンは刀を弾くと、そのまま『十字架』でムサシを強く打ち払った。

 脇腹――しかもハリーに因って裂かれた傷口へと向けられた的確な打撃を受けたムサシは少し嬉しそうに口元を綻ばせながら、彼らから距離を取った。


「ふうむ……」ムサシが唸り、弾む息を抑える。「成ったな、小僧」

「あァ?」

 言葉の意味を取れず、ジョンが乱暴に聞き返す。しかしムサシは答えず、彼の隣に戻るジャネットを、ハリーを目で追っていた。


 あの娘達の存在が小僧の心を強くした、それは間違いない。一人ではなく、誰かと――、そして誰かの為に戦ってこそ、彼の真価は花開く。

 己の欲に準じて振るわれる刀。ただ己の力を誇示する為に、ただ自分の力を流布する為に。それは己が憧れた筈の――強さ。


 目に浮かぶのはかつての戦友達。誰かの安らぎの為に戦えた戦士達。だが、自分は違った。それは自分には手に入れられなかった――強さ。行き先は同じでも、彼らと同じ道を歩めなかった。

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