1-2.

 ヴィクターは紳士然とした格好の男性と何事かを交わす。男性の傍らには、黒の質素なワンピースの上に白いエプロンを着けた、いわゆるメイド姿の女性が微動だにせず虚空を見詰めたまま立っていた。


「人形」の行動は全て刻み込まれた命令――「プログラム」を実行するだけだ。それ以外の事は何も出来ない。自律的な行動はそもそも「死体」である彼らには不可能だった。

『人形技術』は人体のありとあらゆる行動、代謝、運動を全て「文字」に置き換える事から始まったそうだ。ジョンは機械全般に明るくないので、それがどれだけ途方もない事なのか、いまいち理解してなかった。ただただ「すげえ」としか言えない始末だったりする。


 ヴィクターがメイドに声を掛け、自分に背中を向けさせる。彼女の背中には巨大な巻鍵が差し込まれていた。

 巻鍵は内部のゼンマイに繋がれ、蓄積された運動エネルギーが電力を発生させる。それが彼女という「機械」の動力源だ。その鍵は二十四時間で一周し、停止する仕組みになっている。つまり、一日に一回、必ず回し直さなければならない。


 歯車とバネ、ネジとボルト、鉄と鋼、エネルギーと電気、プログラムと細工。彼女を彼女足らしめる為の必要要素。


「はい、口を開けて」

「はい」


 ヴィクターの言葉に従い、メイドが口を開く。ヴィクターがペンライトで口腔内や喉の状態を目視で確認する。


「じゃあ、息を吸って」

「はい」

 今度は聴診器を使っての診察だった。

「姿勢は楽にね。力を抜いて、リラックスして」

「はい」

 次々とヴィクターの指示を受けるが、メイドはただ色のない返事をした。

「君は今から眠りにつく。少しの間だけだ。目覚めた時には、まるで瞬きの一瞬であったかのように感じる筈だ」

「はい」


 ヴィクターに従い、メイドが目を閉じた。それを確認した後、ヴィクターは彼女の衣服の背中側に配置されたボタンを外した。

 衣服の隙間から覗く白磁の肌、そこに取り付けられた銀色のムカデのような物体。それは外部から脊椎へと埋め込まれた、発条式発電装置及び双方向ブレイン・マシン・インターフェイス、『マリア』。ここから「精神」――肉体と魂を繋ぐ鎖――を伝って脳へと繋がり、そしてあらゆる運動を外部からインプットし、それを人体に実行させている。


 ヴィクターの隣に控えていたジュネが、『マリア』に様々な色をした端子を接続していく。その端子は全てコンピューターに繋がっていた。

 ヴィクターはいつの間にかコンピューターの前に座っていた。画面に映し出される文字――プログラムに不備、欠損など問題がないか一文字逃さずチェックしていく。

 ……さっぱり分かんねえ。ジョンはヴィクターの傍に移動して、一緒になって画面を覗き込むが、そこに描かれた文字がどういう意味を成しているのかさっぱりだった。分かるのは、アルファベットで描かれているという事だけだった。


 その間にジュネがメイドの手や足を取り、関節の動きや筋肉の強張り、主人が気付いていない傷、怪我がないか、入念に触診していた。

 患者本人の診断、患者内部の診断。ヴィクターとジュネはそれぞれを分業して行っているのだ。ものの十分程度で、一人の診察が終わる。


「ここで何か問題が見つかったら、どうするんだ?」

「そうしたら、ウチの診療所に来て貰って、本格的な診察、治療に入る。ここでは表面的な診察しか行っていないからね。この『解析機関』だって、簡単な事しか出来ない軽量版なんだ」


 言葉を交わしながらも、ヴィクターの瞳はモニターから動かない。キーボードと呼ばれる幾つものアルファベットの羅列された板状の機械の上で、彼の指が踊り続ける。まるで鍵盤楽器だと、ジョンはいつも思う。

 一時間近く経ち、最後の患者とその主人が頭を下げて、その場を後にする。ヴィクターはフウと大きく息を吐いた。


「さて、片付けを手伝ってくれよ、ジョン」


 言うや否や、ヴィクターはコンピューターや医療道具をカゴに収めていく。ジョンは傍にあった台車を引っ張って来た。

 二台の台車に荷物を積み終えると、ジョンとヴィクターがそれを押して進む。ジュネは彼らの間に並んで歩いた。向かう先はベーカー街にある彼らが住まうアパートだ。


「そう言えば今日、患者から金を受け取っているようには見えなかったけれど」

「アレは『青空メンテナンス』と呼んで、無料で行っているんだ。前に言わなかったかな?」

 ジョンは「どうだろうな」と首を傾げた。ヴィクターは少し笑って、

「『人形』を安全に機能させるには、不良が起きる前に定期的なメンテナンスが不可欠だ。それにはもちろん、専門的な技術が要るけれど、技師はまだまだ少ない」


 ――『人形技術』。それを宗教的倫理観から好まない人は、労働力として「人形」が普及してきた現在においても少なからず存在する。死者の復活は神の偉業であり、それを人間が強いるなど、神への冒涜に他ならないとする信者達。彼らの目を恐れて、『人形技術』の技師の需要に対する不足はずっと続いていた。


「ま、『人形』の普及に対する行動を『技術』の生みの親の息子であるボクが率先して行うのは、義務みたいなものさ」


 そうして笑うヴィクターの顔は晴れ晴れとしていた。彼の言うところの「義務」に、当然の事として自負しているからだろう。

 ……同じ偉大な父を持つ者とは言え、僕とは大違いだな。ジョンは空を見上げながら、口の中で舌打ちした。

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