15-2.
「はぁ……」ヴィクターは仕方なさそうに溜め息を付く。「まったく、どうして誰も彼も医者の言葉を聞いてくれないんだろうね」
口にする言葉には遣る瀬無さが隠し切れていなかった。気の毒になったジュネが隣に立ち、ヴィクターの顔を覗き込むと、彼は苦々しい小さな笑みを浮かべていた。
「先生……」そんな中、ジャネットが飛び出していった扉を見詰めたまま、ハリーがポツリと呟いた。「ぼくはまだ、正規の祓魔師ではないですよね」
「…………」
アーバスは弟子が何を言いたいのかを悟り、「そうじゃな」とゆっくり頷いた。
「ここに残るのがぼくらの仕事であるのは分かっています。けれどぼくは、友を――大切な人を救いたいから祓魔師になりたいのです」
「知っておるよ」
「ジョンはぼくの友達です。彼がもし危険なら、それを助けたい」
ハリーはアーバスに振り返った。師は弟子の表情を見る。清々しい顔付きをした弟子の瞳の中に、師は秘められた覚悟を見た。
「すみません、師匠。だからぼくは、未だ一人前になれないんですね」
「そういう訳ではない」アーバスは微笑を浮かべ、ハリーの言葉に首を振った。「そういう訳ではないのじゃよ、ハリー。ジャネットと比べておるようだが、彼女は少し特別だっただけじゃ。何も気負う事はない、君は君の思う通りの自分であれば良い」
ハリーはアーバスに深く頭を下げると、躊躇う事なくジャネットを追って飛び出した。
「……どいつもこいつも他人の話を聞かない奴らばかりだ」
リチャードはぶっきら棒にそう呟き、ワインを一口含んだ。
ジャンヌはリチャードを見、彼の一連の言動を振り返る。どうにも彼は敢えてジャネットを猛らせるような物言いをした気がするのだ。しかし、どうしてわざわざそんな真似をするのか分からなかった。
それでも結果として、姿を消したジョンの下に救援が送られた。それはジャンヌにとっても救いだった。彼女だって友を心配する心はある、けれどそれを口にするには立場が違うと躊躇っていた。
リチャードの発言には、他にも気になる点がある。ジョンが内通者ではないかと言った事だ。
――「内通者」。実に不穏な響きだと思う。それでもジョンが内通者というのはあり得ない。ジャンヌは長年の付き合いから、彼がそんな真似を出来る人間ではないと確信している。
だから、もし内通者がいるとしたら、他の誰か。『前夜祭』の場所と日時を漏らした何者か。その情報を知っているのは祓魔師、探偵、ホテル関係者、『教会』員、王族、少数の招待客、あるいは――王族と情報を共有しているであろう異端審問会か。
異端審問官が会場のどこかにいるとジャンヌは勿論、疑っている。しかし、姿を潜ませる彼らを見つけ出す事は至難の業だ。いるにせよいないにせよ、彼らが『会議』を襲撃するメリットはどこにもない筈だった。
『会議』に混乱を起こす事で利益を得る何者か。なぜ、
……結局、私はまた何も出来ない。いつだって誰かに任せ切りで、自分は安全圏に身を置いたまま。ジャンヌは誰も悟られぬように溜め息を付いた。だが、決して俯きはしなかった。無力なフリをするのはもう終わりだ。今度は自分が前に立つ番なのだと、彼女は拳を握った。
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