14-5.

「お前は多彩な技を持っていて、実に楽しいぞ。しかしいいのか、仕留めるのが遅くなればなるほど、自分の手の内を晒していく羽目になる」


 敵は笑みを浮かべている。実に余裕そうな態度が、ジョンの癇に大いに触った。眉間に皺を寄せると、唸るように口を開けた。


「お前こそモタモタしてると、警察や『教会』の連中がここに来ちまうぞ」

「ふむ、それはそれで面白い」顎に手を当て、正気を疑うような言葉を漏らすムサシ。「俺は無益だろうと無闇だろうと、殺生せっしょうに躊躇いはない。誰が来ようが阻むなら、殺すまでだ」

 その言葉を口にする事にすら、躊躇いはないようだった。


「どうしたらそんなデカい口を叩ける人間になれんだよ」

「俺がそういう生き方をしてきたからだ、小僧。お前はどうやら自分の腕に自信がないようだが、それはお前がのして来た連中への侮辱にならんか?」


 似たような事を誰かだったか――、確かジャネットに言われた気がする。だが、自分の腕に疑問を持つのはジョンにとって当たり前だった。慢心はやがて油断を誘い、そしてそれが自分の死因となれば、文字通り取り返しがつかない。

 それに何より、ジョンが目指すのは今は亡き父、シャーロック・ホームズ。彼に手が届くようなレヴェルに達せないようなら、ジョンはいつまで経っても自分自身を認められないだろう。そして、未だそこには辿り着けていない。どれだけ長い時間が掛かっても、それでもジョンは父の背中を追い、諦めないだろう。


「余計な事を喋ってんじゃねえよ、糞っ垂れ」

「ならば来い、小僧」

 そう言い、ムサシはジョンを手招きして見せる。

 ジョンは見るからに苛立たし気に眉間に皺を寄せ、更にムサシの終始余裕そうな態度も相まって牙まで剥いた。彼からの分かり易い挑発に、凶悪な笑みを以て答える。


「ナメてんじゃねえよ――!」

 吠え、ジョンは『十字架』を手に地を蹴って跳び出す。


 ジョンのスタイルは「速攻」――、その一言に尽きる。絶えず攻撃を重ねる事で、敵に防御を強いさせる。敵の選択肢を奪う事で自分の攻勢を維持し続けるという思惑だった。

 しかし、目の前の敵にそれは通じない。ジョンは自分の攻撃を捌き続けるムサシを前に歯を食い縛る。攻撃しているのは自分なのか、相手なのか、それすら曖昧になる。一手一手が必殺の剣、これ程まで高水準に研ぎ澄まされた使い手と相対するのは初めてだった。

 だからこそ――、ジョンの思考はより一層冷えていく。激情の中にある氷の理知。確認、判断、選択肢の取捨選択。一つでも間違えれば命を落とす極地の中で正解を選び続ける集中力。ひたすらに磨き上げ続けたその力を駆使し、ジョンはムサシに肉薄する。


 行動、動作の選択を間違えてはいない。ジョンはムサシの刀を全て受け、弾き、流し、ひたすらに攻撃を続けた。

 それでも届かない。それでも届かない。決定打を撃ち込むには届かない。ジョンは自分の攻撃がこうも防がれ続けた相手は過去に、それこそ――、父だけだった。


 父には何をしても効かなかった。不意打ちや騙し討ちにも効果はなく、全て防がれ、それどころか返り討ちにあった。届かない、届かない、届かない。父と自分との間にある遠過ぎる距離に、それでもジョンは絶望しなかった。いつか、いつか、いつか――。そう信じ続けて来たからこそ、今のジョンがある。例え、もう父に会えないとしても、彼の中には常に父が存在し続けている。


「ふむ……」

 鍔迫り合いの中、ムサシの不満そうな声が聞こえた。思わずジョンが「あァ?」と声を上げると、ムサシは彼を強く突き飛ばした。

「小僧、どこを見ている」

「……何を言ってんだ、お前は」

 ジョンは額の汗を拭い、肩で息をしながら問う。受けるムサシはどこか涼し気な顔で、

「お前は俺に何を見ている。俺は俺だ、目の前にいるのは俺ただ一人。余所見が出来る程、俺は遅いか、退屈か?」

 硬い音を立て、刀が鞘に戻る。背筋を伸ばして立ち、ムサシは酷く真っ直ぐにジョンを見据える。

 その瞳に色は亡く、黒い塊が宙に鎮座している。狼を連想させるような眼光、それが射るのは得物か敵か。


「小僧、貴様は――、俺の前に立つに相応しくないようだ」


 いつかどこかで見た三面六臂の異形の神。ジョンの目が彼をそう捉えたのは錯覚か、それとも――。


 ムサシの体が崩れ、その落下を前進へと変換し、ジョンに詰め寄る。

 速い――ッ! 瞬く間に目の前まで詰め寄って来たムサシの速度に、ジョンは思わず驚愕する。明らかに速度が桁違いだ、これではまるで今まで手を抜いていたのだと言いたげな程の変貌に、ジョンは剣士が遂に牙を剥いたのだと実感した。


 ジョンは十字架を体の前に構え、ムサシの刀を防、ぐ――、


 蹴り出しという前動作を排除した歩法、「膝抜き」と呼ばれる脱力。その初動は何度も見て来た、何故なら父と同じ動作だったからだ。父と同じ動きをする者、父と同じ術を使う者。ジョンの目にムサシと父が重なった。それは一瞬だけであっても、意識は確実にそう捉えた、捉えてしまった。


 自分が一度も勝てなかった父の姿を幻視した――。その事実は覆せない。


 ムサシが低い姿勢からの立ち上がりと共に腰を切り、刀を抜く。鳥が飛び立つような斬り上げだった。

 意思に応じて自在に形質を変える筈の『十字架』は、なんの抵抗もなく斬り裂かれた。父に「勝てなかった」という意識に囚われ、『十字架』は刀に「勝てない」モノに成り下がったからだ。

 ジョンが『十字架』を通り抜ける刀の明確な感触に意識を奪われた直後、腹圧から解放された臓物が飛び出すと共に、左腕が吹き飛んだ。


「――ジョンッッッ!」

 背後から響いたジャネットの悲鳴など耳に入る筈もなく、ジョンは自分の身に何が起きたのかを理解出来ないまま、その場に崩れ落ちた。

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