14-4.

 心を固める、意思を込める、決意を少しでも揺るがぬものにする。自らを疑えば、『十字架』は斬られる。それは敵と戦いつつ、自分の心とも戦う事に他ならない。


 ……結局のところ、するべき事は変わらない。ジョンは『十字架』を宙に放り投げると、臍の辺りから伸びて『十字架』と繋がる「精神」の鎖――シルバーコードを掴み、グルグルと振り回す。やがて強力な遠心力と共に、ムサシに向けて放り投げた。


 一度斬られたと言うのに、それをわざわざこちらに投げ付けるとは……。ムサシは呆れる一方、何かしらの意図がある筈だと、敵であるジョンにある種の信頼を抱いていた。そして腕を伸ばし、いとも容易くジョンの『十字架』をしっかと受け止めた。――次の刹那せつな、急に重量を増したそれに目を見開き、体勢を崩した。


 ――「魂」も「精神」も流動的だ。それらの形を決めるのは「意思」の力。伸ばしたコードを一瞬で縮めて敵へと急接近する、ある種の瞬間移動。ジョンはムサシが『十字架』を受け止めるのを確認すると、そうやって即座に距離を詰め、『十字架』の上に足を掛けていた。そして、急激な重量変化に対応出来ずに膝を折るムサシの顔へ、落下と共にジョンは拳を振り落とした。

 打撃の感触、しかしムサシを地に伏せさせるには叶わなかった。俯いた彼の顔を即座にジョンの足が打ち上げた。そのままムサシは仰向けに倒れ――はしない。強靭な体幹で衝撃を耐え切ると顔を正面へ戻し、鼻から血を流しながらも爛々と光る鋭い目をジョンに向ける。

 その強い瞳を目にしても、ジョンは止まらない。ムサシに正対すると、立ち上がろうとする彼を阻む為に前に詰め寄る。


 近間に寄られれば、満足に刀を振るう事も出来ない。更に刀を握る手の手首を押さえられれば、尚更だ。ムサシは負傷を乗り越え、状況に対応しつつある敵に向けて、胸の中で称賛する。


 それを知る由もないジョンは空いた右腕を振り回す。敵の左手は刀、右手は『十字架』を掴み、塞がっている無防備な状態だ。一発でも多く敵の体に攻撃を叩き込もうと、手刀、肘、拳、貫手、裏拳、掌底、鶴頭、鉄槌――、あらゆる手指の形を以て敵を殴打する。

 しかし、攻勢がこのまま続くとはジョンも考えていない。『十字架』を手放したムサシの右手が、ジョンの顔に向けて伸びて来る。ジョンは頭を下げてそれを躱すと体を密着させ、彼の両脚を抱え込むようにしてグッと前へ押し倒した。


「む――」

 短い呻き声を上げ、ムサシが仰向けに倒れた。ジョンは素早く体を動かして、マウントポジションに入る。圧倒的有利の体勢なのは言うまでもない――が、

「ぐ……ッ!」

 背中から入る激痛と異物感。右肩を見れば、鎖骨の下から刀の切っ先が飛び出ていた。そしてジョンが痛みに気を取られている間に、腰で体を跳ね上げられ、スルリと刀と共にムサシがジョンの下から抜け出た。

「はっは、握りが甘くなったぞ、小僧」

 ムサシと共に倒れた際の衝撃で、彼の右手首を握るジョンの手の位置が少しだけズレた。その事に気付けず、敵の体の上に乗る事に集中していたジョンを尻目に、手首の自由度が増したムサシはそのまま手首を返して刀を振るい、彼の右肩を貫いたのだ。


 ジョンは大きく深呼吸した。自分の油断が誘った屈辱的な一撃だったと認めざるを得ない。傷口はすぐに塞がるが、鎖骨下動脈を抉られ、出血していたのが短い時間だったとは言え、多くの血がジョンの服を濡らし、足元に溜まりを作っていた。彼の力は傷を回復させはするが、失った血までは復活しない。故に、血を流し過ぎれば死に至る。切り裂きジャック事件の際もベルゼブブを圧倒したにせよ、その後に出血過多で意識を失った。


 何を慌てている、心を乱して倒せる相手ではない――。そう自分に言い聞かせながら、ジョンはコードを手繰って『十字架』を手の内に戻した。

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