14-3.

 ジョンはムサシに詰め寄り、袈裟懸けに『十字架』を振り落とす。ムサシは体を左に回し、左手の刀を振り上げた。

 ジョンは『十字架』を地面に振り落とし、激突させた勢いをそのままに跳び上がり、ムサシの背後に回ると振り向き様に放つ横振りの一閃。

 それを阻んだのはムサシの踏み付けのような蹴り。彼は持ち上げた足裏で『十字架』を受けると体を浮かせ、勢いに抗わずそのまま後ろへ跳んだ。

 ジョンは跳び退るムサシを見、舌打ちした。しかしそれも予想の範疇。狙うは着地――と、ジョンは前に跳び出す。


「っ!」

 ムサシが放った牽制の振り落としを掻い潜り、懐に入ったジョンの『十字架』が、着地した直後の敵の胴を打った。堪らず呻き声を上げたムサシが左方へと吹き飛び、強く地へと打ち付けられた。


 やっとまともな一発が入った。ジョンはしかし躊躇なく、更にムサシに詰め寄った。体勢を立て直す前に制圧する――!


「そう慌てるな、小僧」

 耳を刺すムサシの言葉など聞かない。ジョンは地に膝を付き、刀を鞘に納めたムサシの姿を目にし――、そして息を呑んだ。

 その姿に、その恰好に、その構えにはなんの脅威も感じない。それなのに――それなのに、その鞘の中に納められた爆発を今か今かを待ち構える殺意の波動。時間が止まったかのような錯覚、それを「走馬灯」と呼ぶ事を、彼は、ジョンは――――、

 これまで見たどんな光よりも速い一閃だった。解放された殺意、その奔流から身を守ろうと本能的に体が反応した。咄嗟に体の前に置いた『十字架』に走った衝撃にジョンは吹き飛ばされ、今度は彼が地を転がる羽目になった。


「防がれたか。否――、」

 ムサシは刀を振るった姿勢のまま、静かにジョンを見据えると、やがてゆっくりとその場で立ち上がった。

「…………!」

 ジョンは『十字架』を杖代わりに立ち上がる。斬られた――そう思った瞬間、手にする『十字架』に亀裂が走った。途端、右腕に言いようのない激痛が走る。思わず蹲り、右腕を見ると手から肘に掛けて縦に真っ二つに斬り裂かれていた。


 ジョンの『聖十字架』は、「彼の人」の死を受け止めた本物の「聖遺物」を、彼が体で受けた事に因って起こった「魂の変質」が本質だ。

 彼は自らの魂を外に出し、武器として振り回している。それを叶えているのは、肉体と魂を繋ぎ止める「精神」の強さだ。決意や意思が緩めば、たちまち「精神」は瓦解し、「肉体」と「魂」が離れる――つまり死に至る。反面、彼の意思が揺るがぬものならば、『十字架』はこの世のどんなモノよりも硬い物質になる。「形」こそ「聖遺物」に影響されているものの、その構造はジョンの心一つで決まる。

 ――それが斬られた。それはつまり、ジョンが「斬られた」と実感してしまったからだ。彼の心がそう感じてしまったからだ。


 ――「意識は魂に付随する」。

 ――「魂は肉体の鍵を担う」。

 ――「精神は魂と肉体を結ぶ」。

 人形工学に於ける基本三原則。魂と肉体は同義であり、肉体の傷は魂に反映され、その逆も然り。あくまでもジョンの魂である『十字架』に入った亀裂が、彼の腕を裂いたのだ。


「はっは。どうなっている、俺の刀はお前の『十字架』にしか届いていないぞ」

 それでも敵の腕が斬れている。一体どういう事か。ムサシは肩に刀を置いて唸った。


「…………」

 ジョンは苦い顔のままムサシを睨み付ける。その最中にも右腕の回復は始まり、みるみる内に元通りに治っていく。全快した右腕を掲げ、ジョンは何度か拳を握っては開く。違和感はない。……つくづくこの回復力には我ながら脱帽する――否、それどころか不気味ですらある。ヴィクターも言っていたが、これはどこかおかしい。

 ……まあ、今はコレに助けられている訳だが。ジョンはそう胸の中で呟いて息を吐く。


 さて、しかしどうするか。十字架を斬られた以上、敵の刀を受け止めるのはマズい。一度「斬られた」と感じてしまった時点で、そういった印象を覆すのは難しいからだ。


 だからと言って、止まる訳にはいかない。ここで自分が殺され、奴がホテルに辿り着けば、敵を敵だと認識する前に彼の刀がリチャードに届いてしまう。

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