14-2.

 眼前に詰め寄って来るジョンを間合いに捉えたムサシが刀を真横に振るう――。その直前、ジョンは伏せるようにしてその横振りをかわすと、その姿勢のまま体を回してムサシの脚を払った。


 しかし、ムサシもジョンの次なる動きを察していた。その場から跳び上がってジョンの蹴撃を避けると、落下の速度と合わせて刀を振り落とす。

 ジョンは後転して刀を躱し、前に出ようとするが――、向かう先にある刃先が真上に向いているのを見た。自身の下方から競り上がる敵意の奔流を感じ取ると、直感が命じるまま、更に後ろに下がった。

 ムサシは刀を振り落としながら柄を回し、刀身を真上に向けた。彼はジョンが刀を躱した後に前に出て来ると踏んでいたのだ。だから、その前進と合わせて刀を振り上げるつもりだった。しかし、その「読み」を読まれ、ジョンに二撃目を躱された事に内心で「ほう」と息を吐いた。


 この技を躱すか、やはり勘が良い。その良さは「目」に基づくものだろうと、ムサシは分析する。

 敵の体動、重心、視線の動きや足の位置――。研ぎ澄まされた観察力と、あらゆる次手を模索する洞察力。敵が物語る「情報」を一つとして見逃さず、そこから敵が次に至るであろう行動を読み取る。更に敵が握る「選択肢」のその先すらも思索し、自身の中にある「選択肢」と組み合わせる。

 そして、ジョンの頭の中に浮かぶ――それこそ無数の「選択肢」。そこから最適解と選び取る判断と実行の速さは、ムサシがこれまで対峙した敵の中でも群を抜いていた。並大抵の努力では、その齢でその力を手にする事は出来ないだろう。

 ――恐らくは、人生を賭した尽力の賜物。普段の日常生活の中で、道歩く人々が「次にどのような行動を取るか」を自然と思考するような。


 それは自分の隣にいる人が、いつ敵に回り、襲い来るかを思考する日々。


 常軌を逸している――それが故に手にした「目」。敵の真意を、真実を読み取るその目を、誰かは「真眼しんがん」と呼んだ。


 ムサシは目の前に立つ青年がどうしてそんな「目」を宿すに至ったかを知らない。だが、なんとなく心当たりはあった。

 もし、彼があの男の息子ならば。もしあの男に勝ちたいと本気で願ったのなら。その為には普通であってはいけない、そう――、まさしく狂気に堕ちなければ不可能だとムサシは知っていた。


「先読みの鋭さ、見事だ。だがそれだけでは、俺にお前の拳は届かないぞ」

 ムサシは再び刀を中段に構え、ジョンと相対する。

「…………」

 ジョンは立ち上がり、額の汗を拭った。真剣と対峙し、軽い一振りすら生死に関わるというプレッシャーは、思っていたよりも彼を疲弊させていた。


 敵が自分と同じように拳を向けてくるのなら、「受け止める」という選択肢も自然に浮かんでくるが、対するのが刃物であるならばそうはいかない。「選択肢」を一つ減らされる事がここまで動き辛くなるとは……。自分は相手と同じ位置に立っていないのだ。ジョンは強く息を吐くと、牙を剥いて右手の中指を立ててムサシに突き付けた。

「うるせえなあ、僕の武器はなにもコレだけじゃねえよ」

 まずは相手と同じステージに立つ――。ジョンは左手を右脇腹に添え、そして勢い良くそこから『聖槍』を引き抜いた。

「なんと面妖な……」

 突如ジョンの手に現れた黒々とした槍に、ムサシは思わず言葉を失った。

 ジョンは強く床を蹴り、一息に間合いを詰めて槍をムサシの体に向けて疾駆させた。


 どのような能力か、仕組みか、まるで分らぬ。しかし、敵は如何にしてか槍を手にしているのならば、それに応じるのみ。ムサシは「何故」を考えようとする意識を切り替え、「そういうものだ」と捉え直し、迫り来る槍の穂を刀の峰で弾く。続く上中下の三段突きも容易く弾き飛ばした。

 人間の目は上下左右の動きは捉え易いが、自身に迫り来る前後の動きには弱い筈だ。それでもムサシは確実に攻撃を見極めて来た。槍と相対した経験は少なくないのだろう。ジョンは尚も攻撃を繰り返しながら、攻撃の位置をバラし、冷静に敵の隙を伺う。しかし、それも長くは続かなかった。

 突貫を前進しつつ躱し、今度はムサシがジョンとの間合いを詰める。逆袈裟に駆け上がる刀を、ジョンは体を後ろに反らしてなんとか躱すが、敵が取る次手に間に合わない。慌てて『聖槍』を『十字架』へと変形させ、体の前に置いてムサシの繰り出した振り下ろしを受け止めた。


「はは、なんだこれは。小僧、一体どういう作りをしているのだ」

「黙れよ、糞っ垂れ……ッ!」

 鍔迫り合い、上から押し付けられる格好となったジョンの方が不利だった。降り掛かる笑みに対し、ジョンは苦しそうに声を吐いた。全身の力を駆動させて刀を押し返すと、追い掛けて来る横振りを後ろへ跳んで躱し、ジョンはムサシと距離を取った。


 糞っ垂れ、圧力の掛け方が尋常じゃない。一手一手が生死の駆け引きだ。ジョンはムサシに思うように詰め寄れない事実に焦りに似た思いを禁じ得ない。精一杯の緊張状態が続く中で、ジョンの呼吸は荒く、絶え間ない汗に苦渋が浮かんでいた。


「どうした、小僧。そんなに離れていてはいつまで経っても俺を倒せないぞ」

 一方、ムサシは余裕のある口振りだった。それが尚更苛立たしく、ジョンは舌打ちした。

「小僧、槍は不得手だろう。使えるようだが、使い手ではない。俺にそんな付け焼き刃を向けて、許されると思うなよ」


 どうやら立腹の様子、全く糞っ垂れだね。見透かされたジョンは思わず苦笑いを浮かべた。確かに各種武器術にも心得のある彼だが、一つを極めた「使い手」に真っ向勝負を張れると豪語出来るだけの腕前ではない。

 自分の領域の中で戦うのが一番なのは、ジョン自身も分かっている。けれど、そうも行かない者が相手ではどうすればいいのか。……相手に合わせるか、自分に合わせさせるか――結局は堂々巡り。


 願っても、祈っても、それだけで望みは叶わない。叶えるには、その為にどうするかを常に考えて動き続けろ。

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