14-1.
「……おい、どういう事だ。なんであいつを放置した、仲間だったんじゃないのか」
「元々この襲撃は、分の悪い賭けだった」ムサシは腰の鞘に刀を仕舞う。「ヘイヘ殿はあの『聖戦』で負傷し、更に酷使した『眼』の代償にも苦しめられて来た。ヘイヘ殿は自分の体が限界である事は承知していた。それでもリチャード殿を許す事が出来ず、今回の襲撃を試みた」
そして、ムサシは肩を竦めて両手を広げた。
「だが――、この様だ。小僧、お前に因って襲撃は阻まれ、ヘイヘ殿は負けた訳だ」
「で? お前はこれからどうする気だ」
「ふむ、そうさな……」ムサシは顎に手を当てながら、もう片方の手は刀の柄を握っていた。「仲間の遺志は――、継がねばならぬ。リチャード殿は俺が殺す」
鯉口を切る。その意、その義を英国人であるジョンは知らない。けれど鞘から抜かれた敵意の紫電に反応した。
「……させるかよ。やりたきゃ僕を殺してから行け」
「――言ったな、小僧」
途端、ジョンは足元から凍り付く。地面から這い寄るようなこの寒気は、今まで生きてきた中で体験した事のない感覚。
ああ、これが――。ジョンは頬に汗を流しながらしかし、抗う為にニィと口元を歪めた。
「俺はな、小僧」ムサシは静かに口を開いた。「俺は神などどうでもいい。悪魔も、鬼も、天使さえもどうでもいい。俺はただ強くなりたい。強き者と戦う事だけが生き甲斐の、どうしようもない人でなしだ。何かを斬る事しか能のないろくでなしだ」
ムサシは慈しむ様に刀の柄を撫でる。愛と感謝を受ける血塗れの刀は、どこか嬉しそうに見えた。
「俺はただ『独り』であれば良かった。天下無双――とは、そういうものだからだ。けれど、あの『聖戦』で得たモノは、俺にとって掛け替えのない存在になった」
幾度となく刀を振るい、悪魔を屠った。そこには自分独りではなく、共に戦場を駆ける仲間がいた。
「彼らは誰もが尊敬すべき御仁であり、またどうしようもない程に愛おしかった。こんな出会いが人生にはあるのかと、俺は目を丸くしたものだ」
しかし、その仲間達は今や――。ムサシはそう言い、そして口を閉ざした。
「……あの『聖戦』は正しいものではなかった。俺達は間違っていた。間違った敵を殺し続けていた」
「……悪魔共が敵じゃなかっただと? そんな訳があるか」
ジョンの言葉に、ムサシは虚しい笑みを向けた。
「小僧、お前は――何も知るまい。何も知らないからこそ、お前は小僧なのだ」
「チッ」ジョンは大きく舌打ちし、「また『何も知らない』か! いい加減にしろ、糞っ垂れ!」
その言葉は切り裂きジャック事件の際、大悪魔ベルゼブブにも同じ事を言われた。自分が何を知らず、何を知るべきなのか、それを見つける為にもジョンは『国際会議』に関わる事を決めた。
「イライラすんなァ……ッ。知らねえモンは知らねえんだよ、マウント取った気でいるんじゃねえぞ糞が」
ジョンは髪を搔き乱す。言葉通りの態度を取る彼をムサシは面白そうに笑った。
「素直な男だな、本当に。感情を真っ直ぐに表現する人間は嫌いではない」
「お前に好かれても嬉しかねえんだよ」
続く言葉を聞いて、ムサシは更に笑った。
怒りの中で冷めた理性。ジョンは拳を握りながら、現状を再確認する。
さて、どうするか。襲撃犯だったシモ・ヘイヘはテムズ川に落ち、彼を今すぐ回収するのは難しい。ならば目の前に立つ、彼の協力者を名乗った宮本ムサシを捕らえる方が早いだろう。襲撃の動機や経緯など、聞くべき事柄はたくさんある。ジョンはシムナを倒したが、何も情報を得られずに取り逃がすという失態を犯した。それを取り返す為――という訳でもないが、仲間の遺志を継いで『聖人』を殺すと宣う敵が目の前にいるのに、そのまま放っておける筈もない。ジョンは足を開いて開手を体の前に構えた。
ムサシはジョンの姿勢を見、「ほう」と感心するような声を上げた。
「俺とやる気だな、小僧。今度は――鞘だけで終わらせるつもりはないぞ」
ムサシは静かに、鞘から刀を抜いた。その途端、ジョンの体を足元から寒気が襲う。
これが――――「殺意」か。「敵意」や「害意」はこれまでにも散々味わって来た。けれど、ムサシが発するコレはまた違う。純度と言うべきか、その「意」の中に他の感情が混じっていない。
声もなく、音もなく、自分を「殺す」と告げて来る――。
そう成せる覚悟の強さに、ジョンは竦みそうになる「意」を懸命に絞り出す。武者震いと化したそれが爪先から頭まで襲うと、彼は知らず頬に笑みを浮かべていた。絶対的な強者と相対する瞬間、彼は恐怖に似た悦びを手にする。
ムサシは中段に刀を構え、ジョンに向けて睨みを利かせる。それを真正面に受け止めながらも、ジョンは臆する様子もなく地を蹴って前に出た。
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