13-3.

「なんでジョンがここにいる? 君は『会議』とは無関係だろう?」

「ああ、いや、まあそうなんですが……」

 ジョンは返答に困り、頭を掻く。レストレードは彼が背負う男に目を遣った。

「背中にいるのは誰だ?」

「え? ……ああ、『前夜祭』を襲った狙撃犯です」

 ジョンの言葉に、レストレードが思わず目を丸くした。

「君が捕らえたのか? 一体どうなっているんだ」


 それより――と、ジョンは南塔内部の状態を説明する。レストレードの顔色がみるみる青くになっていく。

「細かく確認してないが、死んではいない筈だ。医者も既に呼んである」

「ああ、ジョン……。君には感謝してもし足りない……」

「やめて下さい、僕は何もしていない」

 ジョンはそう言ってから、背中にいるシムナを警察へ預けるかどうかを考えた。

 ……『教会』の立場からすれば、恐らく警察の手を経てからではなく、自分達で取り調べを行いたいだろう。そして、手に入ったシムナの情報は秘匿される。それでは何も分からないままで終わってしまう。ジョンはそんな事は納得出来ないと思い、シムナをレストレードに預けようという結論に至った。


「……むっ?」

 しかし、ジョンがシムナを託そうとした時、レストレードが橋の方を見て、眉を寄せた。

「あれは誰だ?」

 ジョンもまた怪訝そうに眉を寄せ、背後に振り返った。

 開通した橋、その上を悠々と渡って、誰かがこちらに向けて歩み寄って来ていた。


「……あいつは、」

 ジョンはその姿を認め、驚嘆の声を上げた。

 深い青の作務衣、手入れのない黒髪、腰に差す刀。遥か東の国よりやって来た、異質な剣士――宮本ムサシがそこにいた。


 大広間にいなかったムサシの姿。彼はホテルの方からこちらに来た。屋内のどこかにいたのか? それともまた外で稽古でもしていたのか。ならば銃声を聞いて助けに駆け付けてもいい筈だ。彼は曲がりなりにも皇国の祓魔師として招かれているのだ、アジサイ達を助ける義務がある。それでも姿を現さなかった彼に、ジョンは強い警戒心を抱いた。


「ふむ」ムサシはそんなジョンを見、感心するように唸った。「久しいな、小僧」

「あんた、今まで何をしていた」

「寝ていた」

 あまりのあっさりとした言い分に、ジョンは思わず口をポカンと開ける。そんな彼を見て、ムサシは可笑しそうに「呵々ッ」と笑った。

「冗談だ。まったく、正直な反応をするものだな、小僧」

 言いながら、ムサシは歩みを止めないでいた。そしてジョンの前に立ち止まると、彼はそのまま手を差し出した。


「さあ、ヘイヘ殿をこちらに渡せ。後は俺が預かろう」

「――――」

 ジョンはムサシの言葉の意を探るが、やがてやんわりと首を振った。

「いや、こいつは警察に預ける」

 ジョンはそう言い、ムサシの顔を見る。彼は顔色一つ変えず、そして差し出した手を引っ込める事もしなかった。だが、やがてジョンはハッとなった。


「ちょっと待て……。あんた、なんでこいつがシモ・ヘイヘだと知っている……?」


 ムサシは顔色を変えない。だが差し出した手を引っ込めると――、その手は刀の柄を掴み、次の瞬間、ジョンに向かって勢い良く振り落とされていた。


「――――!」

 ジョンは即座に右に跳び、その一閃を躱す。しかし、次なる横振りが彼を追う。それを躱す、そして襲い掛かる次なる一刀。

 いつの間にか、ジョンとレストレードの間にムサシが立っていた。


「テメエ……、一体なんのつもりだ……ッ」

「どうもこうも、俺とヘイヘ殿は仲間だからな。仲間の窮地を助けるのは当然の事だろう」

「あァ? テメエとこいつがグルだと?」

 ジョンの言葉に対し、ムサシは言葉ではなく、刀を振るって答えた。ジョンは後退し、レストレードから離れざるを得なかった。

「止まれ、貴様ッ! 撃つぞ!」

 しかしそれを黙っている筈もなく、レストレードと警官達が拳銃を構えて、ムサシに向けて叫んだ。


「お前達に用はない。――ラウム殿、こちらの相手を頼むぞ」

 ムサシがそう言うと、いつの間にか彼に背中を預けるようにして、ペストマスクを着けた男が立っていた。

「御意。ヘイヘ殿をお頼みします」

「心得た」

 ムサシの答えを聞くと、ラウムがマスクの下で口笛を吹いた。瞬く間にやって来た数多のカラス達が、警官達に襲い掛かった。


「警部ッ!」

 混乱と狂乱に陥った警官達を見、ジョンは思わずそちらに駆け寄ろうとした。しかし当然ながら、それを阻むムサシの低い声と冷たい一閃。

「小僧、俺から目を離すとはいい度胸だ」

「――ッ!」

 再びの後退。ジョンは警察と分断され、いつの間にかジョンは橋の中腹辺りまで押し込まれていた。

「ああ――ッ、糞が!」

 ジョンは踵を返し、シムナを背負ったまま、今度はホテルに向かって全力疾走した。


 ホテルを襲ったラウムとカラスは警官達の下にいる。ならば今、ホテルに敵はいない。一度あちらと合流した方がいいと、ジョンはそう判断したのだ。しかし――、


「小僧、俺から目を離すと言ったばかりだろう」

 ゾクリと、背筋が凍る。ジョンは背中に迫り来る敵意に気付いたが、しかし遅かった。両のふくらはぎに何か鋭い物が突き刺さり、ジョンはシムナ共々前方へつんのめるようにして地面に転がった。


「糞が、痛ってえな――」

 悪態をつく暇もなければ、脚の状態を確認する事も出来なかった。顔を上げたジョンは、すぐ目の前に迫るムサシの刀を視認するや否や、シムナを置いて、両手で地面を弾いて寸でのところで回避した。

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