13-2.

 銃と相対して尚、前へと飛び込む――。その選択を臆する事なく取れる敵の胆力に、シムナは驚愕を超えて畏怖すら抱く。絶えずかつての仲間の影が脳裏に映るが、それでも自分の為すべき事は変わらない。


 足を進めるジョンは、自分に向けられる銃口を視認。展望通路は直線、左右には逃げられない。ジョンは『十字架』を盾に突き進む事を選択する。多少、体を銃弾に削られたとしても無問題。ジョンは痛みを度外視して、ひたすら足を動かす。


 シムナはその視界に、銃弾を撃ち尽くしても止まらないジョンの姿を視る。あの回復力が無謀を無謀でなくす。自分の体が傷付いても強引に進んで来る。アレを止める策を――、シムナが未来にそれを探し始めた時、ガッとジョンが『十字架』を――否、『槍』を掲げた。


 投擲――! 未来に導かれ、シムナが素早くその場にしゃがみ込んだ。そして空を切る音を聞いて顔を上げた時、正面からジョンの姿は消えていた。

「――――」

 そしてシムナの視界に映ったのは、自分の体が床へと強かに激突する光景。視えてしまった以上、その光景はやがて訪れる。この『眼』が捉えた光景は、例外なく真実となる。シムナは、『眼』に生を縛られ続けて来た男はしかし、それでも避けようとして――、


「遅いッ!」

 飛び込んで来たジョンの声。彼の固めた肩と背中で弾き飛ばされたシムナは視えた通りに床に崩れ、「グッ」と低い呻き声を上げた。思わず離してしまった小機関銃に手を伸ばすが、ジョンに蹴飛ばされ、川へと無惨にも落下していく様を見ているしかなかった。


 視界に未来が映ると言うのなら、その視界から自分の姿を消してしまえば、自分の動きを知る事は出来ない。そう考えたジョンは『槍』を投擲する姿を見せ、シムナに回避を強制させた後、投げ付けた『槍』へとシルバーコードを使って自身を引き寄せる。そうしてシムナの視界を切ると同時に背後を取ってみせたのだ。


 ジョンは左手を懐に差し込むシムナの姿を見、強く床を蹴って彼に向かって行く。

拳銃を取り出し、振り返ったシムナが銃口の先にジョンを捉え――ようとした途端、彼の視界がジワッと赤く染まった。

「「!」」

 シムナは赤に遮られた己の視界に、ジョンは目から血を流し始めた敵の姿に驚き、息を呑んだ。


 限界――。その言葉がシムナの頭を過ぎった。『眼』の酷使に肉体は悲鳴を上げていた。けれど彼は止まらない、それでも諦めない。心臓が鼓動を止めるその瞬間まで、引き金から指を離さない。

 今がまさにそう。ここは直進しか出来ない通路、敵は正面にいる筈。自慢だった視覚を潰され、何も見えないシムナはそれでも拳銃の引き金を引く。

 突き進む銃弾はしかし、空を切る。ジョンはあらぬ方へと飛んでいく銃弾を尻目に、シムナに詰め寄る。そして拳銃を握る敵の左手首を掴んで強く押さえ込むと、右肘で顎を打ち上げると共に意識をも吹き飛ばした。


 今度こそ床に崩れ落ちたシムナに心を残し、彼が動かない事を確認するとジョンは大きく息を吐いた。やっと状況が落ち着いた――ジョンはマイクロフトに連絡を取った。

「ジョンか? 今、どうなっている」

「狙撃犯を倒した。今はタワー・ブリッジの展望通路にいる」

 狙撃犯の名がシモ・ヘイヘだった事を話すと、マイクロフトは、

「そうか、ならいい。奴を確保したら、ホテルに戻れ」

「分かった」

 ジョンがそう頷くと、通信が切れた。しばらくしてから、ジョンはどことなくマイクロフトの言葉に違和感を覚えた。

 シモ・ヘイヘの名を聞いても、彼の声の中に驚いた様子がなかったような……。まるで初めから知っていたとでも言わんばかりに……というのは、考え過ぎだろうか。「そうか、ならいい」――、「ならいい」……? その言い回しはどこかおかしい気がする。

 だが、あのマイクロフトの事だ、彼なら他人に疑念を持たせるような真似はしないだろう。だから――……、気のせいだろうと、ジョンはそう思う事にした。それ以上に自分の叔父を疑いたくないという思いが強かった。


 ジョンはシムナを背負うと、南側の主塔の扉を開ける。途端、立ち込める血の香り。そこには多くの警官達が血を流して倒れていた。

 ジョンは思わず絶句する。だが良く見ると、死んでいる訳ではなく、脚を撃たれて身動きが取れないようにされているだけだった。ジョンはマイクロフトに急いで医療機関の派遣を要請した。

「それなら、まずタワー・ブリッジの橋桁を下ろしてくれ。今、お前がいる南主塔に操作室がある筈だ」

 ジョンはマイクロフトの指示に従って操作室に入り、エンジンを起動する。重々しい音を立てて跳ね橋がみるみる下がっていく。ものの一、二分で橋が下がり、ジョンが外に出る頃には、通行が出来る状態になっていた。


「ジョンッ!」

 ジョンが塔から出ると、そこには多くの警官達がいた。その中の一人が彼に声を掛ける。

「レストレード警部、どうしたんですか?」

「それはこちらのセリフだ」


 ジョンの前に出てきたのは、黒いスーツに黒い山高帽といういつも通りの恰好、そして痩せた、厳しい顔付きの男。彼の名は、グレゴリー・レストレード。スコットランド・ヤード所属の警部である。ジョンとは親子揃って世話になったり、世話をしたりという間柄だ。

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