13-1.

 タワー・ブリッジ展望通路から狙撃を受け、遠すぎる敵にどうすれば良いのかと頭を抱え、しかしそれでも遂にここまで辿り着いた。ジョンは床に降り、壁に突き立てた槍を引き抜き、深く息を吐いた。


「ホテルを狙撃してたのはお前だな?」

「……そうだ。自分がお前達を攻撃していた」


 ジョンが一歩足を踏み出した時、敵は右腰から抜いた小機関銃をこちらに向けて来た。成程、近距離用の武装も整えているらしい。ジョンは敵の左腰にも同じ銃が収められているのを確認した。


「お前の名と、『会議』襲撃の目的を答えろ」

 ジョンの口ぶりは、およそ銃を向けられた人間がとるものではなかった。怖気や怯えは彼になく、強い憤りと敵意でここに立っていた。


「名はシモ・ヘイヘ。目的はリチャード・ザ・ライオンハートの殺害だ」


 敵――シムナの声には、機械的とも言える程に感情が籠っていなかった。その冷たさと共に、彼が口に出した名にジョンは目を見開く。

 まさか本当にシモ・ヘイヘだとは……。『聖戦』の英雄がどうして『聖人』に銃口を向けるのか、ジョンは続いてそれを問おうとした直後、シムナからほとばしる敵意に彼の体が半ば自動的に反応した。


 踊り乱れ狂う銃弾の雨。ジョンは腰を落とし、体の前に構えた『槍』を変形させる。彼のチカラは『「彼の人」の死を受け止めた聖遺物の再現』。切り裂きジャック事件の折、顕現させた『聖十字架』を再び現し、それを盾にしてシムナに向かって突貫した。

 反物質と物質の両方を綯交ぜにした『十字架』の大きさや硬さは、全てジョンの意思で決定される。彼が「銃弾を弾き返す」と信じれば、『十字架』はそれを体現する。


 シムナは信じられないと言った面持ちで、『槍』から巨大な『十字架』に変貌したジョンの得物に目を見開く。しかし、それも束の間。弾かれるのならば――と、素早く背後に後退しながら、左腰から抜いた小機関銃の銃口を通路の床、手摺へと向けた。

 跳弾。跳ね返り、軌道の捻じ曲がった銃弾が死角から襲い掛かる。それでもジョンは躊躇ためらう事なく疾走を続ける。反射の為に迂回する銃弾は、ジョンの過去を貫いていった。

 遂に敵を自身の間合いに捉えた。ジョンは疾走の勢いをそのままに『十字架』を袈裟懸けに振り下ろ、す――、


 シムナはジョンが『十字架』を振り上げたその瞬間、後方へと走りながら、狙撃銃の銃口を彼に向けた。弾丸は銃口から真っ直ぐに飛ぶ、だから照準を覗かないでも命中させられる。

 ガードを上げた瞬間を狙って飛び込んで来た弾丸。ジョンはその時機の妙に舌を巻きつつ、攻撃を諦めて回避に切り替える。しかし、狙撃銃から放たれる弾速に間に合う筈もなく、ジョンは腹を貫かれた。


 衝撃に崩されたジョンがその場に踏み止まる最中、シムナは目を閉じる。三秒――、きっかり三秒間目を閉じ、そして現れる『魔眼』。シムナは自分の手元を見ぬまま、小機関銃に新しい弾倉を装填する。

 なんだ、あの瞳の色は――? ジョンは初めて対面する『魔眼』にたじろいだ。魔人とも違う、しかしヒトにはあり得ないであろう瞳。


「『魔眼』と相対するのは初めてか」

「……あァ、そういう事か」シムナの言葉に、得心が入ったとジョンは歯を見せる。「『未来視』――、どうもおかしいと思ったら、そういうタネか」


 知識として『魔眼』の存在は知っていたが、ジョンはこうして自分の目で見るのは初めてだった。「視覚」以外の機能を備えた目。世界には未だ彼が目にした事のない異能が存在する。だが、未知の敵と相対する事に気圧される彼ではない。むしろ悦びすらを抱き――、


「…………」

 目の前で歯を剥いて笑む青年の姿に、シムナはいっそ怖気立つ。似たような笑みを浮かべる人物に出会ったのは過去に二人、共に戦場を駆け抜けたかつての仲間を思い出す。

 シムナは強く息を吐き、意識を切り換える。「現在」を捨て、自分の常は「未来」の中へ。真っ直ぐに駆け寄り、振り落とされる『十字架』は三秒前に既に視た。それを容易くかわし、続く横振りも姿勢を低くしてやり過ごす。その姿勢のまま撃ち出した弾丸が、跳躍で躱される事すら把握済み。後ろへ下がりながら放つ牽制の銃撃も『十字架』に弾かれるが、それも知っている。


「チィ……ッ!」

 敵の顔に感情が浮かばない。自分の攻撃に感想を持ち得ないからだ。淡々とやり過ごす事務作業――、そんな印象。ジョンは経験した事のない「やり難さ」に舌打ちを飛ばした。


 未来が視えると言うのなら、ジョンが繰り出す攻撃は全て把握されている。ならば、何をどうしたところで当たる筈がない。常人ならそう考えるだろうが、しかし彼は違う。

 未来が視えると言うのなら、お前をブチ殺す未来を見せ付けてやるよ。ジョンはそう息巻くと、再びニィと歯を見せる。


 絶対に避けられない攻撃を用意する――、それがジョンの中に浮かんだシムナへの攻略法だった。その為には敵との距離を詰めなければならない。ジョンは力強く床を蹴り、シムナへ向けて突き進む。

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