12-3.

「ラウム、カラスを外に出せ。ホテルから人を出させない」

「……分かりました」

 マスクの下から低い声が聞こえた。彼がこの戦況をどう見ているかは分からないが、シムナはまだ諦めていない。

 リチャードを撃つ――討つ。その想いは、故郷から遠く離れた島国に囚われたこの十年間、募り続けた怒りだった。


 空に放たれたカラスから視界を『転送』。ラウムに指揮された彼らがホテルを周回する。窓から屋内を覗くが、リチャードの姿は見えない。ならば屋内中腹の窓のない部屋に籠っている事になる。それならやはり優先順位はあの青年。彼を始末しなければ、また邪魔をされる。


 シムナは『眼』を使い、青年が姿を見せる「未来」を探す。やがてシムナは目を疑う光景を目にする事になる。

 青年がどこからか取り出した槍を片手に屋上から身を投げ出し、上空に向けて投擲する姿を「視」たのだ。

 自分の『眼』に映った「未来」を疑った事はない。しかし、今回ばかりは何かの間違いだと思った。それでもやって来た未来はその「光景」通りだった。


 青年が塀を、柵を超えて屋上から飛び出しながら、右腕を強く振るって槍を投げ飛ばした。凄まじい勢いで宙を駆ける槍に対し、当たり前のように落下する青年。あの位置から槍を投げたとて、ここまで届く訳がない。

 シムナは彼を照準越しに追いながら、彼が一体何をするつもりなのか測れなかった。固唾を飲んで落下する様子を見ている内、彼のへその辺りから伸びる銀色に光る鎖が見えた。アレが何かは見当もつかないが、シムナはやがてフッと息を吐き、彼に向けて引き金を引いた。

 が、銃弾は虚しく空を切った。シムナが直前に見たのは、あの銀色の鎖に因って槍に引き寄せられるようにして、青年が空中を疾走する姿だった。


 一体何が起きているのか、シムナは理解出来なかった。青年は何故か彼の遥か先にあった槍を手にし、空中から再びこちらに向けて投げ付けて来た。


 原理は分からないが、まさかああやって投擲を続ける事でこちらに迫るつもりか?


 未知の能力、不明の力。あの『聖戦』ではそんな事は当たり前だった。その中で勝ち残る為には、それでも自分の力を信じるしかない。空中で体を回し、遠心力を使って再び槍を投げる青年に向けて引き金を引く。

 突き進む槍、銃弾に貫かれ血を流す青年。何度血を流しても、彼の目は決して曇らない。シムナがその力強い炎に射竦いすくめられそうになった時、ガッと北側の主塔に槍が突き刺さる音を聞いた。


 シムナが素早くそちらに振り返るのと、青年が壁に突き刺さった槍の上に到着し、仁王立ちしてこちらを睨み付けてくるのは同時だった。


「よォ、糞っ垂れ。やっと面ァ拝めたぜコラ」

「――――」


 シムナは彼の声を聞いて、その瞳を間近に受けて、思わず銃を下げた、下げてしまった。


 似ていた。姿勢、目付き、声、青年の姿のどこか全てが彼の面影を想起させた。あの『聖戦』で共に戦った、あの英雄の姿と青年が重なった。


 ――呆けている場合じゃない。床に降り立った青年を見、シムナは狙撃銃を背に回す。こんな風に間近で敵と相対する想定はなかったのに、どうしてこうなってしまったかな……と、自身に嘲笑を向けつつ、腰にある小機関銃を抜いた。

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