12-2.

「大広間から邪魔者が抜けていく。あとは貴方が彼を射抜くだけです」

「把握している」

 伏せているシムナのすぐ横に、いつの間にか男が立っていた。特徴的なペストマスクを着けた彼は、先程ザ・タワー・ホテルで倒された筈の魔人ラウムだった。

 シムナがそれを尋ねると、ラウムはマスクの下で薄く笑った。

「体なら幾らでもあります。あそこには祝福の受けていない死体が転がっていますからね」


 そういう事か。シムナは納得し、小さく鼻を鳴らした。ラウムの言葉を聞きながらも絶えず意識はホテルの大広間にあり、祓魔師と探偵が王族を部屋の外へと先導する様を眺めていた。カラスが窓を破った為に窓は開け放たれ、風に翻弄されてカーテンが乱れている。その隙間から屋内が把握出来た。それが分かっているであろうリチャードは中々姿を現さなかった。


 ならば――と、シムナが目を閉じた。三秒、きっかり三秒間目を閉じ、そして再び両目を開いた時、彼の両目は一変していた。


 黄金の虹彩、真紅の瞳。明らかにヒトの範疇から外れたそれは『魔眼』と呼ばれ、ヒトの感覚である「視覚」以外の能力を持つ。彼の場合は「未来視」――、彼は『眼』を発動中、「今」の先にある「未来」を三秒だけ見る事が出来る。彼の百発百中の銃の腕は、この『眼』と合わさって作り上げられたものだった。

「未来」を三秒見、瞬きをするとリセットされて「現在」が映る。その時点から映る「現在」こそ、垣間見た「未来の三秒間」。一度見た「映像」が再び目の前に繰り返される事になる。


 しかし、今のシムナが持つ異能は『魔眼』だけではなかった。狙撃位置から自身の両目で見る光景の他に、彼の脳内には別の映像も流れていた。

 上空から俯瞰するその映像は、ホテル屋内を飛び回るカラスから供給――否、カラスから『転送』される視覚映像。シムナは自分とは違う生き物から視覚を『転送』され、共有する事で自分の目では捉えられない位置の情報を取得していたのだ。更に彼は共有した視界にも『魔眼』を使う。彼はあらゆる死角で起こる複数の「未来」を脳内に映し出していた。


 しかし、『魔眼』には致命的な欠点がある。ヒトの「眼」という感覚器官には、そしてそれを駆動させる「脳」には『魔眼の能力』が備わっていない。故に『眼』を使用すると、自身の脳に多大な負荷を掛ける。要するに『眼』を使えば使う程、命を削る事になるのだ。

 シムナは勿論、それを知っている。知りながらも彼は『眼』を自身の視界だけでなく、『転送』されるカラスの視界にも適用していた。……脳に掛かる負荷は、最早計り知れたものではない。


 シムナは文字通り命を懸けていた。自身がどうなろうとも、ここで命尽き果てようとも、何があろうと奴を殺すのだと、彼は――――、


 リチャードが大広間の中央東側のステージ、そのすぐ下に転がるソファーの陰に身を潜ませているのは既に把握済み。シムナの『眼』にはまだ彼が動き出す「未来」が映らなかった。が、それも時間の問題だ。カラスから逃れようと彼は必ず動く。自分はそれをただ待ち、そして射抜けばいいだけだ。そして、『眼』の中に遂に彼が姿を見せた。

 意識が銃弾に集約する。瞬きの後に『眼』が停止。リチャードがソファーの陰から顔を覗かせた瞬間のその一瞬前、その一発に命を凝縮させ、シムナは吐息と共に引き金を引いた。

 ようやく待望した「未来」を手に入れた。瞬きをし、再び『眼』を発動。銃弾がリチャードを貫く「未来」が映る――筈だった。


「…………!」

 シムナが黙したまま、息を呑む。目を閉じて開いた後に映る光景を確と目に焼き付ける。


 最初の狙撃と同じだった。横から飛び出して来た青年に邪魔をされ、銃弾はリチャードでなく、彼に突き刺さった。

 彼は本当に何者だ。これまでに何発その体に銃弾を喰らった。どうして動ける。そもそもなぜ、自分の攻撃が読めるのだ。


「くそ……ッ!」

 シムナは激情に任せて、二人が潜むソファー目掛けて銃弾を撃った、撃ち続けた。落ち着くようにと牽制する自分と、それを阻む感情任せの自分がいるのを感じながら、それでも彼の体は射撃と装填を繰り返した。


 やがて視界の上部の隅でキラリと一瞬、何かが光った。それが狙撃銃のスコープの反射だと瞬間的に判断したのは、経験からの勘だった。銃から手を離し、伏せた姿勢をそのままに横に転がった直後、猫のように跳び上がった。

 次の瞬間、銃声が響いた。しかし銃弾はシムナがいる展望通路の遥か下を飛び抜けて行った。

「――――」

 それを目にし、シムナは敵の意図を察した。慌てて銃の下に戻り、大広間を見る。しかし既に遅く、リチャードが青年に引き摺られるようにして大広間を出るところだった。


 シムナは強く歯を噛み、銃口を大広間から屋上へと向ける。金髪の女性が狙撃銃と共にいた。彼は一瞬で照準を定め、躊躇う事なく引き金を引いた。

 こちらが射撃体勢を取るや否や、女性が動いた。銃弾は命中こそしなかったが、背中から倒れる女性の姿と宙に舞う血しぶきが見えた。シムナはそれでも額に汗を浮かべながら、小さく舌打ちした。


 ――翻弄されている。シムナはその事実を受け入れた。そもそも最初の一撃で終わる筈だったのだ。しかしここまで引き延ばされた。それもこれも、あのーーいる筈のない青年の存在があったからだ。奴は一体、何者なのか。


 屋内から屋上へと繋がる扉から、件の青年が出て来た。『眼』を使うまでもなく、彼が来る事は分かり切っていた。彼はそういう人間なのだと、シムナはこの数時間の中で言葉を交わさずとも把握していた。

 青年の姿が見えた途端、シムナは撃ち込んだが銃弾は空を掻いた。彼は伏せて姿を隠したが、恐らくは女性の下へと向かった筈。次に取るだろう行動は――、自分の姿、位置を確認する事だろうか。そこまで考え、シムナは銃口を敵の狙撃銃の傍に戻した時、塀から望遠鏡が顔を覗かせた。即座に撃ち抜くも再びの不発だった。


 やはりあの青年は何かしろの能力でこちらの攻撃を事前に察知している。自分と同じような「未来視」の類だろうか。

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