12-1.
照準を覗く時、心はいつも故郷を思い出す。呼吸は常に一定に、獲物を待ち、目にしたら吐息と共に撃つ。指先に神経を集中させ、獲物を想いながら引き金を引く。
生活の為の狩猟技術が、いつの間にか悪魔を殺す為に重宝されるようになった。それは別にいい、するべき事はどちらも同じだ。自分は一つの武器と一体化し、獲物を仕留める装置に成り果てればいいからだ。
「そんな事、出来る訳ないだろう。お前は人間なんだから」
さも当たり前かのように、彼は言った。それはそうだと自分も思う。
「比喩だよ、君。自分を人間以外の何かに置き換えて平静さを保つ為の一種の催眠みたいなものだ」
心が乱れれば精度だって乱れる。彼が小馬鹿にするように言うと、不機嫌そうに声が返って来た。
「冗談の通じない奴だ。こんな男を好いた女の気が知れん」
「おい、彼女を悪く言うのは許さないぞ」
「……呵々。何やら楽しい話をしているようだ」
異国人の彼に自分達が普段使う英語は難しいようだ。それでも自分達と過ごす中で上達して来たと思う。それを指摘し、皆で喜びながらそんな事を話していると、隊長がテントの中に入って来た。
「行くぞ。先遣隊が奴を見付けたようだ」
――その一言で、一気にテントの中の空気が張り詰めた。
テントを出、出発した皆の顔を思い出す。――この戦争を終わらせる。その意思と覚悟が、皆の顔に刻まれていた。
――――――――
――小機関銃をホルスターに仕舞い、血塗れになった周囲を睥睨する。
場所は英国首都の象徴、倫敦塔へと続く跳開橋――その南側主塔にいた。そこを通って展望通路に辿り着こうとする警官達を一人残らず撃ち殺し、彼はそこに立っていた。
白いダウンコートに全身を包み、顔の鼻から下をバンダナで隠した白髪の男。彼こそが、ザ・タワー・ホテルで探偵達の間で話題に上がった伝説の狙撃手、シモ・ヘイヘ。
かつての『聖戦』の英雄は十余年の時を経て、今度は『教会』の敵となって引き金を引いた。
シムナは懐から無線を取り出す。先程までノイズが走るだけで使い物にならなかったのに、いつの間にか通信が回復している。ホテルの大広間から少年と少女が抜け出した後に、だ。彼らがなんらかの仕掛けを解除したのだろう――、自分達が仕掛けた訳でもない通信妨害装置を。
「そちらの様子はどうでしょう」
シムナが無線機に問い掛ける。返って来たのは片言の英語だった。
「こちらは問題ない、為すべき事は為した」
力強い言葉は予想通りで、シムナは笑うように鼻を鳴らした。
ホテル内に残る仲間と連絡が取れずにいたが、しかし、彼ならばそんなものがなくとも手筈通りに動いてくれるだろう。だから問題なのは、その妨害装置を誰が設置したのか――だ。自分達と時を同じくして『教会』を襲撃しようとした者がいるのだろうか。だが、その様子は見受けられない。『教会』側が用意した防御機能の可能性もあるが、どうだろう。
――それにしても。シムナは答えの出ない問いについて考えるのをやめると、主塔と展望通路を繋ぐ扉を閉め、再び狙撃銃の照準を覗き込みながら胸中で呟く。
状況は芳しくない。本来なら最初の一撃で全て終わる筈だった。自分の思惑通りに行かなかったのは、その初撃をどうにかして防いだ青年の存在だ。
彼が何者か。屋内にいる探偵と祓魔師の人数は事前に聞いていたものと合致している。ならば『会議』に出席する各国が召喚した者とは、別口から派遣された探偵ないし祓魔師なのだろう。しかし、『会議』にとって部外者である彼を派遣した国はどこだろうか。結果、彼に助けられたとして、『教会』から提示された規定から逸脱していた事がバレてしまえば、何かしらのペナルティを受ける筈だ。それを顧みない国は――とまで考えて、シムナはフッと失笑した。
自分には関係のない話だ。自分は一つの装置として標的を撃つ事だけに機能していればいい。
彼が見詰める二百メートル程離れたザ・タワー・ホテル最上階の大広間。今、そこは入り乱れるカラスの群れで狂乱の中にある。王族や探偵、祓魔師、『教会』の招待客が次々と大広間から逃げ去って行く中、シムナはしかし無表情のままだった。彼の狙いはただ一人、リチャード・ザ・ライオンハート。シムナが仕掛けたこの事件は、全て彼を殺す為のものだった。
――全てを知る貴方達が何故動かないのか。だから我々は互いに道を探し、貴方達に牙を剥くのだ。
あの『聖戦』で見たモノ。その果てにあったモノ。それは自分達が築いてきた人生の価値観、常識、道徳、規範――そういったモノ全てを覆した。
これは宣告であり、警告である。我々は――否、自分は遂に反旗を翻す、この世界に。『教会』に管理される間違った世界に。
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